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2022年7月5日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第8章_4

  カーラム暦1003年冬、工夫達が、まだ城邑アルムドゥヌ の細かな手直しをしている中、カトゥマルと家臣の主だった者達がタウディヒヤに入った。

 人より野生の方がこうした環境の変化に敏感で、カトゥマルがタウディヒヤに拠点を遷したときには、水を求めて動物達が集まってきていた。無論、住民の市井の営みもすでに始まっている。

 バラザフもカトゥマルの移転に伴い、自分の家族をタウディヒヤに移り住まわせていた。奥方、サーミザフ、ムザフ、娘達、家臣、近侍ハーディル侍女ハーディマ と、バラザフの家族主従だけでも五十名がここに移転した。この時期の旅は寒い。

 移転後もバラザフは忙しくアルカルジに戻ったりして、ケルシュが集めてきた情報を受けていた。翌年、カーラム暦1004年、年頭が少し過ぎた頃である。

「ハイレディン・フサイン、ファリド・レイス連合軍が再びアジャール軍への攻勢に出る様子。これに伴ったサイード・テミヤト、ナワズ・アブラスなどアジャール家親族の者等が次々とフサイン、レイス側に裏切りを約定しているようです!」

 あまりの事、すぐに全てを信じるのは危険な情報である。が、それを裏付ける報告が、フートからもあがってきた。

「シアサカウシン・メフメト、セリムへも、ハイレディンからアジャール攻めの派兵協力要請がいっております。このメフメト軍へ宛てた手紙に書かれております。我が配下が密使より奪い取ったものです」

 バラザフがその手紙を確認すると、確かにハイレディンの封蝋が押されている。

「昔、大宰相サドラザム であるハリーフ・スィンがフサイン軍包囲網を諸侯に呼びかけた事があった。それと同じ事をハイレディンはアジャール軍にしようとしているのだ」

 今のハラドとアジャール軍を囲んでいる環境を鑑みると、どうしても悲観的な見方は避けられなかった。

「これはアジャール家の危機だ!」

 バラザフは急ぎセリム・メフメトに宛てた手紙をしたためフートに持たせた。

 中にはこのように書いてある。

「現在、メフメト軍、アジャール軍の間の同盟は決裂状態にあるが、カトゥマルがハラドを放棄した時は、カトゥマルの妻リャンカ夫人のえにし でカトゥマルとアジャール軍を援助してもらいたい。この場合、シルバ家もメフメト軍に従軍してもよい」

 カトゥマルの妻はリャンカといって、シアサカウシン・メフメトの妹である。これが政略結婚である事は明らかながら、二人の夫婦仲はよかった。

 折角の生きた縁である。これを活用せぬ手はないとバラザフは考えた。

 そしてもう一通、

「近々、フサイン、レイス連合軍が、アジャール軍に対して最終決戦を仕掛けてくるであろう。万が一アジャール軍が負けた時は、カトゥマルの夫人の縁にて夫妻をベイ家にてかくま ってもらいたい」

 という、アジャール軍の同盟相手であるザラン・ベイに向けた手紙をケルシュに持たせた。

 これもザランの妻としてカトゥマルの妹を嫁がせた縁を活かそうとしたのである。

 そしてバラザフ自身も、アジャール軍がフサイン、レイス連合軍に敗北したとしても、アルカルジ一帯の自身の勢力基盤を守りきり、カトゥマルを自領にて最後まで支援しようと心に決めている。

 すでにバラザフの中には、

 ――アジャール軍敗北。

 の後の防護策が様々に描かれていた。

「あのタウディヒヤの城邑アルムドゥヌ は、そう簡単には落とせないようには作ってはいるが……」

 自分が守将としてタウディヒヤに篭城して守ってもよいとも思っている。しかし、テミヤト、アブラスなどのアジャール家親族の者等が寝返ってしまったのは、智将バラザフにとっても不安材料としては決して小さなものではなかった。

「メスト、しばらくアルカルジの仔細を任せる。俺はこれからタウディヒヤに援軍に行かねばならない。そして――」

 バラザフは、アルカルジの執事サーキン メストに、タウディヒヤに住まわせている家族を、アルカルジに戻す場合や、カトゥマルを此処に落とす場合を考慮して、受け入れの準備をしておくように命じた。

