2019年5月15日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_42

 クウェートからペルシャ湾沿いに南下して約一日。カフジという街に差し掛かった辺りで荷隊カールヴァーン に攻撃を仕掛けてくる部隊があった。メフメト軍の遊撃である。
 寡兵で茂みに隠れ弓矢を射掛けてくる。どうやら主な編成はアサシンのようだ。
 バラザフは荷隊カールヴァーン と騎馬兵を後ろに下げると、
「お前等、出番だぞ!」
 そう叫んだ瞬間、こちらに弓引くメフメト軍の後方から、さらに矢の雨が降った。
「好機! 騎馬兵は前に出て敵を捕縛! 生死も問わぬ!」
 色を失ったメフメト軍の遊撃隊は次々と騎馬兵に討ち取られ、早くも百人が物を言わぬ骸となって斃れた。バラザフ配下のアサシン団もすでにこの場から姿を消していた。
 奇襲に巧く対応出来たバラザフの兵も、荷隊カールヴァーン にも死傷者は出なかった。無論、荷物も無事である。アジャリア軍の中で語られるシルバ家の奇譚がまた一つ増えた。
 ヒジラートファディーアに戻ったバラザフは、バスラで会ったファリド・レイスという人物が気になって、札占術タリーカ で彼の未来を見てみた。アジャリアに騙されたのも含めてあまりに惨めであるが故に、逆に気を惹いたのである。
 卓上で捲られた札は――
皇帝インバラトゥール ! まさかな……」
 常にポアチャを頬張っている、あの風采の上がらない姿にバラザフはどうしても覇権を結びつける事が出来なかった。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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(2019.05.25公開予定)

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2019年5月5日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_41

 今度はアジャール軍が窮地に立たされる番である。盤面を見ると領土拡大に成功したようではあるが、ファリド・レイスによって反アジャール軍がひと繋ぎになったために、エルサレムへ向かうほぼ全ての道が閉ざされた事になる。
 どこかで搦め手へ回られると、途端にそこが包囲され、壁に鉤を掛けて引き剥がすように奪われてしまう。一つ穴が開けばすぐに次が取られるだろう。
 アジャリア・アジャールはクウェートの街を棄てた。ハラドまで戻って前線を固める策を練るためである。
 攻撃の指示を今かと待ち構えていたバラザフは、戦意を発揮する場所を与えられず、急な退却を受けて肩から脚まで脱力した。辛うじて首だけは上がる。
 退却時にバラザフに命じられたのは兵站の荷隊カールヴァーン を無事にハラドまで送り届ける任務だった。戦場で戦うのとは異なり、無事に目的地に着くまで、敵のや夜盗の類の奇襲に備えて、常に緊張感の中に置かれる仕事である。

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2019年4月25日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_40

 結局ファリドはバラザフに確約を与えた通りに、サフワーン攻撃に入った。バスラの包囲を解いてサフワーン攻撃に遷ったあたりをバラザフはファリドの中に義理を見たが、ファリドにしてみれば、
 ――どうせバスラを落としてもすぐアジャール軍に奪われるのであれば、気色を損なわないよう今は要求を呑んでおくか。
 という気であったかもしれない。
 ファリドの半ば諦めを含んだ読みは当たった。
 リヤドに居たカトゥマルの副官アルムアウィン サッド・モグベルが自身に与えられている部隊のみでバスラを占拠した。レイス軍に包囲され枯渇していたバスラは、包囲が解かれたので補給が行き来していたのであるが、その流れに乗ってモグベル隊は容易にバスラを取れた。
 ところがその先に流れがファリドを驚かす事になった。バスラ占領でほとんど力を失っていないモグベル隊は、勢いでそのまま西のハンマール湖を舟で渡り、ファリドの拠点であるナーシリーヤ周辺の集落を攻撃し始めたのである。
 これには辛抱強いファリドも本気で怒りを顕にした。
「悪辣なアジャリアめ! 利用するだけ利用して騙したのか!」
 持っていたポアチャを投げつけ、それを盛ってあった皿を蹴飛ばし、口に含んでいた物までも吐き出して喚き、耳まで赤くなって、もはや言葉になっていない叫びを撒き散らし続けた。
 ひとしきり大立ち回りを演じた後、アジャリアに背信を責める使者を遣ったが、
「今回のナーシリーヤ攻撃はアジャリア・アジャールが一切あずかり知らぬ事。こちらでも子細を調べた後でなければ対応できぬ」
 としか返答が得られず、拠点との間にモグベル隊が刺さった事で、レイス軍は孤立する状況に置かれてしまった。
「さすがに手広くやり過ぎたか」
 ファリドからの使者が退去すると、アジャリアは周囲のワリィ・シャアバーン、アブドゥルマレク・ハリティに漏らした。
「モグベル隊はアジャリア様の指示で動いていたのですか?」
「そうだ。だが、ファリドに気付かれては、もうナーシリーヤまでは取れんな」
 勿論、ファリドにとってもアジャリアの返答など信じられるはずもなく、急いでナーシリーヤまで撤退すると、矛先をアジャール軍に向けたまま、またハイレディンに頭を下げ、カウシーン・メフメト、サラディン・ベイとの同盟関係を急速に構築していった。結局、アジャリアの口車に乗ったファリド・レイスのクェート出兵は益無き事に終わった。

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2019年4月15日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_39

 アジャリアの下に帰ってバラザフはファリドとの調子の調わない会見を報告した。
「バラザフ、お前はファリド・レイスという人物をどう見た」
 事実報告を終えたバラザフにアジャリアは尋ねた。バラザフが言葉に詰まっていると、
「お前の単純な感想を聞きたい」
「若さに苔の生えたような男だと思います」
「それは面白い表現だ」
「はい。かのお人からは結局光を感じ取る事は出来ませんでした」
「老成していると?」
「そういった練れた器にも見えませんでした」
「本音を見せぬという事だな」
「それに……」
「まだあるのか」
「私はあいつが嫌いです」
「そうか! 嫌いか」
 正直ついでに本音を全て漏らしたバラザフの言葉に、アジャリアは呵呵大笑した。
「これは愉快。だがな――」
 ひとしきり笑ったアジャリアは、ファリド・レイスという人物をバラザフに語って聞かせた。それによれば、彼は多感な幼少期をフサイン軍、サバーハ軍の俘虜として過ごし、それらの交渉材料として物を取引するように扱われた。俘虜のファリドの生活は本来あるべき貴人のそれとはかけ離れたもので、この世の汚泥を全て被ったかのような環境下で他人に胸襟を開くという事など有り得ず、バラザフを見下したような態度も彼の過酷な生い立ちを鑑みれば、無理の無き事と言えた。
 自分が味わった苦労に比べれば、同年代の者の経験など童子トフラ とさして変わらぬという思いがあっただろう。若者の光と無縁のまま成人してしまったのは至極当然である。
 周りに人が居ないという孤独は辛い。だが本当に人が居ないという事は砂漠で遭難でもしない限り現実にはあまり有り得た事ではなく、真に辛さとなるのは、人の中に居るときの孤独。それが一人の人間の心を情け容赦なく締め付け、歪めてゆくのである。
「窮めて哀れな御方だったのですね」
 アジャール家に厚遇され城邑アルムドゥヌ まで持たせてもらっているが、バラザフも最初は人質としてハラドに送られたのである。人生の種々相を見せられた思いがして、バラザフは心ひそかに目の前のアジャリアに感謝した。
「私と会っている間、ほとんどポアチャを頬張ったままでした。そのせいか、何というか……若い割には肉付きがよろしいようで」
「ほう、ファリドがなぁ。わしが昔配下に調べさせた情報によると奴は腹の肉が割れる程、鍛錬には精を出していたようだが、変われば変わるものよ」
 そう口にしたアジャリアには少しずつ肥えてゆくファリドの心情がわかるような気がした。彼は過去の不遇を憎んでいる。そればかりか過去の自分をも憎み続けている。それで太る事で風貌を変えて過去の己を消し去るという負の克己なのではあるまいか。自分の増長的な食欲とは対になるものなのだろう。
「そうか……。分った」
 とアジャリアはバラザフを下がらせた。
 食べるという事を意識した途端、彼の胃袋は何か食わせろと強烈に自己主張を始めた。アジャール家では胃袋までが厚遇されている。

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2019年4月5日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_38

 正直バラザフには荷が重い。何せまだまだ小隊長格の自分が主君の同盟相手に上から物を言わねばならないのである。相手の人となりが全く分らぬ上に、ファリドの出方や細かな心の機微も見落としてはならなかった。
 バラザフが面会を求めに行った時、ファリド・レイスはまだバスラを包囲している最中で、バラザフはファリドの野営陣に通された。
「すんなり分け前を寄越すまいとは思っていたが、こちらの取り分まで邪魔するというのか」
 バラザフの口上にファリドは怒った。当然の反応である。語気を抑えただけまだ辛抱強いと言える。
 バラザフとしても損な役目であるが、この瞬間二人の間に出来た大きな溝は生涯に亘って尾を引く事となった。
「なぁ、バラザフとやら。俺はバスラを取るのに忙しいのだ」
「存じております」
 ファリドは使者との会見であるにもかかわらず、ポアチャを脇に置いて齧っている。
 完全にバラザフが若造だと思ってなめてかかっている。が、ファリド自身、バラザフを侮っていい程、歳を経ているわけでは全くない。この時ファリド・レイス二十六歳、バラザフ・シルバ二十二歳である。
「どうだろうバラザフ、俺には会えなかった事にして帰ってはもらえまいか」
 正気で言っているのかとバラザフは疑った。アジャリアに嘘を報告するつもりも毛頭無いが、仮に会えなかったと言ったとして、そんな事を信じるアジャリアではない。ファリドがこちらの申し出を断ったと受け取り、レイス家はバスラ諸共アジャール軍に踏み潰されるのがおちである事は、バラザフの目から見ても簡単に分る。
 要求をいかにして飲み込ませるか思案していると、
「冗談だ。サフワーン攻撃はやっておくと伝えておいてくれ」
 と、もってまわったような承諾をファリドは返してきたのだった。
 バラザフは一応冷静に心の目を働かせ、ファリドを観察していた。だが、どうにもこの人物を掴む事がかなわない。ただ、
 ――こいつは嫌いだ。
 と率直に感じた。若者が放つ独特の光がこの男には無かった。

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2019年3月25日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_37

 未だバスラの包囲を続けているファリドに対して、アジャリアは、
「貴様は後は自分でそこを取っておけ。いずれわしが貰い受けてやろうぞ」
 としか考えていない。アジャリア・アジャールにとってファリド・レイスは、まだまだ格下の相手なのである。早くもクウェートの太守府に腰を落ち着けて、アジャリアはバラザフを自室に呼んだ。
「ファリド・レイスという人物を知っているか」
「名前しか存じません」
「実はファリド・レイスに使者を出したいと思っていてな。サバーハ家の家来達と話を詰めるため、人が足りない。それでバラザフ、お前に行って貰いたいのだ」
「承りました」
 アジャリアはバラザフに手紙を渡し、同様にバラザフの口からも伝えよという事で、アジャール軍は明日にでもバスラ方面の攻略に掛かるので、レイス軍はバシャールが逃げ込んだサフワーンを攻めよとの旨である。
 すでにアジャリアの頭の中でファリド・レイスは共闘仲間ではなくなっていて、ファリドへの伝言も命令調になっているあたり、アジャール家がレイス家の主家になったと考えていた。
 元々、アジャリア家と対等な同盟関係であったのはサバーハ家であって、レイス家はそのサバーハ家とは従属同盟であったのだから、アジャール家が主家となるのは当然の流れであって、アジャリアの頭にはアジャール家とレイス家が対等同盟であるという理屈は最初から存在しなかった。

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2019年3月15日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_36

 バラザフは騎兵百五十、歩兵三百を任されている。若くして一太守に抜擢されたとはいえ、こちらはまだまだ小部隊の隊長なのである。
 一週間後、クウェート――。
 バシャール・サバーハはクウェートの街を棄てた。アジャリアの率いる大軍がクウェート間近に迫ると、慌てふためいて北のサフワーンの街まで一目散に逃げたのである。軍用のみならず身近の馬まで家来に持ち去られ、哀れにもサバーハの一族はサフワーンまで自分の足を繰り出し続けるしかなかった。しかも、彼等がサフワーンの街に逃げたとすれば、アジャール、レイスに南北から挟まれる事になってしまうのだが、そんな大局を見る目は度を失ったバシャールは、全く持ち合わせていなかった。
 結果、一滴の血も流す事無く、アジャリアはクウェートを手に入れた。無論、分け前をファリドにくれてやるつもりもない。

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2019年3月5日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_35

 ハラドから一部隊がバラザフの部隊に合流しようとしている。その部隊を待つためバラザフは合流地点で進軍を止めた。
 寒風はハラドにも来た。
「風が乾いておるな。水の補給に心を配らねば」
 野心に燃えるアジャリアの身体は寒さなど受け付けぬらしく、悠然とアジャリア本隊を北へ進めた。クウェートの南、カフジという街が合流地点で、そこまで一週間程の行程である。カトゥマルの部隊もリヤドを進発した。
 ――レイス軍、バスラを包囲。
 伝令からアジャリア本隊に情報が入れられた。
 バスラはクウェートの北の大きな街である。本来、レイス軍のような小さな勢力に手に負える要所ではないのだが、サバーハの威が弱まっている事と、アジャール軍のお蔭で南から衝かれる心配が無い事とで、ファリドは大きく出たのである。
「まったく。意外と簡単にいけるではないか。こんな事ならさっさと取っておくべきだった」
 そう言うファリドの中にはすでに、ファハド・サバーハ存命中に小さくなっていた自分は居なかった。