 バグダードから五十万というフサイン・レイス連合軍が出た。カルバラー、ナジャフを経由して、恐ろしい速さでリヤドまで侵攻してきた。

 途中で剣戟の音は鳴らなかった。どの城邑アルムドゥヌ も集落もフサイン・レイス連合軍が押し寄せるやいなや降参の意を表した。この大軍相手では無理からぬ事であった。

 カトゥマルの方では本格的にハイレディンに対する前に、しなければならない戦いが幾つもあった。

 かねてよりフサイン側に寝返りを約していたナワズ・アブラスが、ここで反乱の兵を起こしたため、この鎮圧に十万の兵を編成して対応した。

 カトゥマルは、リヤド近くの小領に陣を布くも、フサイン軍の先鋒の攻撃は激しく、防ぎきれずに後退を余儀なくされた。

 初めからアジャール軍を取り巻く空気は重い。これを受けて軍議となった。

 軍議の席にサイード・テミヤトは居ない。ファヌアルクトも自領に戻っていて軍議には出てこなかった。カトゥマルを囲むように諸将が座り、軍議を取り仕切る位置にはナジャルサミキ・アシュールがいた。バラザフは、カトゥマルに面する場所に腰を下ろしている。

「タウディヒヤを死んでも守りきるか、撤退するか。皆の存念を聞きたい」

 カトゥマルが皆に尋ねると、一番先にカトゥマルの長男のシシワト・アジャールが血気を上げて叫んだ。

「タウディヒヤを死守すべし! それで死んでも構わん!」

 が、場に同調の声は上がらない。

 次にナジャルサミキ・アシュールが案を出した。

「カトゥマル様ご家族共々、我が所領へ参られたらよろしいではないか」

 これには賛成意見が出た。アシュールの所領であれば、タウディヒヤから近く、撤退した後も守りきれるだろうというのが賛成の理由であった。

 バラザフは自分が主幹として建設に携ったタウディヒヤを死んでも守りきると言い切ってくれた事に衷心ちゅうしん を揺さぶられていた。撤退となれば、せっかく自分が造ったタウディヒヤは一度も使われる事なく、敵に落ちるか破壊されてしまうのである。

 とはいえ戦略的にも篭城が上策とは思われない。シシワト、アシュール以外の口からは、これ以上案は出てこないと見て、バラザフが長い沈黙から、各将に言葉を圧すように口を開いた。

「カトゥマル様主従には我がアルカルジに来ていただくのが良く、またこちらにはその用意がある。当方とベイ軍との間でカトゥマル様への支援を交渉中であり、近くにはファヌアルクト・アジャール殿の拠点もある。アルカルジであれば五年は持ちこたえられる条件は揃っているので、ここで再興の時間を稼ぎ、メフメト軍を再度味方につけるにも光明が見え始めるであろう」

 カトゥマルの中では、バラザフの案とアシュールの案がぶつかっていた。

「バラザフ殿の言われるとおりメフメト軍との関係を修復するのであれば、メフメト軍に近いアシュール領の方がよい」

 という者がいた。

 メフメト家に近くなるという言葉で、カトゥマルは落ち延びる先をアシュール領に決めた。

 メフメト家出身の夫人を何とか無事に生き残らせたいと、夫人を思い遣って、メフメト軍に近いほうに決断したのである。だが、この後皮肉にも、人として持っていてしかるべき心に従ったカトゥマルの決断は、アジャール家存続には仇ととなった。

 軍議はこれで決まった。皆、大急ぎで引き上げの手筈を整えなくてはならない。

「カトゥマル様、どうかご無事で。私はアルカルジに帰還しハイレディンを迎え撃つ支度を致します。万が一、アシュール領が落とされた時は、アルカルジはいつでもカトゥマル様をお待ち申しております」

 皆が撤退の準備に駆け回る中、バラザフは静かにカトゥマルのもとへ寄っていって言葉を手向けた。

 バラザフのこの言葉に感涙したカトゥマルは、手を取って答えた。

「親族の者や、家伝の家臣等がアジャール軍から相次いで離反していく中で、バラザフだけは私の味方でいてくれた。戦乱の世に在る中でこれほど嬉しい存在は無かったのだ。おそらくこれが最後の別れだ、兄弟。折角造ってくれたこのタウディヒヤを一度も使うこと無く棄て行くのはとても残念だが、これも妻のためなのだ。わかってくれ……」