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2019年2月28日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_34

 バラザフ・シルバの城邑アルムドゥヌ ヒジラートファディーア――。
「アジャリア様のサバーハ家救済を偽善だと言う者も少なからず居る。正直俺もあれは建前だと思う。だがその先にアジャリア様の大宰相サドラザム という夢があるとすれば、俺はそれをお支えしたい」
 と家門まで抱いて連れてきた、まだ話も分からぬ幼い二男のムザフを降ろし、見送りについてきた長男サーミザフ、二人の息子の頭を撫で、父バラザフは馬に跨り戦場へ向かった。遠くはなれ小さくなる父の背を二人の息子はいつまでも見送り、父の姿が見えなくなってもなかなか家へ入ろうとはしなかった。
 見兼ねた母が二人に入るよう促したが、そうした彼女自身、後ろを振り返り、夫の無事を祈り、胸を強く痛めているのであった。母子を包む冬の風は冷たい。

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2019年2月27日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_33

 アジャリアの裏が見えていたのはカウシーンばかりではない。クウェート侵攻を持ち掛けられたファリドも、クウェートはアジャリアがエルサレムに上るための最初の拠点にするつもりなのだと気付いた。
 レイス軍の主な城邑アルムドゥヌ ナーシリーヤ、ほぼ一点である。このレイス家の勢力を潰さずに保つには、フサイン家もしくはアジャール家の力を借りるしかなかった。そして二つを天秤にかけた結果、新興勢力のフサイン軍より、安定した強さを誇るアジャール軍を拠所としてアジャリア・アジャールの方を選んだというわけである。
「どうせアジャリアは我等にクウェートの半分すら分け前をくれる気は無いのだ。我等はアジャール軍という砂避けが手に入れば上々」
 とファリドは大して気乗りもしないクウェート侵攻に一応付き合ってやるつもりでいる。
「まったく。この寒い中に軍など出さなくてもいいのにな」
 馬上でポアチャを齧りながら、大欠伸するファリド。まるでやる気が無かった。

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2019年2月26日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_32

 アジャリアの子アンナムルが言葉にしていた事が世に具現化して来たかのようである。
 カウシーンが見透かした も外れていなかった。ファリド・レイスは思案の末、アジャリアにクウェートという馳走の載った皿を見せられ、それを半分食う話に乗った。これはハイレディン・フサインとの蜜月な関係からかなり距離をあける事も意味している。
 メフメト家は割りと領土に恵まれている。乱世の始まりから勢力を拡大していたメフメト家は、ある意味では成長期は終わり、今の領土を守るだけで十分であるという時期に入っている。
 これに比べてアジャール家はハラドからリヤドへ拡大し、ジャウフ近辺も押さえるまでに成長したとあっても、実際手に入れたのは砂ばかりで、このまま成長を続けて、衰退著しい現大宰相サドラザム のスィン家を押し退けて覇権を握ってやりたいとアジャリアは思っている。

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2019年2月25日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_31

 カーラム暦990年の終わり、新たな年が来る直前になって、アジャリアがクウェートを攻めると再び言い出した。
「前にも言ったがわしのクウェート侵攻には大義がある。サバーハ家を護るという大義がな。もたつくなよ。クウェートがフサインやらレイスやらに食われてしまう」
 と大義を表に掲げて家臣を立たせたものの、その家臣達でさえアジャリアの言葉に領土欲が滲み出ているのを肌で感じていた。が、主命であるので、アジャリアの大義を意図して好意的に受け取ってここはそれぞれ己を奮い立たせるしかない。
 家来達はこれで済むが、外部にはこうした建前は虚言としか受け取れない。
「欲を見透かされるのが分かっていて、猶大義を打ち立てようとするのが憎らしい」
 アジャリアのクウェート侵攻を見て、アジャール家のもう片方の同盟相手であるカウシーン・メフメトは苦い表情を露にした。というのも彼が見えていたのはアジャリアの欲深さのみならず、フサイン家、レイス家の対抗措置と言っておきながら、その裏で同盟し口裏を合せている。
 そしてレイス家とサバーハ家の領地を山分けした後、バシャールを追い出すなり、監禁するなりすれば、ほぼ労なくして益を得る事になる。
 アジャリア家の領土が殖えるのも気に入らなかったが、大義を旗に振って偽善を成そうとする様がカウシーンには許せなかった。メフメト家も元はと言えば、乱世の騙し合いの中でなり上がってきた類なので、人の事は言えないのだが、アジャリアのように人欲に偽善の衣を着せるような事はしたくないと、カウシーンにはカウシーンなりの矜持があった。
「シアサカウシン。アジャリアにはこれまでだと言っておけ」
 カウシーンはアジャール家とは手切れとしながら、
「ベイ家と手を組んでアルカルジ辺りを挟撃してやりたいが、あそこにはシルバの倅が入ったと聞く。全く手抜かりの無い事だな」
 とベイ家と共闘する道を探り始めた。

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2019年2月24日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_30

 夜になると住民の財産である駱駝ジャマル が屠られ、バラザフ等に振舞われた。
 全く飾り気が無い。だが、この素朴で心や優しき自領民達を愛してゆけそうだとバラザフは思った。人の裏表の無い優しさは受けたその時だけでなく永く受けた人の心の糧となるものである。
 太守府があり小さいながらもしっかりとした定住集落を設けているにもかかわらず、ヒジラートの住民等はここに未来永劫住み続けるつもりはないらしい、という事をバラザフは後で聞いた。
 彼等は駱駝ジャマル と共に生きる一族であり、駱駝ジャマル を養える水がある限りここに留まるであろうが、もしこの先涸れる事があれば、また水を求めて移動し、次の集落を創る。
 早くも彼等に対する家族の情にも似たものがバラザフの中に生まれつつあったので、
「彼等は何処からか来て、俺を通ってまた何処かへ流れてゆくのか」
 と、ある種詩人のような感傷で言葉を漏らした。
 そんな兄バラザフに対して、弟のレブザフは、
「彼等が流浪の民ならば、彼等が去った後にまたここに新たな民が流れて来るのでは。我等は彼等がここに留まっている間だけでも、この城邑アルムドゥヌ と民を護ればそれでよろしいのです」
 と、すでに兄の副官アルムアウィン になったかのような口ぶりで柱を支えた。
 シルバ家の当主となった長兄のアキザフの方は、アルカルジの太守に任命され、ベイ軍の調略に備えていた。
 アジャール、ベイの戦いの舞台の中心であったジャウフから遥かに離れたアルカルジであるが、サラディン自身が智勇兼備の勇将であるため、領内のほんの少しの綻びも見落としてはならず、そこにサラディン自身が精鋭を率いて忽然と現れ奇襲してくるかもしれず、全く油断のならぬ盤面がその一帯にある。

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2019年2月23日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_29

 急な発展と衰退を繰り返しているらしく、郊外には廃墟が目立った。
町の外では駱駝ジャマルハルーフ が放牧され、人々はそれらの肉や乳を糧として生きている。その点はアラーの街と同じであろう。住民のほとんどがこの放牧に従事しており、学のある若者は稀で、所有する駱駝ジャマル の数がそのまま貧富の差となる。
 他に職種というものは存在しないらしく、
 ――駱駝ジャマル の背中に置かれている物が仕事さ。
 と彼等は言う。
 彼等の祖先は水を求めて砂漠を彷徨い、ほんの僅かでも水の恵みのあるこの場所で放牧するに至った。
 ヒジラートファディーアと名づけられたこの集落は、「美徳の移行」という意味を持ち、食の寛大さと心の寛大さを願ってのものらしい。
 ハラドからは北東に位置し、一日あれば往復が可能な距離である。嫁を娶り一家長としてハラドにも屋敷を与えられているバラザフは、管理のためこの二点を往復する事になった。
 ヒジラートに自警団のようなものは常駐しておらず、バラザフ等が着いた時にも住民は少しだけ奇異の目を向けただけで、特に嫌がるという風でもなかった。
 ――そのうち馴染んでゆけばよい。
 そう考えながら家人と共にすっかり砂を被ってしまっている太守邸の掃除に取り掛かると、住民が幾人か言葉も無く砂をかき出すのを手伝いに来た。

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2019年2月22日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_28

 バラザフの想定とは裏腹に元アンナムル隊の面々は目立った抵抗も無く、彼の指揮に従った。アジャリアが事前に古参等を手紙で説き伏せていたのもあったが、彼等にはシルバ家を怨む大義名分は殆ど無く、寧ろ
アンナムルと争ったアジャリアの直轄にならずに済んだ事が救いといえた。父エルザフの言うとおり、口を閉ざし旗色を明らかにしなかった事が、ここに来てさらに幸いした。弟のレブザフなどは、兄バラザフの指揮力の賜物で隊の統制が取れているのだと勝手に信じきっていた。
 では、ワリィ・シャアバーンの駱駝騎兵部隊はどうか。アジャリアはこちらにも手紙を送りワリィの労を軽くしてやろうとしたのはシルバ家と同じであり、ヤルバガの指揮下にあった将兵等にとってはワリィは元隊長の弟である。この点だけを見れば駱駝騎兵が素直にワリィに従っても良さそうなものだが、隊長の弟だけにヤルバガの反乱軍、否、革命軍に従わず、ワリィが兄のヤルバガを見殺しにしたという見方も隊の中にはあり、直接ワリィに刃を向ける者はさすがにいなかったが、隊内での諍いがしばらく続き、ワリィは胸も頭も痛めていた。兄の指揮下であった将兵であるとはいえ、殆どの作戦行動を共にしてきた仲間達なのである。
 バラザフはアジャリアに成ったつもりになった。今までは主にアジャリアの指揮下にあったり、父エルザフの指示の下、シルバ家の一将として動いていればそれでよかった。だが、ここで一軍の将としての地位を与えられ、上に立つ者の責任の重圧をもろに感じているのが今日のバラザフである。アジャリアに成ったというのは大仰であるにしても、年齢に相応しくない出世は、自己の器を歪めないように大いに克己すべき蜜と毒になろう。
 こうしたアジャリアの差配はエルザフの気持ちを酌んでの事である。いかに有能であるとはえ、三男四男ではシルバ家の後継となる事はまずない。かといって、跡継ぎを廃嫡して良い程、アキザフ、メルキザフは決して無能では無く寧ろ他家では望みようもないくらい優秀なのである。問題は息子達の全員が優秀に生まれ育ってしまったために、その能力を存分に発揮させてやる場や、分け与えられる財が無い事で、家格は高くとも良き跡継ぎに恵まれないという他家が多いのを考えれば、エルザフの悩みは極めて特異なのである。
 同時にバラザフはアジャリアから城邑アルムドゥヌ を与えられた。城邑アルムドゥヌ といっても城壁は無く千人ほどの人口で四百戸を成す小さな集落である。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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2019年2月21日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_27

 バラザフは今とても忙しい。
「バラザフにアンナムルの配下であった部隊を任せようと思う。宜しく教練してやってくれ」
 と、アジャリアから指示されたのであった。
 エルザフが言った通り、家を継いだくらいの力をバラザフは手に入れたのである。とはいえこれは生半ではない大任であった。というより骨が折れそうである。
 アジャリアは兵を教練せよと言ったが、それは
 ――アンナムルの配下であった海千山千の者等を手懐けよ。
 という事であり、おそらく二十そこそこのこの若者を侮ってくる古参等を巧く使いこなす器量を、アジャリアにも部下達にも示さなくてはならない。
 同じような命令は弟のレブザフや、先にアンナムル反乱軍に類を連ねて粛清されたヤルバガ・シャアバーンの弟ワリィ・シャアバーンにも下された。
 弟のレブザフはバラザフが任された部隊の下部組織を、ワリィ・シャアバーンは兄と二人で率いていた駱駝騎兵部隊を一人で請け負う事となった。

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2019年2月20日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_26

 足早にエルザフはリヤド圏内のシルバ家の本領に帰って行った。
 長男のアキザフに諸々の引継ぎを行った後もエルザフは、シルバ家のため、アジャール家のため戦場で働いた。
 アルカルジを押さえているとはいえ、その周辺にはベイ軍寄りの拠点となる小さな士族アスケリ城邑アルムドゥヌ が点在していて、アジャール家は火種を抱えたままである。
 アキザフ、メルキザフを主将としシルバ家はアルカルジ近辺の平定に注力していた。エルザフの力が必要になる場面はまだいくらでも残っているのである。
「バラザフ、家は兄が継ぎましたがお前は己の力を得るのです。欲するという事はつまりアマル なのです。未来を視過ぎて占いの結果に振り回されないように」
 もはや子供でもあるまいのに、また同じ事をとバラザフは思ったが、これがバラザフへのエルザフからの遺言となった。
 バラザフに二男ムザフ・シルバが生まれた。少し前、カーラム暦989年の事である。その物腰も含めムザフは、まるで祖父エルザフが転生してきたかのように、酷似してゆく事になる。

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2019年2月19日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_25