 バラザフもカトゥマルの手をさらに強く握り返した。

「バラザフ、家族もここから引き払うのだ。アジャール家の巻き添えにしてはならない」

 カトゥマルの言葉どおりこれが二人の間の最後の言葉となった。

 昼間でも冷え込む。冬はまだ長い。バラザフは家族と家来を連れてタウディヒヤを出た。この一行に弟のレブザフと、ブライダーの城邑アルムドゥヌ から脱出してきたアデル・アシュールという武将が加わった。ナジャルサミキ・アシュールと系譜の異なる者で、バラザフの長女を嫁にもらいシルバ家の一族となっている。

 アルカルジに戻る途上で一度軍議となった。これからの方針を一同確認しておかなければならない。

「カトゥマル様は当分の間はアシュール領に留まられる。アルカルジへ来られなかったのは残念だが、あそこなら数年は守れる。アルカルジにお迎えするのは、事態が鎮静してからでもよい。アジャール、ベイ、メフメトが連合すれば、どれだけハイレディンの勢力が肥大しようとも、この防衛線を突破する事などかなわぬ」

 かつてアジャリアが地理上に点と点を結んで面としての勢力図を構築したように、アルカルジ、カイロ、バーレーンを主軸とした大連合を想定した。

 その下地としてシルバ家の領土も拡大しておく必要があり、自勢力の拡大はアジャール家の役に立つものだと確信して、この壮図にバラザフは闘志を燃やした。だが――、

 この時すでにカトゥマルはこの世の者ではなかった。

「カトゥマル様が、戦死されました!」

 この悲報の方がバラザフ達より先にアルカルジに着いていた。

「御子息シシワト様、御夫人もともに自害されました」

 信じたくない言葉であった。

「ははは……それは虚報だ。フサイン方の間者ジャースース が嘘を流したに決まっている。そもそも、カトゥマル様はアシュール領で警護されているのに、早期に戦死に至るわけではないではないか」

「そのアシュール殿に弑逆されたのです」

「そんな馬鹿な!」

 バラザフはしばらく物が言えなかった。

 ナジャルサミキは、アジャール家親族の者ですらカトゥマルに背を向ける中、最後まで忠誠を尽くすと誓ったのである。

「乱世の人の向背は不定なのは当たり前だ。だが……。だが、しかし! ここまでの不義理が許されるのか!」

 この時ほどバラザフの中で他人に対する不信が増大した事は無かった。

「カトゥマル様の側近の連中はどうしたのだ」

「ハラドに着いた途端姿をくらます者、カトゥマル様戦死する前に居なくなる者と様々ですが、皆逃げ散った様子」

 アブラス、テミヤトが去った。アシュールも裏切った。さらにカトゥマルの傍で専横の限りを尽くしてきたと言ってもよい側近連中の脱走。

「無念であられた事だろう……」

 バラザフは、頊然ぎょくぜん としてしばらく自我を投げ放ってしまっていた。

「これで俺が思い描いていた、対ハイレディン防衛線も意味を成さなくなった。だが、今後はシルバ家存続のために自己の実力のみを信じて戦乱を生き抜かなくてはならない」

 アジャール滅亡という一大事は、バラザフに自分の知謀と実力だけが頼りなのだという思いを強くさせた。九頭海蛇アダル の巨体が突如として消え去り、頭だけが宙に浮いたが、他の頭が浮遊してゆく中、一番の頭はしぶとく生き残っていった。

 無残な結果を報告を受けただけで納得しきれなかったバラザフは、アサシン等を遣ってカトゥマルの死出の真相を調べさせた。

 カトゥマルの一団は最後に五百名程残った。これは侍女ハーディマ 等、非戦闘員も多く含まれる数なので、実際には戦える人間はもっと少なかったであろう。これをフサイン・レイス軍の二万が囲んだ。

「まことに激しい戦いだったそうです。カトゥマル様の一団は全員が戦死。対する連合軍の戦死者は三千、負傷者は四千。各調べからの照らし合わせで確かな数のようです」

 カトゥマル一団の最後の奮戦がバラザフの目に浮かんだ。それがバラザフのせめてもの救いとなった。

「カトゥマル様は、アジャリアの剣カトゥマル・アジャールとして生き切ったのだ」

 四十倍の敵に三割もの損害を与えたのだ。バラザフでなくとも、このカトゥマルの最後の奮戦を悪く言う者はいなかった。


 ――カーラム暦1004年アジャール家滅亡。カトゥマル・アジャール享年三十七歳。


 幼少の頃よりバラザフは、アジャール家、アジャリア、カトゥマルに寄り添って生きてきた。いわばアジャール家そのものがバラザフの生き方であった。それが今、消えた。

 そうしたバラザフの空虚、陰鬱を無視するかのように後ろから呼ぶ者がいた。アルカルジの執事サーキン メスト・シルバであった。

「アジャール家が滅びた今、バラザフ様はアジャール軍の武官ではなくなりました。アルカルジは勿論、旧アジャール領の領主となられたのです」

「不敬が過ぎるぞ!」

 憤ってメストに詰め寄ろうとしたが、距離を縮めずともバラザフにはメストが両目を濡らしているのがわかった。それほどまでにメストは泣いていた。

「バラザフ様にとってアジャール家がどれほど大切だったかは我々も承知しております。しかし、主家を失ったバラザフ様はご自身が独立君主になられました。そのバラザフ様に我等家臣は冥府まで随行しようと覚悟しているのです」

 陪臣である彼等は、主家であるアジャール家の者よりも、バラザフに期待する所の方が大きく、またバラザフもそれだけの器量を持ち合わせていた。

「シルバ家独立は父や兄達の悲願であった。それを俺が果たしたのだ。お前達はそう考えろと言うのだな」

 メスト達の想いをバラザフは受け取った。

 家臣等の前では感傷から抜け出した風に装ったバラザフではあったが、主家の滅亡によって実現した独立は何とも寒々しいものがある。

 アジャール家が滅亡して、シルバ家は対外的な垣根を失い、直接風雨に晒される事になる。独立するとはそういう事である。

「俺がシルバ家の当主になったときもこうだった」

 この声はすでにシルバ家独立に沸き立っている家臣達には聞こえていなかった。

 冥府まで供をする覚悟があるとメストが言ったように、バラザフも今まで以上の覚悟が必要なのだと自覚した。この者達とアルカルジ、そしてアジャール旧領を護る責任が生まれたのである。

 駱駝ジャマル の背に荷を担わせた、商人の荷隊カールヴァーン が長い列を成して、城邑アルムドゥヌ の門から出て行くのが見えた。

 時代の潮目に置かれた時、いつもバラザフは未来を視る眼が欲しいという自分のアマル を痛切に自覚する。

「人の世の未来とは人の目に見えぬ程、遠く深いものなのだな……」

 そう呟いて、そっと札占術タリーカ の札を卓の奥に押し込んで、引き出しを閉めた。

 バラザフ・シルバ三十六歳。

 季節に暖かい日が少しずつ増え始めた頃である。

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2021年12月5日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第7章_3

  バスラはシャットゥルアラブ川の右岸にある港湾都市である。穀物や棗椰子タマル などの輸出港でもあり、都市内に整備された運河が、バスラの産業製品である棗椰子タマル の品質向上にも役立っている。

「この城邑アルムドゥヌ は北にシャットゥルアラブ川が流れているから向こう側から攻撃するには無理がある。南のバスラ運河沿いに布陣してじっくり攻めるしかないな」

 バラザフは今回の戦いでは、城邑アルムドゥヌ の包囲は有効な手段ではないと考えていた。

「敵味方ともに、このバスラ運河が攻防の鍵となる。敵の弱った部分を見つけて商人のダウ船で渡河できれば、そこから一気に攻略が進むのだが」

 だがカトゥマルはバラザフを参謀としては採用しなかった。

「今回の戦いはテミヤト殿の能力を十二分に活かしたい。諸将もテミヤト殿の指揮下に従属するものとする。シルバ殿は、レイス軍、フサイン軍の動きを注視し、別働隊として臨機に対応してもらいたい」