 カーラム暦990年、身内に火種を揉み消してすぐにアジャリアは、クウェート攻略作戦の開始を命じた。これとほぼ同時期にシルバ家ではバラザフに長男が誕生した。遠くバグダードでは後に大宰相サドラザム となるファイザル・アブダーラが同年、この世に生を受けている。もっとも彼はこの時点ではまだ貧しい平民レアラー で歴史の主道に乗ってはいない。
 シルバ家の長男の方は、サーミザフと名づけられた。今後、カトゥマル・アジャールの長男シシワトと共に成人を迎える。そして、サーミザフはファリド・レイスの家来に加わるという数奇な運命を辿る事になる。数奇といえば、この乱世に生きる全ての人間が数奇な運命に翻弄さてゆくのだが……。
 新しい世代が生まれると同時に旧い世代は年老いてゆくのが世の道理である。孫が生まれたのを機にエルザフは、
「私も五十を越えました。そろそろ当主の座を明け渡そうと思います」
 とアキザフを当主にして隠居を家中に宣言すると同時に、主家のアジャリアにもこの旨を願い入れた。
 アジャリアも、
「わしの目から見てまだまだシルバ家にはエルザフを越える謀将アルハイラト は出ていない思うが、無理を強いるわけにもいくまい。大事が起きた時はまだまだアジャール家を援けてくれよ」
 と思いを置きながらもエルザフの引退を認めた。アジャリアの思考もすでにシルバ家の知謀を抜きには考えられぬ所まできていた。
 バラザフの才を好いて近侍ハーディル に取り立て、賞賛も絶やさないアジャリアだったが、実の所はまだ彼を実成した将とは見ていないのである。

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2019年2月18日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_24

 末子は成功するという処世の型のようなものがある。過酷な環境に置かれるか、あるいは日進月歩、歩みを止めない親にとっては時に晒される事自体が進化と言って良く、齢を重ねる程実力を身につけてゆくのは道理である。よってこの型の親が子に遺せる才能の恩恵は、若年に出来た子よりは、末子に至る程大きくなると言えるのである。
 バラザフの場合は正確には末子ではないが、この型に照らすならば兄達より成功する可能性は大いにあるのである。だがこの若者には手柄は有っても未だ世に顕現する成功は無く、自覚も無く、父エルザフのみが先に来るであろう光を見通していた。
 アンナムルはとある寺院の香壇にて、一人乳香アリバナ に包まれた生活を送っていた。
 彼は父を諌めた事が、自身の善心の発揚であると疑わない。父の無道を正すこの事自体、父アジャリアの影響を受けての行動だと言えなくも無かった。とはいえアンナムルは父アジャリアの髄が本当に無道であるとは思っていない。
 副官アルムアウィン のヤルバガ・シャアバーン等、自分に賛同してくれる多くの家来達を死なせてしまったが、時が経てば賢君である父の事である。自分の主張を十分に斟酌してくれるはずであった。
 アンナムルの篭る香壇に足音が近づいてきている。
「ようやく父上もご理解下されたか」
 迎えの者が来た喜びで身も心も大いに軽くなった。
 扉が開かれ振り向いたとき、アンナムルは迎えの者と差し込む光と、そして抜き放たれた刃を見た。
 アンナムル・アジャールの名はカラビヤートから消えた。

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2019年2月17日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_23

 扉は壊れようとしていた。闇の奥の邪視アイヤナアルハサド を見た父エルザフの指示通り、バラザフは一切の知覚を閉じた。
 ――とにかく関わってはならない。思考さえもほぼ停止させた。元来知恵の回るバラザフにとって、これは逆に気熱を大いに消耗する苦行である。
 最も注意せねばならぬのが噂好きのナウワーフとの会話だが、彼との間にもしばらく私語をせぬよう固く取り決めていた。ナウワーフも察しの悪い男ではないので、その理由を敢えて尋ねるような事はしなかった。
 また が飛んできた。
 ヤルバガ・シャアバーンに続いて、アンナムル寄りの連累がどうやら二百名近く粛清されたらしい。
 アジャリアは父ナムルサシャジャリを追い出した時のような手際で、アンナムルを寺院に閉じ込め、飛び交うを素早く始末した。
 父子相克の火種が未だ燻る中、アジャリアはカトゥマル妻にハイレディン・フサインの娘を迎えた。
「この婚儀について妙な憶測をする者がいます」
 ある日、固く口を閉ざしていたエルザフがバラザフに語りだした。
 アンナムルとその連累が蜂起したのは、この婚儀が気に食わなかったためだと言う者が居るのだという。だがアンナムルは賢君アジャリアの子らしく、そのような狭量ではなく、寧ろ弟であるカトゥマルの結婚を心より喜んでやれる程の器量なのだと、あまり他人の事情に首を突っ込まないエルザフにしては珍しく、アンナムルを俎板に載せて、細かく切って見せた。
「意見が対立したとはいえ、跡継ぎに有能な者が生まれるというのは父としては嬉しいものです。アジャリア様も時期を見計らってアンナムル様を呼び戻されるでしょう」
 口に蓋をするような緊迫感からこれでようやく解放されるのかと安堵したものの、跡継ぎと聞いて、バラザフは少しばかり苦い色を浮かべた。兄たちと較べて自分の方が跡継ぎに相応しいとまでは言わないが、仮に自分は跡継ぎには役不足で凡庸なのかと問われれば、言下に否定出来る程の自信家は、しっかりとバラザフの中に棲んでいた。

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2019年2月16日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_22

 二人の摩擦の熱は引いた。だがそれも長くは続かず騒乱は起こった。
 ――アンナムル反乱軍蜂起!
 アジャール家は震撼した。カーラム暦987年の事である。
 アジャリア様をお護りするのだと言ってアジャリア寄りの将等が各城邑アルムドゥヌ に声掛けし、ハラドは血気に沸く士族アスケリ で溢れかえった。
 ――ヤルバガ・シャアバーンを誅伐せり!
 騒動の中心に居るアジャリアは、騒ぎを大きくするのを好まず家来達に不確かな情報を流すのを禁じたが、こうした報せは矢のように飛んできて、また誰かが矢を自分の弓に番えて飛ばしてゆく。人の意思ではどうにもならぬ、治から乱への流れがあった。 

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2019年2月15日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_21

 アンナムルの副官アルムアウィンでアジャール軍の重臣でもあるヤルバガ・シャアバーンはアンナムルの方に味方した。他、アジャール軍の有力者達がアンナムルの側に回って、無視出来ぬ派閥を形成し始めている。
「おそらく大事には至らぬとは思いますが……。アジャリア様もアンナムル様も仲間割れでアジャール軍を潰してしまうような狭量ではない故……」
 ハラドに設けられたシルバ邸でエルザフは声を落として言い含めた。
「ですがバラザフ。今後、この件に一切関わってなりません。アジャール家で見聞きした事を他で漏らしてもいけません。この父や兄にも、勿論近侍ハーディル の仲間内でもです。よいですね」
 二人の確執の先に難は無いだろうと言ったものの、エルザフの頭の中には、この二枚扉が破れた先を見てしまったならば、その奥からの邪視アイヤナアルハサド と目が合い、滅びの呪いに呑まれるという自分達の像が映ってしまっていた。
 今はアジャール家の重臣にまでなり上がったとはいえ、シルバ家は元は小領主の出である。一時は砂を住処とする程の追い詰められた少し前の自分が、エルザフにこれ以上踏み込んではならぬという死線を緋く示唆した。
 アジャリアは一応アンナムルを憚ったのか、方針を決める評議にサバーハ家併合の事を挙げず、リヤド、アルカルジ周辺を固めるため、敵の駒を地道に除いていく事に、しばらくは注力している風だった。

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2019年2月14日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_20

 これら道義と戦略とを鑑みて、アンナムルは舵を切るアジャリアの腕を掴もうとしていた。
「バシャールを殺すつもりなどない。寧ろわしが救ってやるのだ」
 つまり威勢の衰えたサバーハ家を潰さずに、剣を交える事無く配下に収めてしまおうというのである。今や周辺から虎視眈々と領土を狙われているサバーハ家が他家から潰されないように、存続の配慮をしてやるのは救済と言えなくもないが、きわめて微妙な所であろう。
「それでは家来達がネフドに流してきた万斛ばんこくの血を、父上が無駄にしたと取る者も出て参りましょう」
「ジャウフを放棄するとは言っておらぬぞ」
「度重なるベイ軍との衝突によってアジャール軍は衰弱しているのです。両方の戦線を維持する事など不可能。死を恐れぬサラディンは何度でも来ます。私には益無き未来しか見えません」
アンナムルがたかが水牛ジャムスの群れを恐れるとは情けない。今傍観しておればクウェート、バスラ一体をフサインやレイスの者共に食い散らかされてしまうのが分からんのか!」
 このアジャリア、アンナムル父子の撞着によって、アジャール軍の武人達も揺れ動かされていた。

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2019年2月13日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_19

 アジャリアの壮図は無限に拡がってゆく。食欲が出て仕方が無かった。
 ――ああは言ってはいるが、父も勿論自分も船になど乗ったことすら無いではないか。
 アジャリアのこの舵取りにアンナムルは不服である。というより許しがたかった。
 バシャールの妹を妻としてアンナムルは娶っている。勢いが弱まったとはいえ、サバーハ家との婚姻同盟を反故にしてよい事では全くない。自分の事は心配しなくていいと言いつつも、表情に濃い翳りが見える妻とその傍で不安がる長女がアンナムルは不憫でならない。
 アンナムルが物心ついた頃にはアジャリア家の勢力はほぼ調っていて、つまりは一地方の雄として圧しも圧されもせぬ安定を手にしていたのである。ナムルサシャジャリからアジャリアにかけて持っていた生き抜くためのしたたかさは次第に薄れ、アンナムルの世代では道義的な価値観が強くなっているといえる。
 アンナムルの不安は戦略面にもある。これまでアジャリアはネフド砂漠を攻略してジャウフ辺りからエルサレムに進む戦略方針を立てていた。そのためのネフド砂漠への侵攻であり、これが各士族アスケリとの確執を生み、こちらが勝ったのだと喧伝しているにせよ、結果はベイ軍に挫かれたのである。
「一度挫かれたのであれば、武備を整え機を見極めるべきだ」
 とアンナムルは主張する。
 肉食であるアンナムルも一度狩に失敗すれば、次は居並ぶ水牛ジャムスの角に衝かれて命を落とす事も有り得る。サバーハ軍や、レイス軍、フサイン軍と較べて、戦力の上ではこちらが圧倒的に強くとも、この場合戦機に勢いが無い。
 このような客観的な彼我の実力差を推知する頭と目とを具備していたがために、アジャリアは今まで戦いで下手を打たずに済んできたのではなかったか。
 アンナムルの目に映るアジャリアは、ずらりと並べなれた馳走に目が眩んでいるようだ。そして食事の皿を空けては次々と積んでゆく――。

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2019年2月12日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_18

 自分の意思をほぼ無視された形でバラザフは夫人を娶る事になったが、夫婦仲は決して悪いものでないらしく、翌年には早くも長女が誕生し、それを始めとして続けて長男サーミザフ、そして次男ムザフが産まれた。
 こうしたシルバ家の円満な家庭作りに反して、これに大いに寄与したといえるアジャール家の方は、戦略目標の舵をきった事でアジャリアと子のアンナムルとの間の諍いでアジャール軍が割れ始めている。アンナムルはカトゥマルの兄である。
 砂漠とは旅を阻む脅威である。
 海や川を渡るための乗り物は何かと問えば、人は迷わず「舟」と答えるだろう。では、砂漠であったならばどうか。
 おそらく「駱駝」という答えが最も多いだろうが、海に対する舟ほど答えに明確さが無いだろう。確かに砂漠を渡るのに駱駝は有用である。しかし、水に浮かべた舟ほどは、はっきりと機能出来ないといえよう。
 砂漠の大船の舵はクウェートへ向けてきられた。その事がアンナムルには受け入れられない。
 ハラドのアジャリア・アジャール、オマーンのカウシーン・メフメト、クウェートのファハド・サバーハは、緊張感を持ちつつも同盟によって三角均衡を保っていた。が、その一角であるファハド・サバーハがバグダードに侵攻した際、逆にハイレディン・フサインに奇襲され戦死した事により、この均衡を大きく崩れ始めようとしている。
 当初、アジャリアとカウシーンは同盟相手のサバーハ家を援ける事を決め、ファハドの子バシャールに合力してハイレディン・フサインを討伐するつもりであった。この時代のフサイン家は、これらの軍が攻め寄せれば簡単に踏み潰されてしまう程の弱小勢力でしかなかったが、肝心のバシャールが討伐に踏み切れぬうちに、ハイレディンの勢力成長をゆるす事となった。
 さらにはサバーハ家の傘下にあったナーシリーヤの太守ファリド・レイスが独立してしまったため、サバーハ家はついに周辺を敵に囲まれる結果を招いた。サバーハ家は北、南、西から遠巻きに鋭く光る矛先が向けられている。東方面の諸侯の向背は定かではないが、援助はまず期待できないといってよい。
 実際、元来領土欲の強いアジャリアは、
 ――今ならばクウェートを取れる!
 と息巻き、俄然元気になって食も進む有様である。
 今のサバーハ家相手ならば、いちいちベイ家から道を阻まれて、ネフド砂漠の各城邑アルムドゥヌを落としていくという遅々とした征服計画より余程利のある戦いが出来る。
 ジャウフとアラーの街は押さえてある。ベイ軍を退けながらここから無理に西へ進まずとも、クウェートを押さえ、北西へナーシリーヤ、バグダードを落としてゆけば、そのままエルサレムへ上ってアジャール家の覇をカラビヤート全土に知らしめる事が出来る。当然行く先にフサイン家とレイス家が 勢力が拡大しているとはいえ、まだまだアジャール軍に敵対てきたう力などない。
 ――前方に小船。だが弾き飛ばしてよい。
 バグダードを押さえれば、ジャウフとアラーと直線状に交易路が出来るし、クウェートを手中に収める事で東のアルヒンドへの進出すら可能になる。エルサレムとベイルートを取ってしまえば、東西の海がアジャール家によって繋がる。

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2019年2月11日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_17

 それから一年経ったカーラム暦985年。エルザフの口からバラザフの縁談の話が出た。バラザフが初めて戦場に立ってからは三年が過ぎていた。
「アジャリア様から言われ気付いたのですが、近侍ハーディルのお前の仲間の中では嫁を娶っていないのはお前だけのようです。戦いに明け暮れるあまり、お前の縁談を世話できず父として申し訳ない事でした」
「私はまだ嫁など……」
「お前がそう言うだろうと、アジャリア様に先に手を打たれてしまいました」
「どういうことです?」
「アジャリア様の御夫人の侍女ハーディマに気が細やかな良き者がいるそうです」
「はぁ……」
「その者をアジャリア様がわざわざ養女にしてくれるそうです」
「それが?」
「その娘をアジャリア様がお前の嫁にという事で、つまりは断れぬ、という事です」
「はあ!?」
 突然の縁談に戸惑うバラザフに、エルザフは淡々と話を進めた。

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2019年2月10日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_16

 カーラム暦985年、エルザフの率いる軍が再びハウタットバニタミムを包囲した。
「さて、蒔いた種を刈り取らせてもらおうか」
 今回はハウタットバニタミムに戈が交わる音は響かなかった。城内にはこちらに内通してきた者らが居る。いうまでもなく先の和平交渉の際に渡りをつけておいた長の側近の面々である。彼らには協力の見返りとして、アジャール側へ戻った後も変わらぬ権益が保証されていた。
 エルザフの軍がハウタットに来たとき、門は静かに内側から開けられた。側近たちは長を殺さなかったものの、執務室から締め出し、執政の座から彼を引き摺り下ろしたのだった。
 ハウタットバニタミムのタミム家も、ネフドの数多の士族アスケリがそうであったように、僅か供だけを連れカイロへの砂を、嘆き憾みながら踏みしめてゆく事になろう。
 残りのタミム家の配下達、士族アスケリ達はシルバ家の管理下に置かれる事となった。
「シルバ家こそカラビヤート随一の謀士アルハイラト。味方に引き入れておいて本当に良かった。でなければ今頃落ちていたのはハラドで、アジャール家がネフド砂漠を彷徨っている所よ……」
 そのシルバ家の一族であるバラザフに、アジャリアは本音を漏らした。が、バラザフにはアジャリアのシルバ家の畏怖の裏に、まだまだ余裕が潜んでいるように見えてならなかった。
 ――真に恐ろしいのはアジャリア様自身ではないのか。
 またアジャリアはエルザフの息子達の中でバラザフが一番知謀に優れているとも評した。家来の武勇以外の面が漏らさず目に映るという事はアジャリア自身がそうした頭の使い方をしているといえるし、先代のナムルサシャジャリのような力攻めに偏らない戦線展開が予想出来る。自分の活躍の場はまだまだ増えるとバラザフは期待した。この時バラザフの胸中には片隅にではあるが、確実に、
 ――アジャリア様と俺は毛色が同じだ。
 と本来畏怖すべき主人に対して不遜な思いが生じていた。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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2019年2月9日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_15

 戦いの盤面がシルバ勢優勢となった時点で、エルザフはハウタットバニタミムの士族アスケリを束ねる長と和平へ向かおうとした。
 ハウタットの長との交渉に向かう配下にエルザフは、閉瞼へいけんしそうなくらい目を細めて、
「長の側近たちに渡りをつけておいて下さい」
 と策を敷いておいた。その口には僅かに笑みを浮かべている。
 この時点でエルザフはハウタット側に何も求めず、あっさりと兵を退却させた。和平の交換条件として何かしら要求して、再び相手に門を堅く閉じさせる愚をやるつもりはなかった。だが本来抜け目ない彼は和平交渉の場を後の策に利用したのである。
 複数の勢力の調略の間で揺れる組織というものは、一枚岩でない事が多い。一度はアジャール側についたハウタットバニタミムが背を向けた事がその証拠であり、側近の中にアジャール寄りの者が少なからずいるということである。
 エルザフはこの策に強気であった。自信の理由はバラザフである。我が子がすでに将として一人前に育っていたのだと、この戦いの中で初めて認識出来た。潜在的な数千の戦力を俄かに発掘出来たといってよい。
 もちろんバラザフ自身が千人もの兵士を相手どって軍神のような働きが出来るわけではない。が、効率という意味において兵数千に値する事は戦いの巧みさで証明されたばかりだ。それが身内だという事も戦力評価を大きく出来た理由の一つでもあった。
 一旦、兵を退かせたものの、エルザフのハウタットを取る気には変わりはない。ハウタットに背を向けられたという事は、アジャール勢力地図内に楔を打ち込まれたに等しい。これを放置して良い理由はどこにもないのである。
 種だけは蒔いておいて、エルザフは機が熟すのを待った。

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2019年2月8日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_14

 バラザフが用いたこの手法はズヴィアド・シェワルナゼから教わったものである。規模の小さい砦の落とし方を習っていたのだが、それをこの櫓攻略に適用したのである。
 バラザフにとってこの亡きズヴィアドからの教授はいわば形見タヅカル遺産タラスであり、成木になったばかりの若さが、師が土となった物の咀嚼を良くした。そして覚えたことをとにかく使ってみたい年頃でもある。
 バラザフは成人を果たしたといっても、その面貌はまだまだ子供である。バラザフの手際を横で目の当たりにしていたアルカルジ近郊から参戦している各士族アスケリの胸中には共通して、
 ――子供がこのような戦果を上げるというのは有り得た事なのか。
 との思いがあった。
 しかし、彼らが目にした手際とはあくまで目の前の出来事だけにすぎず、バラザフは櫓を落とす間にも各所の涸れ谷ワジに人を遣って水量を確認させ、報告させるという事を繰り返していた。夜間で雨雲の機嫌を窺う事は出来なかったが、これならば急な増水による兵の損失を回避出来る。
「“見える雲が必ず雨を降らすわけではない”というが、雲が見えなくても水を畏れる必要はあるはずだ」
 三百名の兵士を各櫓の守備に振り分けて、バラザフは次の局面に遷っていった。次の区画、またその次の区画と、同様の手法でまず櫓を落としにかかり、これらにも三百名ずつ守備兵を割きながら城邑アルムドゥヌの奥へ、進みバラザフ達の部隊はハウタットの本営のある場所へ間近に迫った。バラザフの部隊だけで街の北半分を占拠した形となる。しかもバラザフはここまでで敵も味方も一人として死なせていないのである。
 これによりハウタットの首脳部のいる本営は北と南から挟まれた。
 エルザフはバラザフの命令違反を罰しなかった。それと釣り合わせるように褒める事もしなかった。ただ息子の中に居るもう一人の自分を見出した父の顔は誰の目から見ても満足げであった。
「あの一番攻め難い場所から落とすとは、我が子ながら大したもの。さて――」
 この局面からエルザフは急ぐ必要がある。街の北半分を落としたといっても各櫓を守備しているバラザフの部隊はそれほど多くはない。なにしろ北から漏れ出る敵兵を見張るための部隊であったため、積極的な戦線投入を想定していなかった。急な反撃でバラザフ部隊が窮地になる前に戦いを終局に導かなくてはならない。

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2019年2月7日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_13

 エルザフはアルカルジ方面の攻略に三万の兵を与えられた。事前に目配り心配りをしていても、指の間から滴が抜けるように敵の調略に落ちた士族アスケリ達は攻伐の対象とせねばならない。エルザフはまずこの三万の兵から五千を割いてハウタットバニタミムの街を攻める事にした。現在エルザフが拠点としているアルカルジから南西に位置し、徒歩で二日の距離である。リヤドからは南に四日だ。
 ハウタットバニタミムの周りには涸れ谷ワジが点在し、水量は比較的豊富である。つまり急な雨でこれらの水かさが増すと、カンダクの役割を果たし攻略が困難になるということである。よって進軍する際にはこれらのぬかるみそうで、急な増水で兵が呑まれそうな地点を避ける必要があり、攻撃地点が限定されてしまう。
 エルザフが地勢を観た所、南と東からは行軍路が採れそうである。エルザフは東側に兵の配置を済ませ出口を押さえると、別働隊を編成して南へ回り、周囲を囲んでいる兵士に外から弓矢で攻撃させ、敵の意気が下がった所を南から槍部隊で突撃を掛けた。
「さて、そろそろ敵の増援が来そうだが」
 エルザフが予想したとおり、南口が落とされた事は程なくハウタットの各部隊に知らされ、敵の援軍が押し寄せて来たので、槍部隊を指揮するバラザフの次兄メルキザフは、素早く退却した。一言に兵を退かせるといっても槍のような長柄の武器を持った兵の機動力は決して高くなく、腕の振りを使えない事もあって、たかが進退であっても念入りな訓練を要する。また、本来小回りの利く兵種ではないので逃げ遅れるとたちまちに敵の放った矢の雨の餌食になってしまう。この退却一つにメルキザフの統率力の高さが窺える。すでにすぐ傍の櫓には援軍の弓兵のこちらを狙撃しようとして弓に矢をつがえる姿が見え始めている。
 東口を中心にアジャール軍の傘下のアルカルジ近郊の士族アスケリが街を包囲する形で構えていた。長兄アキザフはこれらの兵士を、それらを率いてきた小領主格の者達の代わりに鼓舞して回った。
 兵士の士気を倦まさず保つというのは大抵の武将が苦慮する所である。勇ましく兵達に力を与える、この若き将の姿を将兵は頼もしく見ていたが、アキザフ自身の部隊は彼らの後ろに置かれ最後まで温存される手筈になっていた。誠に巧いやり方である。
 無難に戦いを展開しているように見えて、実のところ攻城はあまり円滑には進んではいない。
 このハウタットを包囲する盤面の中で、バラザフは北側の押さえを担当していた。最初の見分で父エルザフは北側の区画は、周囲の涸れ谷ワジが増水した場合、ここに水が流れ込み、その流れを渡っているに矢の雨が降ってくれば部隊が壊滅すると危惧していたため、バラザフには、
「攻城は無用」
 と勇まぬよう指示していた。
 北側にも街を護るべく小さな櫓がいくつか配置されていたからである。
 が、バラザフは父の指示を守らなかった。勇んで攻めかかったのではない。間者ジャースースを多数稼動させ北側の櫓を全て自分の手中に収めたのである。間者ジャースース達は櫓の守備兵にある事ない事吹き込んで心を乱して隙を作り、夜の闇を味方につけて守備兵が放棄した櫓をまたたく間に占拠した。

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2019年2月6日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_12

 いまだベイ軍との戦いの延長上にあるシルバ家にアジャリアから、
 ――バラザフ・シルバをアルカルジ方面の戦局に加える。
 と、エルザフに命が下った。
「実は私の方からアジャリア様にお前を参戦させるように願い出たのです」
近侍ハーディルの役を解くと?」
「大人の仲間入りをして近侍ハーディルもないでしょう。あれは言わば見習い仕官です」
「はあ……」
 近侍ハーディルの役目に誇りを持って務めていただけに、父の言葉によってその役を軽く見られたようにバラザフは思えた。
「人は力を付ければさらに上の役が与えられてゆくもの。初めての戦いであれだけの激戦を経験したお前の力が認められたということなのです」
「そういう事であれば是非に」
「さらに弟のレブザフをお前につける事にします」
「レブザフを私の補佐に?」
「補佐というより見習いです。今熱気を帯びている局面に置いて、見て経験させるのがいい」
「レブザフはよく学び取る事でしょう」
 弟レブザフを自分の見習いにすると言われて、すでにバラザフは弟を育てている気になっている。
 だが、これに父エルザフは、
「ベイ軍との戦い以降、戦場から離れているお前の回復訓練にもこれは良い機会です」
 と釘を刺すような言い方をするのだった。

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2019年2月5日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_11

 出来上がったアラーの城邑アルムドゥヌは、カーラム暦983年のアジャール、ベイの最後の戦争でも戦略的に大きな役割を果たした。その後、アラーの城邑アルムドゥヌは、アジャール、ベイ、レイスなどの大軍を容れて戦闘出来る、彼らの重要な拠点となった。
 城は此の世に生まれて永遠に戦いの中で生き続けるわけではなく、平時の貌を持つ事は意外と為政者の意識の中から抜け落ちやすい。
 築城を考える上で城壁の堅さは勿論重要であるが、城邑アルムドゥヌを一つの生き物と捉えた場合、自ずとその中で生きる人々の営みにも目が向けられる。産業が発達すれば蓄えられる財貨も殖え小まめな修繕が可能となるし、人口が増えれば修繕のための労働力を賄う事が容易になる。
 築城を開始するにあたり周辺の街の経済規模も考慮した上で、おおよその城邑アルムドゥヌの発展度を想定する必要があるだろう。広すぎると防備が手薄になるし、狭すぎると街の発展は望めない。広すぎても狭すぎてもいけないのである。
 そして余剰の財貨は惜しみなく民に分配し、貨幣を街の中で澱みなく無く回転させれば、城邑アルムドゥヌは一つの経済圏として安定した生命でいられる。
 アジャールとベイのネフドの最後の戦争は、バラザフにとっては初めての戦場である。エルザフ・シルバ、長男アキザフ、次男メルキザフ、そしてバラザフは持ち場は異なるものの、この戦争で共に戦う事となった。
 アラーの城邑アルムドゥヌと同時に遥か南東に離れたアルカルジもシルバ家の管轄下に置かれた。アルカルジは、今ではハラドと並ぶアジャール家の重要拠点となったリヤドに程なく近かったが、ネフド砂漠の戦いに注力している間に、オマーン地方のメフメト家の手が伸びてくるかもしれず、単純に街を取られないように防衛しているだけでは、周囲の小領の士族アスケリ達を砂山を少しずつ抉るように取り込まれてしまうため、その辺りの調略防衛をアジャリアは、シルバ家に期待している。本来アルカルジは、最寄のリヤドの太守が担当すべき場所なのだが、ここに智勇兼備の優将のいずれかを置いておく余力はなかった。ベイ家のサラディンは余裕を持って戦える相手では決して無い。
 言うなれば、アルカルジもベイ軍との戦争の盤面に入っているのである。
「アルカルジの街の守りより、メフメト家による撒き餌を見張らなくては」
 エルザフが言葉にした通り、アルカルジの街の始め各城邑アルムドゥヌ周辺の小さな領主達は完全にアジャール家に臣従したわけではなく、表面上は協力姿勢を見せても一度上の力の均衡が変われば、より強きほう、利益をもたらしてくれるほうに付くもので、元のシルバ家のように各勢力の轟嵐に揉まれ、巨竜たちの足で蹂躙されんとする身としては、これは当然の生き方なのである。
 そうした小領主達の不安と自尊心とを巧みに揺さぶるように敵は調略の手を伸ばしてくる。
 これに対するシルバ家の調略防衛とは、例えば、
 ――アジャール家は戦争が終われば我らの領土を根こそぎ取り上げるつもりなのだ。
 と流言が流れ始めれば、行って不安を取り除き、
 ――我らに寝返れば今よりさらに厚遇しよう。
 との空手形が出されれば、それを押さえ、連なったものを捕らえて見せしめとした。まるで赤子の面倒を見るような微に入る対応が求められるが、それらを可能にしたのは、自分が調略を仕掛けるのであればこうするであろうという謀略の手札を無数に持ち合わせていたからであり、それらが寄り集まってカメラのようにシルバ家の智を形成していた。自分が持っている手札は相手も持っていると考えればよかった。