 という具合にテミヤトを前に推していた。

 主戦闘から外れているバラザフだったが、その間にも彼の脳は戦略的な思考をやめない。

 ――アサシンの能力を活用し、新たな部隊を創設出来ないか。

 この方法論をずっと探っていた。

 アジャリアが世を去り、カトゥマルの代になったと同時に、世界にも新時代が開かれていくのではないか、という予感がしていた。そして、新時代に適応出来るアサシンが要る。

 ――情報を獲得しなければならない。

 そして、

 ――そこに速さが求められる。

 つまり、

 ――アサシンをもっともっと増やさなくてはならない。

 アサシンを活かしきって、敵を掻き乱すには、獲得した情報をアサシン部隊の中でさば けなくてはいけない。とすると――、

「アサシン部隊自体に頭脳が必要だな」

 どこの軍団でも個々の力量によって情報を集めるようなアサシンは必ず居た。それを部隊として連携した戦法を取れるようになれば、戦力は格段に向上するはずなのだ。

 メフメト家のシーフジンの軍団の事が、バラザフの脳裏に浮かんだ。だが、シーフジンはメフメト家に抱えられているとはいえ、棟梁モハメド・シーフジンが動かしている軍団である。バラザフが志向するのは、シルバ家の一部隊としてのアサシン軍団の設立であった。

 バラザフは、リヤド、アルカルジなどを中心にしてアサシンの人材を広範囲に募るようにシルバアサシンの長のフートに命じた。このとき、部隊としてのアサシンを欲しているバラザフが求める人数は千人は超えていた。

 この時期、ハイレディン・フサインは火砲ザッラーカ を大量に導入した新たな軍団編成を目指していた。今まで弓兵で編成していた部分にも火砲ザッラーカ を装備させて、武器の扱い方に慣れさせる練兵の手間を大幅に削減した。火砲ザッラーカ は扱い方さえ覚えさせれば、鍛錬の必要はかなり少なく出来るからである。この頃ハイレディンが導入した火砲ザッラーカ の数は一万以上であった。

 しかし、未だ小城邑アルムドゥヌ を拝領しているだけのバラザフには、ハイレディンのように火砲ザッラーカ を自前で導入するとか、職業軍人を常に抱えておけるような力は無かった。

 小領主の身の丈に合った部隊編成、新戦法の開発をするより道は無い。

 バラザフの部隊創生の主軸には、アサシンを十二分に活かすというものがある。戦術には正奇の二つがある。将兵を使って普通に戦うのが正に据えるとすれば、バラザフの創案にあるアサシンを使った戦いは奇の位置に置かれる事になる。正奇の相まって戦いの勝利に安定性が生まれる。

「つまりだな、フート」

 アサシンの長にバラザフは、アサシン軍団創生を実際事例を前に置いて説明を始めた。

「今、カトゥマル様がバスラの城邑アルムドゥヌ を攻城しているだろう。そして、バグダードからハイレディンがレイス軍に援軍を出してきたとする」

 フートは、いつもはあまり無駄な口を開かない主人の言葉に熱がこもっているの感じて、興味深くこれを聞いていた。

「手薄になった敵の城邑アルムドゥヌ にアサシンを五百人くらい潜入させて、あちこちで放火すると敵はどう出ると思う」

「残った守衛部隊が出てきますな」

「その通り。詰め所から出撃してきた所を、城内に埋伏させておいた者に攻撃させる。この役に二千名ほどをあてておくのだ。伏兵に慌てた守衛部隊は一旦退却するはずだ」

「そうですな。なるほど見えてきました。そこから刺さりこむのですな」

「その通り。詰め所や本部に退却する敵兵に紛れて、こちらの兵を入り込ませて中を攻撃する。援軍を出している間にバグダードの城邑アルムドゥヌ は陥落してしまうという絡繰からくり なのだ」

「なるほど、これは我等アサシンが培ってきた力の撰修せんしゅう といえるでしょうな」

 バラザフの戦術をフートがこう評したように、今語られた戦い方はアサシンのこれまでの戦い方の総纏めである。アサシンの力を認め、これまで以上の活躍の場を与えようとしてくれている主人にフートの好感は素直に上がった。

 反面、複雑さも増すだけに、目的到達には誰も経験した事の無い険しさがある。創生するとはそういうことである。

 具体的には、今までの稼動単位が一人、または数人の集団だったものが、軍団に格上げされることで兵卒の部隊と同等の連携度が求められる事になるはずである。

「軍団になるといってもアサシンは奇で、歩兵、騎兵が正だ。正が主軸になるのは言うまでも無い。フートは面白くないかもしれないが、絡繰からくりの部品のような動きをしなければならないのは今までと変わらない。敵からも味方からも情報を集めてきて、それを捌く。その情報を活用して敵をかき乱し、正の者を巧みに勝たせる。名誉は得られないが重要な役割なのだ。これが今後のシルバ家の戦法となっていくであろう」