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2019年2月4日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_10

 エルザフもズヴィアド同様アジャール家の新参である。実績を示しながらも言動に派手さの無いズヴィアドにエルザフは好感を持った。
 知恵者というものは一つの発想が浮かぶと、それを他人に話してみたくなるものである。もちろん貴重な作戦情報を敵に漏らす事が出来ないのは言うまでもなく、味方であっても愚者であればそもそも会話が成立しない。よって知恵者はいつもこういった欲求不満を抱え込んでいる。
 自分から生じた知恵の実を他者と分かち合えるのは、毛色の似通ったエルザフにとってもズヴィアドにとっても喜ばしき事であった。
「智将エルザフ・シルバに我が得意とする所を認めていただき嬉しい事です」
「こちらこそズヴィアド殿の城邑アルムドゥヌの要諦の教授を受ける事が出来、非常に有り難い事です」
 ここに早くも謀臣達の連合カラテルが出来上がりつつあった。
 アジャール家に仕えるようになってからズヴィアドはブライダーやラフハーの街の城邑アルムドゥヌ改築を任されている。ズヴィアドの築城方式はアブドゥルマレク・ハリティ、エルザフ・シルバ、エルザフの子バラザフに伝授され、エルザフからバラザフに対しても同様の伝授がなされた。
 後にバラザフは、
 ――バラザフ・シルバが城を建てれば難攻不落。
 と世人に称えられる事になるが、その起源はこのズヴィアドと父エルザフに在る。アジャール家で最たる築城の巧者と評価されたという事は、すなわちカラビヤートで一番の城邑アルムドゥヌ名人と絶賛されたといってもよい。

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2019年2月3日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_9

 ズヴィアド・シェワルナゼの出身はクウェートである。アジャール家の士族アスケリとして仕えるようになる前は、カラビヤート内外を経巡り、その土地土地で戦術を咀嚼して、各地の戦力関係や民情を把握して情報を己が財産としており、アジャール家の執事サーキンヤッセル・ガリーと知遇を得たのを緒縁に、その縦糸はアジャリアに結ばれた。これがカーラム暦965年。シルバ家がアジャール家の傘下に入ったのはここから三年経った話である。
 元々、ズヴィアド・シェワルナゼの家はクウェートの士族アスケリ家だったが、ズヴィアドは家族と揉めて家を出て各地を旅する身となり、アジャール家という主道に乗ったとき、ズヴィアドは一介の平民レアラーに身を落としていた。
 それが誰の栄光であろうとも人は他人の出世を嫉ましく思うものである。平民レアラーだった者を再び士族アスケリに引き上げ、さらにアジャリアがズヴィアドに参謀アラミリナの重役を与える事は重臣から摩擦を含め様々な障碍を浮き上がらせた。これに苦慮しているアジャリアに、ズヴィアドの保証人ともいえるヤッセル・ガリーは、
「ナムルサシャジャリ様の名前を使っては如何でしょう」
 と薦めた。
「父上の名前を?」
 ヤッセルのからくりとはこうである。ズヴィアド・シェワルナゼは齢六十過ぎ。追放されたアジャリアの父ナムルサシャジャリと世代がきわめて近い。ナムルサシャジャリとズヴィアドとの間の親交をでっちあげ、ナムルサシャジャリの命でアジャリアの参謀アラミリナになって支えるために、ズヴィアドに各地で見識を高めさせていた、事にするというのである。
 これならば現当主アジャリアを慕う家来は元より、ナムルサシャジャリ追放の際にアジャリアの粛清を恐れながらも内心ではナムルサシャジャリに懐いていた重臣たちも一応収攬出来る。本人に確かめようにも、ナムルサシャジャリは遠くクウェートのサバーハ家に居候しているので捏造の埃に光が当てられる事はまず無いと見ていい。
「これでじい・・の面目も立ちましたわい」
 そう笑うヤッセルだが勝れた人材をアジャリアの財とする事以外には意図は持っていなかった。ベイ軍との決戦を前に一人でも多くの知恵者が欲しい。

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2019年2月2日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_8

 カーラム暦979年、アジャール軍とベイ軍の三度目の衝突が起こった。その少し前にアジャリアはエルザフをアラーの街に派遣し、これを手中に収めている。ハイルの街のタラール・デアイエを倒し、ネフド砂漠をさら北上出来るようになったアジャリアは、行き当たったジャウフを攻略せず、北東に回ってアラーの街を取りに行った。
「サラディンが来れば必ずジャウフ辺りでぶつかる事になるだろう」
 そう踏んだアジャリアは、ジャウフ攻略以前に確実な足場として、アラーの街を落とす事とし、エルザフを太守を任せ、砦の強化を指示した。仮にジャウフの街を先に落としても、すぐに敵に奪取されれば戦略的に意味を成さないからである。
 アラーの街はアルアラー、アルアルとも呼ばれる。広大な石灰岩の平原の中心にあるこの地域の土は比較的肥沃で、春に咲いた植物は夏頃には、駱駝ジャマルハルーフなどの放牧された家畜を養う飼料として利用出来るようになる。年間を通して降水量は少なく、風が吹く事も稀ではあるが、意外にも数年に一度雪が降る事は見逃せない。
 アジャリアが一時見送ったジャウフからは北東に位置し、一週間もあれば往復出来る距離である。アラーの街は来るべきベイ軍との戦いを見越して要所ジャウフを押さえるのに適した場所である上、北東に延びる道の延長上にはバグダードがあり、これも要所である。
 戦いにおけるアラーの重要性を感じ取ったアジャリアには、今のアラーは城邑アルムドゥヌとしては物足りなく感じた。アラーには病院もあり集落としての完成度は低くは無かったが、周囲に城壁を設けておらず、隙間の広い柵で街の外縁を囲っているだけである。人口も少ない。
 ここに本格的な砦を作るため、アジャリアはアラー獲得に功績のあったエルザフ・シルバをそのまま太守に任じて、城を造るように命じた。
「街といっても砦に関しては、ここに一から城邑アルムドゥヌを築くようなものだ。城邑アルムドゥヌといえば……ズヴィアド・シェワルナゼ殿か」
 エルザフは、早速ズヴィアドを呼んで城邑アルムドゥヌ建設を相談した。
「アジャリア様よりアラーの要塞化を命じられたのですが、私はやはり城壁が鍵だと思うのですが、ズヴィアド殿意見を伺いたい」
「そうですな。城壁をかなり広くしておくのがよいでしょうな」
「アラーは大きくなりますか」
「兵が常駐して金が回るようになれば街は大きくなるでしょうな。それに、戦いが起きたときに周囲の放牧民と家畜を中に入れておく広さが要りますな」
 それまで在った柵の外側遥か遠方に新たな城壁が建ち始めた。この後何百年も経ち、郊外から古代都市遺跡が発掘されスラフファーサマク、その他の水生動物の彫刻が、砂の海の下の眠りから覚まされる事になるが、今の彼らには知る由も無い。

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『アルハイラト・ジャンビア』第2章_7

 タラール・デアイエはサラディン・ベイを頼って行った。ハイルの街を落とされてより二年後、身を寄せていたカイドの街のバルナウィー軍も、アジャリア自身が率いる本隊によって壊滅させられ、ゆくあてを失ったためである。確執のあったデアイエ軍とバルナウィー軍だが、アジャール軍という外圧に晒され手を結ぶもやむなしという事で、バルナウィー軍にとってもタラールという兵士を率いる将が一人増えたともいえるので、アジャール対策としては強化が出来た。が、積んだ石を一つ外せば全て崩れ去ってしまうように、ハイルの街がアジャール軍の手に落ちた事は、この地方の勢力均衡を大きく変え、勢いづいたアジャリア・アジャールを止める事は最早適わなかった。
 ハイルからサラディンのカイロまで一ヶ月弱。砂嵐が落ちてゆくタラール達を容赦なく襲う。口を覆う布を押さえる手に力が入る。アジャリアという侵略者を怨みながら、砂を噛み、彼らはカイロへ向かってひたすら重い足を前に出していった。
「戦う事が士族アスケリの常とはいえ、アジャリアの悪辣さは目に余るな」
「サラディン殿には益無き戦いになりましょうが、何卒我らネフドの士族アスケリを済度して頂きたく恥を忍んで頼って来た次第」
「我輩は戦争で益など求めておらぬ。アジャリアの侵略など神は望まぬという事をこのサラディンが思い知らせてくれよう」
 手にした鎌型斧ケペシュが地を衝き、寂とした物腰のままサラディンは静かに息巻いた。
 義人サラディンは、人道に沿わぬを善しとせぬ男である。また自信家でもある。彼自身が武で鳴らす最強の武人である上に、戦いでは一度も敗れた事がない程、軍略に長けている事も彼の自信を裏付けている。篤信故に自分は神から愛されているという自負もあった。
 砂漠を延々と旅し砂埃にまみれ、見る影も無くやつれたタラールを始めとする、これについてきたネフドの士族達の訴えを聞き入れ、これを救済する事を約束し、ベイとアジャールの剣は初めてぶつかった。同年、七歳になったバラザフは正式にアジャリアの近侍ハーディルを受命した。

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2019年2月1日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_6

 エルザフはエルザフで十年来のアマルであるシルバ家の旧領回復を成し遂げたものの、ある意味貪欲に次の飛翔をすでに思い描いている。
 その内心を知ってというわけでもないだろうが、アジャリアはデアイエ家から奪ったハイルの太守にエルザフを任じた。元々のシルバ家の旧領など取るに足らない程の破格の待遇である。
 アジャリアのシルバ家への厚遇はエルザフに対するものにとどまらなかった。
「エルザフ。バラザフを近侍ハーディルに取り立てようと思う。親子でよく話し合って返事してくれ」
 このような出世話をこの父子が拒む理由も無く、有り難くこの近侍ハーディルの命を受けた。
 アジャリアにバザラフを取り立てるのを決めさせたのは、猛竜胆の聖廟マスジット・イ・ティンニーンのシュクヮ師である。アジャリアはシュクヮ師を、ザルハーカ教の死生の導き手として尊崇しており、これでまでの香の式次第を基に新たな式次第を構築しようとしていた。神と死者を想うという事に重きを置いて、無駄を削ぎ落とし、意味のあるものは残していった。だが、その過程で問題がひとつあがった。肝心の香は何を用いたら良いかという事である。
 法学者ウラマーは、いかにすれば神と生者の橋渡しが出来るかという命題を抱えるシュクヮ師にとって、今まで当たり前に用いられてきた香を今一度俎上に載せる事もその命題の鍵と成り得る事であり、そうした迷いが生じるくらい、シュクヮ師は神への信仰と人の幸せを真剣に考えていた。
 或る日、アジャリアの館に居たバラザフをつかまえてシュクヮ師は尋ねた。
童子トフラよ。我らが神や先師たちは何の香を好まれると思うかね?」
 「それは乳香アリバナでしょう」
 バラザフははっきりと答えた。
「そうよな。やはり乳香アリバナよな」
 理屈を持たぬ童子トフラが、疑いなくそう答えたのだから、自然としてこれは間違いあるまいと、シュクヮ師は迷いが晴れ納得したのだった。
 一方、シュクヮ師に明路を示したバラザフにとっては、これはどうという事もなかった。遊び友達として親しくしているアジャリアの子のカトゥマルが、最近父が乳香アリバナに凝り出して、自分も付き合わされて堪らぬと、バラザフやナウワーフに漏らしていたのである。
 シュクヮ師に香について問われたとき、持ち前の機転が利いて、
 ――ああ、この事か。
 と思ったバラザフは「乳香アリバナ」と即答しただけの事である。
「あの童子トフラは大層賢いようですな」
 庭で遊び、笑う三人の子供達を見ながらシュクヮ師は、アジャリアに推した。これに弟エドゥアルドの口添えもあって、アジャリアの心は決まった。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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2019年1月31日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_5

 タラール・デアイエはまがった事が嫌いな男である。また武人としての武がはげしい領主であるために、アジャール側の見方はどうしても猪突な印象を拭い去る事が出来ず、この盲点がアジャリアとしては稀な敗戦を招いたのである。
「あの砦は双頭蛇ザッハークそっくりだ。二つの頭が互いを援けるように動く。胴を叩いても勿論頭にやられるから、こちらもやり様がない……」
 攻城に加わっていたエルザフも、己が力量不足を感じて苦々しく呟いた。
「アジャール軍が掛かっても落とせなかったのに、小勢の我らが力攻めで勝てるわけがない。謀将アルハイラトの智恵の見せ所か……」
 程なくしてハラドのアジャリアに、エルザフがハイルを陥落させた、との報せが入った。先の戦いでエルザフらの先鋒がハイルを落とせないのを受けて、アジャリア本隊を向かわせる算段をしていただけに、これはアジャリアにとっては嬉しい誤算だった。
 剛攻めが無理と踏んだエルザフはアサシンを遣った。弱小勢力であるシルバ家は、周囲の領主達と互角に渡り合うために、アサシンを多数雇っている。シルバ家の自由な宗教気風を好いて、アサシン等が寄り付き、シルバ家が抱えていけるアサシンは、その家財に比して多いものだった。後にアジャリアの孫であるレオ・アジャールも、エルザフの孫のムザフのアサシンとなり右腕として大いに暗躍する事になる。
 エルザフの命を受けたアサシンは、ハイルに潜入し夜の内に塔の見張りを倒し内側から門を開けた。そこからはまるで戦いにならない程、シルバの兵達は一方的にデアイエの兵達を駆逐していった。
 暗殺型のアサシンを派遣して、直接タラールの命を奪う手も無くは無かったが、万が一不首尾に終わった場合、アジャリアの顔に泥を塗る事にもなりかねない。故に開門させた後、兵を以って討つという比較的手堅い手段をとった。
 シルバ家がアジャール家という大樹の枝の一つとなったとき、エルザフは大樹が伸びていく過程で、自分達も旧領であるリヤド近辺の小さな集落を回復し、戦功次第ではその近くのアルカルジも得られるやも、という程度の期待しか持っていなかった。
 だが、父ナムルサシャジャリを追放したハラドの街の無血革命の手腕を鑑み、さらにアジャリア本人の器に直に触れてみて、
 ――存外伸びるかもしれぬ。
 という明るい展望を抱くようになった。この大器に蜜を注いでいけば、いずれは自分達にも余剰に与れる日が訪れる。父を領地から追い出す、と言葉では簡単なようであっても、その実、昨日まで父に従っていた家来達を一人も漏らさず掌握するという難事であり、それを成したという事に、アジャリアの恐るべき統率力と計画性の高さが窺い知れるのである。
「アジャリア様のネフド砂漠侵攻を援ければ、いずれシルバ家がリヤドの主になる日も来るかもしれない。いや、さすがにそれは欲張り過ぎか」
 小領を守るだけでも、これまで四苦八苦していたエルザフには、リヤドという大きな領地さえ手に入れれば、それによって守る事くらいは簡単に思えたのだが、持たざる者共通の、獲得するという夢幻に彼が在ったとしても、何人もこれを嗤う者は居ないはずである。
 アジャール家に身を寄せるようになってから、シルバ家の評判は良くなかった。特にシルバ家と同様のリヤド周辺の小領主達からは裏切り者ように見られ、自分達はああはなるまいと頑なに守りの姿勢を強めたのだった。
 しかし、今回のハイル陥落の戦功を見て、シルバ家の評価は一変、その強さを印象付け、その知略を敵に回したくはないという、恐れとも、羨望ともつかぬ感情を彼らに持たせる事になった。
 こうしたシルバ家周囲の小領主達よりもさらに、アジャリアはエルザフの事を評価した。
「エルザフ・シルバこそ我らアジャール家の柱と言って良い。此度の戦功によりアジャリア・アジャールの名を以ってシルバ家の旧領回復を認める」
 エルザフの功を認める言葉の裏に、エルザフ・シルバが今回の手柄を立ててくれたという喜びがある。つい昨日来たばかりのような、新参の士族が、真摯にアジャール家の為に働いてくれた事にアジャリアは感謝した。

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2019年1月30日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_4

 カーラム暦972年。アジャリア・アジャールの下に、エルザフらシルバ家が置かれるようになり、四年が経った。酷暑が去り、月が明るく見える時期である。
 アジャール家とベイ家が激突する以前に、アジャリアのネフド侵攻に立ち塞がった男が居た。ハイルの街を拠点とするタラール・デアイエという猛将である。
 タラール・デアイエは二年前の戦いでアジャール軍を撃退しており、アジャリアにとってはタラール・デアイエを倒す事が最も重き課題であり、この時点では、ハイルの先のジャウフやアラーの攻略など望むべくもなかったのである。これに打ち克たんとアジャリアは、ハイル攻撃の軍を編成している。
 ハイルはネフド砂漠を取り巻く街の一つで、ダフナー砂漠にも接する。花崗岩の山に囲まれたこの盆地は、年間の雨量は少ないものの、一度雨が降ると、涸れ谷ワジは大きな土砂の流れとなり、水を吸った砂地は人や物を引きずりこむようになる。
 相対的な位置としては、カトゥマルとその母の家が拠点としているリヤドから西北西に、徒歩で二週間の場所にある。街を高い塀で囲み、塀に門を四ヶ所持つ。
 周囲には野生の駱駝ジャマルが生息しており、人が使う主要路を彼らがのんびりと横切っていく事も決して珍しい光景ではない。彼らにとっては人の世の戦など知った事ではないのである。
 二年前にアジャリアはタラール・デアイエのハイルに仕掛けたわけだが、先鋒にエルザフを抱えたアジャール軍ですら、ハイルの街の城壁の欠片すらも得る事はかなわなかった。無敵のアジャール軍を相手取るだけに、タラール・デアイエもただ猪突な人ではなく、一領主として恥ず事のない軍略も持っていた。
 タラール・デアイエの相手は南から攻めてくるアジャール軍ばかりではなく、近隣のバルナウィー軍との小競り合いも、今や日常茶飯事となっている。バルナウィー軍の拠点はカイド、或いはアルカイドと呼ばれ、ハイルのすぐ北に在る。
 アジャール軍側から見ても、デアイエ軍とバルナウィーの仲が良くないのは明らかで、今回もタラールが軍を率いて北に向かったので、またバルナウィー軍と一戦始めるつもりだろうと見て、その隙にハイルの街を奪取してやろうと目論んでいた。
 ところがである。アジャール軍がハイルを攻めにかかるや、タラールは部隊を反転させ、ハイルに舞い戻ってきた。そればかりか後ろに援軍としてバルナウィー軍まで連れて来ていたのである。

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2019年1月29日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_3

 アジャール家のいわば外来の将であるシルバ家が、戦功をあげる事を面白く思わぬ輩も少なからずいて、彼らは陰煞いんさつの星のような存在となったが、それでもバラザフは、
 ――殺さずして得られればなお良い。
 と言って、バラザフ達子らに、頭で勝つ事の正当さを示した。まだ父しか大人を知らぬバラザフにとって、それは智の太陽だった。
「いいですか、バラザフ」
 息子や目下の者であっても、自分の言葉を見下ろすような姿勢にエルザフはしない。
「欲するという事はつまりアマルなのです。人は欲する事を止めてはいけないし、そのための努力を止めてもいけない。知恵を絞り、そして歩み続けなさい」
「では、未来を視る眼が欲しい私はどうすれば」
「未来を常に見据える他無い。未来を視る眼が欲しいという渇望が欲する物を引き寄せるのです」
「果たしてそれで叶うものなのでしょうか……」
「叶うものなのです」
 自分でも得がたい物を欲していると自覚しいるだけに、バラザフには父の方法論があまりに簡単に聞こえた。だが、父の自分への言葉は確信に満ちている事だけはよくわかる。
 父は父で息子の中に謀将としての素養だけでなく、勇将としての面も見出していた。すなわち「欲する」という、或る方向性を持った強さがそれである。

「そうだ、バラザフ。あなたにこれを渡しておきましょう」
 バラザフが手渡されたのは札占術タリーカの札であった。
「これで或る程度の未来は見えるはずです。使い方は自分で調べて習得するように。それも欲する力を鍛える修行の一つです。それから……」
 エルザフは最後に念を押すように加えた。
「占いの結果に振り回されないように。人が築く未来とは常に占いの結果を上回るのが理です。この札占術タリーカに一切左右されなくなった時、あなたは未来を視る眼を得ている事でしょう」
「心に刻んでおきます」
 そう答え、そして頭では分かってはいるものの、これで未来を知れると思ってしまうのが子供である。否、子供でなくとも、未来を知る手段を手にしてしまうと、己が万能にでもなった気になるのが人というもので、占術とは本来、老境の者でないと使いこなせるものではない。そこで垣間見た未来とは、あくまで実現性の高い事象に過ぎないのだが、これを履行されるべき契約のように勘違いしてしまうのが占者の常である。ともあれ、バラザフは占い師を幾人か訪れ教えを請い、札占術タリーカを自ら用いる事が出来るようになった。
 父の訓示をバラザフが理解出来るようになったのは、父も兄も亡くなってからになるのだが、今はまだ札占術タリーカの習熟に重きを置いている若木である。

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2019年1月28日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_2

 サルマーン・アジャール、後のアジャリア・アジャールは重臣らと共謀し、父ナムルサシャジャリを門から入れず、クウェートのサバーハ家に預ける事にした。預けるといっても事実上の永久追放で、アジャリアはハラドの無血革命に成功した事になる。
 当主となったアジャリアは、リヤドを侵略し、タラール・デアイエと領土獲得戦を繰り広げるなど、ネフド砂漠へと領土欲の枝葉を伸ばし始めた。
 アジャリアの侵略戦争もここまでは順調に見えた。だが戦線を拡大してゆくにつれて、彼がネフドから追い出した地元の士族アスケリが援けが徐々に必要になってきた。
 その折を見極め、エルザフ・シルバは怨恨あるアジャール家の懐に入り込み、アジャリアの下、一応、重臣の籍に身を置く事となった。これがカーラム暦968年の事で、バラザフが生まれたのがこの次の年の989年である。
 ネフド砂漠から自分達を追い出したアジャール家の禄を食む事に、当然エルザフの中に悩みが生ずる。だが、そこは元来合理的な頭のシルバ家であるので、最優先すべき事は何かと考えた場合、それはシルバ家の旧領回復であるから、アジャール家と共に生きるという道を選んだのである。
 その合理的な頭でさえも、当初は、
 ――まるで冥府に籍を置くようなものだ。
 と、自らの境涯を皮肉り、あるいは死ぬ気で仕えるという臨死的覚悟を以って、アジャールという鋳型の中に焼けた鉄を流し込んでいったのである。
 そして、その鋳型には自分の反感の情だけでなく、親族も入れなければならない。即ち、アジャール家服属の約定の証として、エルザフは息子達のうちバラザフをアジャール家に取られ、この時からバラザフの身はハラドに置かれている。
 アジャール家がネフド砂漠侵攻に先方としてシルバ家を用いるため、旗を反さない確証としての「人質」を求めたという事である。アジャリアの賢い所は、たとえ人質であっても有能な者は上役に取り立てて、しかるべき処遇をしてやる所であり、バラザフの中に利発さを見たアジャリアは、彼を近侍ハーディルに抜擢したのである。
 我が子が主家に重用されているという安心もあってか、バラザフの父エルザフは十分に能力を発揮した。シルバ家が「謀将アルハイラト」と評され始めるのもこの頃からで、エルザフは己が知略を用いて、アジャール家の侵攻の枝葉を四方に伸ばすのに大いに貢献した。

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2019年1月27日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_1

 カーラム暦969年にバラザフは誕生した。ナウワーフはバラザフより二歳年上である。そしてアジャリアの子、カトゥマル・アジャールも年近くバラザフの一つ上である。
 ――カトゥマル様がお母上と共にリヤドに移られるそうだ。
 子供の頃から何かにつけてナウワーフは情報を聞きつけて来るのが好きだった。特にカトゥマルついては知らぬ仲ではなく、主家の血筋でありながらも、アジャリアの跡目と周囲からも目されていない事もあって、バラザフも加えて三人は親友として付き合っていた。
 リヤドでカトゥマルが養育されるようになって後も、彼がたまにハラドに訪れる際には、必ず三人で遊びに行く関係が出来上がっていた。
 結局、カトゥマルはアジャール家を継ぐ事になった。
 そのカトゥマルが懐刀としてバラザフにナウワーフ、そして近侍ハーディルの面々を重用したのは当然過ぎる事といえた。
 ナウワーフの家は名家である。彼の父は、アジャリアが追い出したアジャリアの父「アジャール家の猛虎」ナムルサシャジャリの代からアジャール家に仕えている。ナウワーフは父に似て度胸があり、奮闘する質だ。そして社交家で利発な男でもあった。アジャリアはナウワーフのその辺りを気に入って近侍ハーディルに取り立てた。
 元々、重臣の家であるナウワーフと比べて、バラザフのシルバ家はアジャール家の者になってからまだ日が浅い。シルバ家は小さいながらも独立した士族アスケリであった。
 リヤドやジャウフを囲うネフド砂漠には、小領の領主達がひしめき合っている。バラザフの父エルザフもそうした小領主達の一人であった。
 ナムルサシャジャリ・アジャールは縁戚であるリヤドの領主と連携し、シルバ家の所領に攻め込んだ。場所としてはリヤドの少し北。カーラム暦963年の事である。
 弱小勢力である当時のシルバ家やその他の領主が合力しても、ハラド、リヤドの連合軍に抗う術など無く、シルバ家はアルカルジへと落ちて行き、そこの領主に身を寄せる事となった。
 戦勝して帰ってきたナムルサシャジャリは、ハラドの街の門を潜る事は出来なかった。子のアジャリアの反逆である。