 このバラザフの言葉が、バラザフの子供達のこれからの戦い方も決定する事になった。

 特に次男のムザフ・シルバは父バラザフがつけた道を轍のように通って、最初の情報収集、次の段で後方撹乱をして、多勢に無勢という戦いでも勝ちにつなげてゆく型を確立していった。

 ハイレディンの火砲ザッラーカ の運用度を上げた軍団編成は、すぐに各地の勢力で模倣されてゆくが、バラザフのこの正奇両用の新たな軍略は、バラザフにしか運用出来ず、万人による模倣はとても適うものではなかった。アサシンの力を余すところ無く引き出す部隊の新編は、大量の火砲ザッラーカ が火を噴くような派手さはなかったが、シルバ家個有の戦術になった。

 至急、フートはバラザフの求めに応えるべく、リヤド、アルカルジを駆け巡り、新軍団に入隊する面々をバラザフの前に連れてきた。

 それぞれのアサシンがすでに百名ほどの配下を持っている。

「シムカ・アブ・サイフと申します。元はアジャール家に抱えられていたアサシンで、その後、御父上のエルザフ・シルバ様の配下となりました。梶木の名のとおりシーフジンにも劣らぬ速さと自負しております」

「シムク・アルターラス。得意技は、隠密タサルール 。姿を消して城に忍び込みます。元エルザフ様の配下です」

 バラザフの前に並ぶ顔には見慣れた者もあった。フートと一緒に戦ってきたフート、クッドサルディーンアジャリースアスカマリィ の面々である。さらに、

「ロビヤーンと申します。周りから何故か海老ロビヤーン と呼ばれておりました。城内を撹乱する技を持っております。エルザフ様に雇われた事も十五回ほど」

「ハッバール。煙の烏賊ハッバール 。墨ではなく煙で姿を隠します」

「ルブスタル」

「ジャンブリ」

「大海老と小海老であります」

 ルブスタルの方が付け加えた。この二人は配下を連れていなかった。

「我等の特技も移動。そして砂や木に潜む事もできます」

「ロビヤーンとは何か繋がりがあるのか?」

「いえ、フート殿の命名にて、特に関係は。アサシンは名前が隠れればそれでよいかと」

 その後、彼等を何気なく観察していると、実際の兄弟かはさておき、ルブスタルが兄、ジャンブリが弟として親密に行動しいるらしい。

 そして、最後にバラザフの前に出てきたのが、

「おお、ケルシュ殿も我が軍団に参画してくれたのか」

 バラザフもケルシュは顔見知りの仲であった。自然とバラザフの顔にも笑みが浮かぶ。ケルシュはリヤド周辺の集落出身で、アジャール軍でアサシン団を束ねる棟梁の一人だった事もある。

 配下を敵の城に潜入できるように育成し、自分も潜入能力には長けていた。アサシンの中の古豪である。アジャール家中の身分からいえば、バラザフと同等か、それよりもやや上の人物である。

「俺が今動かせる配下は二百名。どいつもそれぞれ異能を持った奴ばかり。フートから話を持ちかけられて、面白そうだから乗らせてもらった。俺が選んだ者達、皆、バラザフ殿を満足させられるはずだ」

 明瞭だが遠くに響かず、余人に漏れない。そんな声である。

 バラザフは最初の稼動人員を千名として、アサシン団を抱える事にした。そして、アサシン団の長を二人置いた。一人はケルシュ、もう一人は今までと同様、フートを任命した。


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2019年9月15日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第3章_12