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2019年1月26日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_30

 戦争から引き上げハラドに戻っても、バラザフの深い心穴は殆ど埋まる事はなかった。
「けしからん事だ!」
 ハラドの街に乾いた寒さが訪れる頃、ナウワーフがまた何か情報を聞きつけたのか、やってくるなり怒り出した。
「おいバラザフ、奴らはけしからんぞ!」
「一体何なんだ」
「ベイ家の奴らさ」
「それはベイ家はけしからんだろうさ」
「そうだろう! 奴らは……」
 ナウワーフが言うには、
 ――アラーの街の太守アルサウドからアジャリアへ報告が入った。それによれば、アジャール軍の死者四万五千人、ベイ軍の死者三万四千人で、これをベイ軍は自分達が戦争に勝ったのだと自讃しているという。
「それは本当にけしからん!」
「そうだろう!」
「勝ったのは我々アジャール軍だ。緒戦の奇襲で追い詰められたのは認める。だがな、ネフド砂漠の地を我々は大半制圧して、ベイ軍は逃げ帰りジャウフの街との連携すら出来なくなったのだから、本当の意味での勝利と言えば、アジャール軍の大勝利だろう!」
 バラザフにとっては、そうでなくてはならなかった。バラザフの言う通り、領土獲得戦争においてはアジャール軍は勝利した。それは事実である。だが将兵の損失という面から見れば、アジャール軍の方が痛みは大きいのである。しかし、五分勝ちという結果を納得させるには、大事な人たち失った哀しみは、あまりに大きすぎた。
 後に「アルハイラト・ジャンビア」と称される程の未来の謀将も、この時はまだ人の死を悲しむ一人の少年に過ぎなかった。
「このジャンビアを振りかざして、エドゥアルド様達を援けに行きたかった……」
 バラザフの目の中で、ジャンビアの孔雀石はその波紋を大きく歪め、揺らした。

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2019年1月25日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_29

 朝にベイ軍の色だったネフド砂漠は、今アジャール軍の色となっており、これで勝ったのだとバラザフは思った。すでにあちこちから、アジャリアの音頭を待たず、勝鬨が届きて来て、いつの間にやら防衛線は掃討戦へと転じていた。
 すでに日は西の茜となっている。
 戦勝の趣を余所にアジャリアは、先程まで激戦が繰り広げられていた砂漠を言葉無く見つめていた。
 バラザフが話しかけると、アジャリアは、
 ――あの砂の上に横たわる骸の中にエドゥアルドが居る。
 という。
 さらにズヴィアドも戦死したと聞かされた。あの数多の骸の中から二人を捜し出すのは至難であり、彼らはこのまま砂に埋もれて、干からびて骨となっていくしかない。
 二人の死を聞いたバラザフの目には不思議と涙は浮かんで来なかった。事があまりに重すぎた。胸の奥が痛すぎる。
 悲嘆の壁がバラザフの四方を覆って、目に映る全ての物の色を奪った。
 ――いっそ涙が一滴でも零れ落ちてくれれば、砂に哀悼が浸みて二人に届くかもしれないのに。
 あまりに受け容れ難い現実だ。アジャリアのもとに寄せられたのが虚報ではなかったのか。そう思いたい。
 エドゥアルドとズヴィアド。二人はバラザフにとって偉大な師であり、目指すべき標であった。成人したばかりの子供の心が抱えるにはこれらの死はあまりに重過ぎた。
 バラザフの手の中で、今はエドゥアルドの形見となってしまったジャンビアの重みが増した。
 バラザフにとっても、主君アジャリアにとってもエドゥアルドの死は大きく、アジャール軍にしても戦勝の代価としては過重な事となった。それはズヴィアドの死とても同じで、アジャール軍の軍制にも将兵の心にも大きな穴を穿つ戦争だった。

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2019年1月24日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_28

 アジャリアはサラディン急襲の間に一度も剣を抜こうとしなかったが、その理由をバラザフが尋ねたところ、
「わしはサラディンを殺したくは無かった」
 と、アジャリアは意外な言葉で答えた。
「何故、サラディンを生かしておきたいのです」
「血を軽んずるな、バラザフよ」
「血ですか?」
「そうだ。お前が誰かを殺めるとしたならば、それはその者の祖先が最初に此の世に発生してから、悠久に継いで血をここ断つということだ。草木や虫にでさえ同じ事がいえる」
「はい」
「あのサラディンには、わしがここから追い出した数多の士族アスケリが頼り、従っておる。その器量、ここで殺すにはあまりに惜しいとわしは思うのだ。味方となればこれほど頼もしい者もいまい。ま、有り得ぬ事であろうがな」
 この時アジャリアは一本の革盾アダーガの柄で、矜持と打算の二本を立てていたといえる。人を纏め上げる統率力というのは、単純な兵力のように、求めてもなかなか得がたい物であり、サラディンを万が一にでも味方につける事が出来れば、アジャリアの統帥の届かぬミスル地方をサラディンに任せておけばよい、という事になるのだ。
 アジャリアとは、どこまでもその思考に領土欲を含む野心家なのである。
 バラザフにもサラディンが、そしてベイ家が味方になる未来など有り得ぬと思ったが、アジャリアの言う血の重みは、理解出来たと思っている。

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2019年1月23日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_27

 バラザフ他、近侍ハーディル達は軍神ともいえるサラディンに気圧されながらも何とか武器を構え、内一人が槍を繰り出した。槍はサラディンの馬の腿に刺さった。驚いた馬はサラディンですら御し難い程暴れ出し、鎌型斧(ケペシュ)による猛襲は止んだ。
 サラディンは言葉を発せずとも、その黒髭が天を衝かんばかりの怒気を発し、近侍ハーディルの若造共を睨みつける。バラザフ達は恐怖で心の臓が止まりそうになり、もはや何も抗えず、足は力を失い地面にへたり込むしかなかった。
 もしこの時サラディンが、
 ――まずこの小僧共から片付けてくれよう。
 とでも考えたら、彼らは死神イラルマウトに、たちまちのうちに命を刈り取られ、若くして冥府の籍に名を連ねる事になったであろう。
 この戦いでアジャリア身辺の守備は、近侍ハーディルと歩兵三十名程度である。
 アジャリアやナウワーフ達近侍ハーディルはアジャリアの傍近くありながらも、死神イラルマウトに魅入られてしまったかのように、全く動けず手出しが出来ない。そうした中で、近侍ハーディルの一人がサラディンの馬へ何か投げつけた。投擲が通った馬の脚に赤い線が走った。
 立て続けに傷を負わされた馬はいよいよ堪らず暴れ出し、サラディンを振り落とそうとする。もはやアジャリアの命を取るのは無理となったサラディンは、手綱を強く引き辛うじて馬を御すると、来たとき以上の速さで死合の場から走り去って行った。
 先程サラディンに投擲を投げつけた、カウザを目深に被った近侍ハーディルも、どこかへ走り去って消えた。だが、我に返った途端、急に恐くなったのだろうと、誰もこれを気にはとめなかった。
 結果としてサラディンを退けたものの、アジャリアの身体には革盾アダーガで受け損なった傷がいくつもついていた。

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2019年1月22日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_26

 今、ベイ軍の勢いは強い。士気も向こうが上だろう。見ればわかる。
 アジャリアが思う「手札」はバラザフも思っていた。援軍が来れば、ベイ軍を包囲できれば、この危機は去る。
 アジャリアは待つしかなかった。その間、配下達が血を流し続ける。しかし、待つのだ。待って持ちこたえる他ない。
 日が徐々に高さを下げ始めた。遠くに高く舞い上がる砂煙が見える。騎兵がこちらに参じているという証である。やがて、騎馬兵団が肉眼で見えるようになった。アジャールの各々の別働部隊であった。
「ハリティにアルサウドだな。あやつらめ、焦らしてくれおったわ」
 座したまま落ち着いた体のアジャリアだが、その実、腹の奥が俄かに熱くなるほど踊躍歓喜していた。
 父と兄も来たとバラザフは思った。遠目にもやはり親族の動きは判るものである。援軍のどの人馬よりも、気が冴えていると感じられた。
「ようやく挟撃が適うぞ! 皆よくここまで耐えた! あとは全軍で押し潰すだけだ!」
 丁度、ベイ軍の疲労が目立って来た所に、アジャールの援軍が背後から横から包むように襲い掛かった。ここまで踏み止まってきたアジャリアの本隊の将兵らも、これでようやく息を吹き返し、角に加わった。
 ここでもバラザフは戦況をつぶさに見ている。比較的奥にあるアジャリアの横からでも、ベイ軍の気勢が減衰し斃されて行くのが確認できた。
 刹那――。
 アジャリア本隊の前に、白装束に武具を付け、金糸で刺繍されたターバンを被った黒髭の武人が単騎で駆けて来るのが見えた。握る武器は鎌型斧ケペシュである。見るからに高貴そうなこの武人は――、
「おい、まさか!」
「まさか、サラディンが単騎で来たというのか!」
 敵大将の単騎駆という信じられない光景を見た、バラザフとナウワーフは言葉に出して確かめ合った。
 サラディンが眼光鋭く獲物アジャリア一人に定めると、馬をさらに速めて斬りかかって来た。
 ガスリ!―― 
 アジャリアは座したままサラディンの斬撃を革盾アダーガで受け、瞬時に横に流した。まともに受け止めれば、鎌型斧ケペシュの曲がった刃に盾が引っかけられ、剥ぎ取られてしまい兼ねない。
 ガスリ! ガスリ! ガスリ!!――
 サラディンの刃とアジャリアの盾が強く擦れ合い、削り合う。襲う方のサラディンは馬で駆け抜けると同時に刃を入れ、アジャリアもこれを神経を研ぎ澄ませながら何度も受け流した。気を抜けば盾が取られ、命が取られる。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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2019年1月21日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_25

 もはやアジャリアは、伝令の絶望的な報告には心動かさず、巌の如く座に腰を下ろしている。
 聞こえてきた報告からバラザフが読み取ったとおり、アジャール軍は窮めて劣勢である。ベイ軍の奇襲が利いたという事だ。ついに双頭蛇ザッハークの両頭が潰されようとしている。
「のう、バラザフよ」
 アジャリアが傍らで強張った姿勢で諸刃短剣ジャンビアを構えるバラザフに声をかける。
「なぜ砂が黄色いのか考えた事があるか」
「砂ですか?」
 この窮地でアジャリアは気が触れたのかと、バラザフは一瞬疑った。
「そうだ。我らは周りの砂が黄である事を疑わない。今、我らの目の前の事もそうだ。戦争は数が多い方が勝つ」
 アジャリアは老人が孫に夜話を聞かせるようにゆっくりと続ける。
「砂が黄色として在る如く、我らの手中には勝てる算段があった。疑いようも無かったはずだ。だが、此の世に絶対という事は絶対にないのだ。そして……」
 ここでアジャリアの腹に力がこもった。
「この劣勢が敗戦に繋がるという事も、絶対ではない……!」
 辺りの空気が重くなった。だが不思議と落ち着く重さだと、アジャリアの周りを固める近侍ハーディル達は、それぞれ思う事が出来た。
 サラディンの到達をアジャリアは危惧していなかったわけではない。むしろサラディンは来る、と踏んで挟撃を布いていったのである。ところが、その機がいかにも悪すぎた。
 アジャリアは戦場を視ている。だが、それは目の前の危機的状況ではなく、大局眼にて戦場全体を見通しているのである。確かに戦況は不利だ。窮めて不利なのだ。
――だが手札はまだ有る。
 おそらくタブークの街に向かったシャアバーン達はまだ無事の筈だ。アラーの街のアルサウド部隊もまだ温存出来ている。ここを凌げば包囲は破られた事にはならない。まだ挟撃は可能な筈なのだ。
 一方、バラザフはこの戦いで見えざる鍵を得た。
――勝敗は士気だ。生気だ。数は絶対となり得ない。
 という事である。

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2019年1月20日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_24

 バラザフ達に命ずる大喝でアジャリアは周辺の大気を震わせた。ナウワーフや他の近侍ハーディル達、そしてバラザフも、戦いに臨む姿勢で各々の武器を構えている。
 霧中――。刃と刃がぶつかる金属音、敵味方の吶喊、火薬の爆音が遠くから迫ってくる。
――不利な戦況だ。
 アジャリアのもとに絶え間なく駆けて来ては告げる、伝令達の言葉から、バラザフはそう判断した。
 腰に佩いているエドゥアルドから貰った御守の諸刃短剣ジャンビアを、バラザフはぐっと握り締めた。
「うわーー!」
 近侍ハーディルの一人が堪えきれなく奇声をあげた。太陽が上へ昇り、霧が消えると戦場があらわになった。白い幕で覆われていた戦いが眼に映ったのである。
 戦場の恐怖は新兵達の口を乾かせ、腰から下の力を奪った。そして頭の一部で、喉が渇いたと、ほんの少し冷静に思っていたりもする。
――前線、崩壊
――様、戦死
 遠くから聞こえてくる伝令の報告は依然として芳しくなく、重臣までもが次々と戦死している。

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2019年1月19日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_23

 アジャール軍とベイ軍の最後の戦端が開かれようとしている。
「突き進め! 霧の向こうにアジャール軍が居る。矢も狙わなくて構わん。とにかくつがえて射よ!」
 アジャール軍へ向けて霧の中から矢の雨が降り注いだ。矢に当たった兵達が次々と倒れてゆく。
――敵襲!!
 伝令達はベイ軍襲来の報を持って陣を縦横無尽に駆けた。
「もうここまで来たというのか!」
 突如、霧中より現れ出でたベイ軍の疾風達はアジャリアの心胆をも大いに揺らした。 
「全軍、双頭蛇ザッハークの体系! 稲妻バラクに変形する間に陣をおとされるぞ! 今の配置から決して動かず迎撃せよ! とにかくうろたえるでない!!」
 バラザフは今、夢想の中に居た。自分が目の前の将兵達を指揮し、陣容を動かす指示をしている夢である。そこへベイ軍が奇襲をかけてきたのである。
 一気に醒めさせられたバラザフは、両手に諸刃短剣ジャンビアを握り締め、白き壁に向けて構えた。咄嗟でも意外に彼の頭の奥は怜悧に働き、宝物の方ではなく武器にして良い方の二本の諸刃短剣ジャンビアを無意識に選んでいた。アジャリア本隊の周りには近侍ハーディルが配置されている。
「わしの傍を離れるなよ、バラザフ! うろたえるでない。他の者も打って出るなよ。とにかく自分の身を護るのだ!」
 バラザフ達に命ずる大喝でアジャリアは周辺の大気を震わせた。ナウワーフや他の近侍ハーディル達、そしてバラザフも、戦いに臨む姿勢で各々の武器を構えている。

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2019年1月18日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_22

 タブークから出たベイ軍本隊は現在八万。ジャウフの街の部隊と合流しようとしていた。濃霧はアジャール軍だけでなく、ベイ軍の進軍も慎重にさせた。しかし、タブークの奇襲を未然に回避したサラディンも、この時点では濃霧の向こう側にアジャール軍の稲妻バラクが配置されているとは想定していない。
 アジャール軍とベイ軍とは互いに一日で行ける距離にまで縮まっていた。極めて近い。
 ついにサラディンの耳に偵諜から情報が入れられた。
「ジャウフの街の北側に布陣が見えます。数は十万から十五万」
「アジャール自身が出てきたか。それで陣容はわかったか」
「おそらくアジャリアの稲妻バラク。なお、未だ変形を続けております」
「この霧こそが神が望まれたものだ。アジャール軍は我らがここに居るのには気付いていたか」
「気付いていないと思われます」
「そうか……。ジャウフの街の部隊と合流して後詰と呼応して南北から挟むつもりだったが……」
――布陣もおわらず、こちらにも気付いていない、か。
 この時、軍神の脳裏で機略が閃いた。
「よし! このまま突破するぞ。アジャリアが居るとなればその命貰い受ける好機だ。ジャウフの街は開けずにいよ。アジャリア諸共アジャール軍を蹴散らしてくれる!!」
 多くの戦いにおいて奇襲は極めて有用な手段である。その生涯で負け無しといわれるサラディンは、数多の戦闘経験によってその事を熟知している。今、ベイ軍に吹く風は追い風である。

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2019年1月17日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_21

 以前にバラザフはズヴィアドから陣容について教授された事があった。
双頭蛇ザッハーク。前後の兵が滑らかに稼動出来る。長く延びたこの体系は将兵が多いときに効果を発揮する。稲妻バラクの変種といえる」
――今のこれはズヴィアド様の言っていた双頭蛇ザッハークではないか。
 バラザフの脳内の過日のズヴィアドはさらに教授を続けた。
群飛雁イウザ。雁は群れで飛ぶ。その形がこの体系だ。双頭蛇ザッハークから群飛雁イウザへ、群飛雁イウザから大隊の稲妻バラクへと変形してゆく。さらにここから各所の先端を尖らせるように変形すると並列錐ミスカブになる」
 変形が進むにつれて違えに兵を配置している稲妻バラクの溝が深くなるという事である。
 そしてこれらは陣容の枢要と施用であり、上に立つ者の差配如何で明暗を別けるのだとズヴィアドは最後に念を押した。
 その枢要と施用が、今バラザフの目の前で驚くべき事に生きて動いている。バラザフは愉悦の中に居た。戦場での戦術的な将兵の動きを観ているのが愉しかった。自分が今それを愉しんでいるのだと自覚していないほど没入しきっていた。

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2019年1月16日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_20

 作戦決行の日、太陽がまだ地を照らし始める前に、アラーの街を出てネフド砂漠へ向かった。アジャール軍の立つネフド砂漠は、この朝深い霧に包まれていた。
「おそらく何も見えなくなるな」
 濃霧の中、アジャリアは本陣の椅子に腰を下ろした。
 夜の寒さで大気が冷え、朝方に霧が出る事も砂漠では全く有りえない事ではない。だが、この朝の霧は特に濃かった。白が世界を塗り潰し、人の視界が利かない。
「早めにアサシン共に探らせておきましょう。ベイ軍がこの霧の中で転進してしまっては厄介だ」
「うむ」
 アジャリアの懸念を汲み取るように、弟のエドゥアルドが気を利かせて配下に偵察を指示した。この挟撃はある意味において戦いの定石を無視したものである。サラディンの性向を見越して、挟撃作戦に踏み切ったアジャリアであったが、これが定石を破った奇策である事はアジャリア自身が一番よくわかっていた。
 通常であればこの挟撃が見込み薄である事は、先にエドゥアルドとズヴィアドが指摘した通りである。その指摘の内、ベイ軍をタブークから追い出す事については達成出来ている。だが、その先にいくつもの負の可能性が待ち受けており、定石通りに事が運ぶ事はこの場合障壁なのである。
 よって、この作戦を決行したといってもアジャリアは、心中では完全にはこの作戦には倚り懸かる事は出来ずにいた。それを軍略にも兄の心情にも通じた弟エドゥアルドが汲んだのだった。
 こうした首脳陣の威厳を保ちつつも見せる微かな憂虞を、傍で見ているバラザフは敏感に感じ取っていた。
 アジャリアの指示は先に決めた通り稲妻バラクの陣容である。十二万の兵が東西に延び、前後違いに配置されていった。

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2019年1月15日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_19

 月が落ちた――。今この世界は闇である。夜が明けたら、おそらくベイ軍との戦いが始まる。この作戦の要点は勿論挟撃にある。ベイ軍をなんとしても稲妻バラクで迎え撃ちたいアジャリアは、夜間の内に軍を横に展開させておく事にした。
 予め雇い入れておいた暗闇を視る事が出来るアサシン達に先導させ、大まかに兵員を配置した。これならば日が出ればすぐに稲妻バラクに陣容を遷す事が出来る。バラザフ達、近侍ハーディルもアジャリア本隊に付いて移動した。
 一方、サラディンの方もアジャール軍との激突が近づいている事を霊的直感で感じ取っていた。タブークの街を出てきたの奇襲を危惧しての事もあるが、自分達が駐屯すれば街が戦火で焼かれて、無辜の民が投げ出されてしまう事にもなるので、義に生きるを貫くサラディンとしては、そのような無意味な悲劇はなんとしても回避したかった。
 そもそも、慈悲心や義侠心で始めたこの戦いで、民を苦しめてしまっては、サラディン自身の義が立たないという事になる。
 少し遡れば、タブークを奇襲するはずであったシャアバーンの駱駝騎兵部隊は、部隊に所属するアサシンを出してサラディンの動向を窺わせていた。だが、サラディン側が動き出すにあたり、向こうもアサシンを動かして、シャアバーンのアサシン達を残らず駆逐していったのである。結果、シャアバーン達がベイ軍の動きをつかみ、アジャリア本隊に報せる事が出来たのは、丁度ベイ軍の後詰がタブークを出た時となった。
 サラディンがタブークを出ると決めてから、後詰の出動が完了するまで、僅か一刻。平時におけるベイ軍の練兵の熟達のほどが窺える。
 サラディン・ベイは無敵の将、徳高き義人であると同時に、敬神の情篤き男である。目に見えざる世界からの霊流を常に受けており、預言者のように言葉に顕し御文を民衆に示すという事はしなかったが、決断が生じる場面において、サラディンはしばしばその霊的直感によって進路の左右を無意識に決定していた。
 そしてその直感によってアジャール軍の奇襲を察知したのである。移動に先んじて偵察のアサシン出してみれば、はたせるかなアジャール軍の密偵がこちらの動きを見張っており、情報を持ち帰らせる前に始末したという事である。
 まさにここでアジャリアの作戦の糸の継ぎ目が綻び始めた。

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2019年1月14日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_18

 近侍ハーディルであるバラザフ達は、これらの軍議の流れを全て経験する事が出来、アジャールという家の名を自ら名乗っている「アジャリア」に尊敬の念を新たにした。
 また、アジャリアだけでなく自分の師のエドゥアルドとズヴィアドの大局眼が確かであるという思いも更に強くなった。相手がサラディン・ベイでなければ、やはり彼らの進言が正しいはずだとバラザフは思う。
 アジャリアが危惧した通りベイ軍は、駱駝部隊がタブークに到達する前に動き出した。これを報せて来たヤルバガ・シャアバーン、ワリィ・シャアバーン兄弟の駱駝部隊が、丁度タブークの背後に回るため迂回を取っていた時である。
 アジャリアは、先の作戦通り挟撃の前後で呼応するようアラーの街を進発した。ベイ軍配下に置かれているジャウフの町を北へ迂回する形を取った。アラーの街を出てからここまでで五日。おそらく明日にはベイ軍本隊と相見える事となろう。
 今、アジャール軍は、ハイル、ラフハー、アラー、そしてアジャリア本隊で戦場に弧を描くような陣容となっている。ベイ軍ほ包囲は出来上がりつつあった。

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2019年1月13日日曜日

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菜の花の恵みのように

読者の皆様に当ブログを支援、育成していただき御礼申し上げます。
この先、『アルハイラト・ジャンビア』や『カラビヤートシリーズ』には、菜の花のシーンが何度か描かれる予定ですが、美しい黄色の花ばかりでなく、菜の花は油も人に恵みをもたらす要素です。
当ブログにおける創作活動に円滑を欠く事が無きよう、潤滑油、灯火のごとく、読者の皆様に定期的な支援をしていただければ幸いです。

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『アルハイラト・ジャンビア』第1章_17

 奇襲であれば当然敵に気付かれてはならない。行軍の砂煙が敵に発見されればすでにそれは奇襲ではなくなるから、晴れ渡った日は避け、行軍速度もぎりぎりに近づくまでは緩慢にせねばならない。
 つまりは、ただでさえ時間が掛かりすぎる上に、天候によって奇襲および、追い立てられたベイ軍がこちらまで到達する時が左右される。機がずれてしまえば前後で呼応して挟撃するのは難しい。
「駱駝騎兵がタブークに着くまでに敵の増援が来ないとも限りません。そうなればタブークからベイ軍を追い出すどころか、街で持ちこたえられ、最悪奇襲部隊そのものが捻り潰されてしまいます」
 ここまで軍議を黙って聞いていたエドゥアルド・アジャールも、ここで、
「首尾よくタブークからベイ軍を追い出せたとしても、まっすぐこちらに向かってくるかどうか。途中でサラディンの本隊が転進すればこの挟撃は失敗に終わる……」
 と、ズヴィアドの説に言葉を加えた。
 軍議に参加する諸将は、一瞬どよめいたが、やがてエドゥアルドとズヴィアドの言葉に納得したかのように、言葉が止んだ。
 こうして軍議に参加する諸将の方向が、概ね驚蛇作戦反対論に流れていったところで、主将アジャリアが初めて口を開いた。
「エドゥアルドとズヴィアドの意見もよくわかる。普通の相手ならばわしもこの策は採択しなかったであろう。だが……」
 アジャリアは一息ついて、
「わしは、サラディンは必ず来ると思う。サラディンはわしがネフドから追い出した者等の命運を背負っている」
 アジャリアは続ける。
「義理に生きる者は計算では動かん。使命感、義侠心、そういったものは損得ではないのだ。サラディンは必ず来る……」
 結局、このアジャリアの言葉で軍議は決まってしまった。
「アラーの街を出てネフド砂漠まで進み出よう。そこで稲妻バラクでベイ軍を包囲殲滅するのだ。ラフハーに駐在するハリティとシルバにも街から出てベイ軍を包囲できる位置に動くように伝えろ」
 アジャリアは全体に指示を出した後、トルキ・アルサウドには、
「アラーの街を守るのがお前の役目だ。ジャウフに居残っているベイ軍の動きを見張れ。驚蛇作戦でベイ軍が敗走してジャウフに逃げ込むようであれば、急いで駆けつけて掃討せよ」
 と、命じた。
 ネフド砂漠を盤面として、ベイ軍を完全に包囲出来るようにアジャリアは確実に駒を配置していった。ラフラーとハイルの街を連携するアジャリア本隊、タブークに奇襲をかける駱駝騎兵、温存するアラーの街のアルサウド部隊の三方から包囲しつつ、サラディン本隊と後方の連携を断つ事も出来る。進言された驚蛇作戦にアジャリア自身が一厘を加え、より作戦の完成度を高めたのである。
「シャアバーン」
「はっ」
「作戦開始までタブークから目を離すなよ。僅かに機がずれただけでもこの挟撃からベイ軍は漏れる。先に向こうが動き出す事があってはならない」
 そこから先はアジャリアは言わなかった。作戦通りに現実が動いているのか機に臨んでいれさえすればいい。機が派生した先には無限の未来が枝分かれする。ずれてしまった時に大将でであるアジャリアが判断すればよいのだ。

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