 風はバラザフが読んだように吹き始めた。
「戦いの主軸をリヤドとする。アルカルジ周辺からメフメト勢を締め出すのだ」
 この命令もアジャリアの攪乱作戦の内に入っている。アジャリアの一連の動きを鑑みて、メフメト軍は、
 ――アジャリアの本当の狙いはクウェートである。
 と判じた。よってクウェートの南のジュバイル辺りに守備に力を注いだ。アジャリアはさらにその裏をかいてアルカルジ周辺に全戦力を投入と言うのである。
 シルバ家にはアルカルジ、ハウタットバニタミム等の防衛を維持した上でアジャリア本隊に合流する部隊を賄うよう指示された。全軍がリヤドを経由してアルカルジの戦いに当たる。余力を残さぬ戦いになりそうである。
 出征の儀が閉められた。
 伝令が各方面へ一斉に走り出す。先発の軍はカトゥマル・アジャール。カトゥマルは新たにアジャール家の系譜の主としてハラドに遷っていた。
「バラザフはカトゥマルの先発隊と連動するように。アルカルジへ入ったら太守であるお前の父や兄にベイ軍とメフメト軍の連携を阻害するように指示し、それを伝えたらお前はバーレーン要塞攻略に参戦せよ。本軍は日を分けて出陣させてゆく」
 アジャリアは今回の戦いで全ての隠密タサルール を活用し切ってやろうと思っている。

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2019年7月5日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第3章_5

 速やかにバラザフの下から、アルカルジの兄達へ遣いが送られた。本家のシルバ家はずっと臨戦態勢にある。
「バラザフを通して、アジャリア様の替え玉を捜せとの指示が出ました」
 手紙を受け取ったエルザフは、アキザフ等に主旨を伝えた。
「戦いに明け暮れる日々が続くでしょう。アジャリア様はついにエルサレムに上る事を決断したようです」
「なぜ、その決断が分るのです」
「それは――」
 普通大将格が幻影タサルール を必要とするのは、身代わりとして本人の命が取られるのを回避するためである。だが、アジャリアはそれを複数人用意せよという。これはアジャリアが軍の多方面展開を意図している事に他ならず、シルバ家がアルカルジで威勢を保ち続けている間に、クウェート、バスラに出征して、レイス軍、メフメト軍とやり合うつもりでいる。これらの戦いにアジャリア・・・・ が前線に出る事が出来れば、味方の将兵の戦意を高揚させ、敵の威勢を抑制出来ると、バラザフは説明した。
「アジャリア様は、通常、守りのための幻影タサルール を攻めの作戦に用いようとしている……。まったく底の知れぬ方です」
「神出鬼没のアジャリア・アジャールが九頭海蛇アダル の頭のように各方面の戦場に出現するわけですね」
 さすがにシルバ家の当主となっただけあって、アキザフはエルザフの説き明かしを飲み込むのも早かった。
「父上、幻影タサルール を攻めに使うというのは我等シルバ軍にも応用出来るのではありませんか」
「それは困難でしょう。頭は増やせても我がシルバ家だけでは胴を俄かに肥えさせる事はできません」
「今はそうでしょうが、手札の一枚として憶えておいて損はありません」
 まだ衰えを知らぬ者の展望の明るさがそこにあった。
「それよりもバラザフ。今はアジャリア様の事です」
 すでに老獪となった謀将アルハイラト は目の前の現実を見通して言う。
「アジャリア様の野心は余りに大きい。ひょっとすると……」
「ひょっとすると?」
「アジャリア様はあのバーレーン要塞を攻略するつもりかもしれません」
「あの難攻不落のバーレーン要塞を!?」
「ええ」
「あの要塞はサラディン・ベイがネフド砂漠の首長等を引き連れて、百万の大軍を以ってしても傷一つ付けられなかったのに……」
 バーレーン要塞はマナーマの西のバーレーン島北部に位置し、ペルシア湾に面している。白い要塞はずしりと体躯を誇り、下でも白く輝く砂が太陽によって輝きその重量をしっかりと支えている。
 ここにはディルムンの古代の港と首都があったと伝わっている。その名に「遺丘」という意味を持ち、建物が建てられる事で砂丘が盛り上がり、時代を経てそれが砂に埋もれてゆく。今のバーレーン要塞の下には古い時代と文化が層を成して眠っているのである。
 燃える水――つまり油はまだ無く、真珠と漁業を産業の主軸としている。
 東西を結ぶ海上貿易の要所として重要性を持つが、その地位は周辺都市の発展度合いによって上下するものである。ここを押さえる事が出来れば、西側の勢力は後は海峡を抜けるだけで東のアルヒンドに進出が可能となり、東側からすれば西へ抜け切って、政治と経済の中心に自勢力の旗を立てられるのである。
 その戦略的に重要な地理条件というものが、年を経るにつれて、バーレーン要塞を自ずと堅牢にさせていった。
「もちろん、アジャリア様も十分それを理解してバーレーン要塞攻略に臨むのでしょう」
 アジャリアの意図を読むエルザフの言葉は確信めいている。
「父上、どうしてそこまで自信がお有りなのです」
アマル ですよ。私もかつては今のアジャリア様のような大きなアマル を抱いていました。シルバ家の領土回復を願っていた時代でさえ、その先があった」
「そのアマル に照らして見たというわけですね」
「そうです。おそらくアジャリア様のバーレーン要塞攻略は撹乱のためでしょう」
 最早、エルザフの中ではアジャリアのバーレーン要塞攻略は確定していた。
「陥落させる事には本気ではない、と」
「我々のクウェート侵攻は去年の時点でほぼ成功していました。メフメト軍に横腹を衝かれない様に、この辺りで押さえ込む必要があります」
「ついにカウシーン・メフメト殿と決着をつけるのですね」
「その前段階としてバーレーン要塞を封鎖してからになるでしょう。その作戦をベイ軍に阻害されないよう、我等シルバ軍はアルカルジを守らなくてはなりません」
「バラザフからのアジャリア様の幻影タサルール 探索の件、急がねばなりませんね」
 アジャリア・アジャールという人は用間の最たる巧者である。
 彼は、争覇の気運が高まると共に、職掌の多様性において発展を遂げていったアサシン達、言い換えると暗殺者カーティル間者ジャースース の糸を引くように使った。敵国での情報収集、国内の民情把握、要人の警護、密書の遣いという具合に分化していった彼らの職掌を細やかに使いこなし、彼らの頭目を信の置けるアブドゥルマレク・ハリティの管轄とした。
 彼らは商人、学者、僧侶、時には他勢力の役人に化けて各地に配置された。その数二千。恐るべき情報量がアジャリアの下に寄せられるのである。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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2019年5月25日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第3章_1

 新しい年になってもアジャリアの戦略は全く停滞しない。それに付随するような形でバラザフも動き続けなくてはならない。
 相変わらず、アジャール軍は広大な包囲網の中にあった。しかしアジャリアにはアジャール軍単独でこれらに対する自信がある。余りに広すぎて包囲の意味を成さぬというのが一つ。そして、
「ベイ軍とメフメト軍の不和も我等と同じくらい根深い。いずれあちこちで綻びが生じるはずだ」
 というもっともな理由があるからである。
 ベイ軍とメフメト軍が共闘してアジャール軍と戦うとすれば、アルカルジ一点である。メフメト軍は北からベイ軍は半島を海岸沿いに南下してアルカルジの南に回れば挟撃が成立する。
 そのままいけばそこが三つ巴の場になるはずである。だが、そこからアジャール軍が一歩退いてしまうと、後はベイ軍とメフメト軍の単純な衝突の構図になる。
 ベイ家は当主がサラディンになってから侵攻路線を採っていないが、精強なベイ軍を駆って以前は南に進出していた。それはメフメト家も同じで両家は過去にしばしばアルカルジで衝突している。小領主が寄り集まって出来たこの地域は、ひとつの集落を落とすとその分、僅かではあるが自分よりの領土を確実に増やす事が出来る。大きな勢力からすれば攻め取りやすい領域であった。
 アジャール軍がアルカルジ周辺を獲得出来た経緯は、ベイ軍、メフメト軍がぶつかり合い疲弊した隙に、すかさず入り込み支配を確実にしたのである。アジャール家にシルバ家が傘下として入ってからは、諜報に強い彼らにアルカルジを任せたのが功を奏して、アルカルジにおけるアジャール家の支配は安定している。
「なに、ベイ軍とメフメト軍はおそらく噛み合わんであろう」
 アジャリアにはベイ家とメフメト家を繋ぐ同盟の糸のような物が見えているようだった。そして自信のある様子からすると、アジャリアがその糸に触れて吊る事が出来るようでもある。
 家来達にこの裏は全く読めなかった。ただ、
 ――また、アジャリア様が深謀で何かを掴んでおられるのだ。
 と、アジャリアの自信に乗った安堵感のみはしっかりとあった。

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2019年2月20日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_26

 足早にエルザフはリヤド圏内のシルバ家の本領に帰って行った。
 長男のアキザフに諸々の引継ぎを行った後もエルザフは、シルバ家のため、アジャール家のため戦場で働いた。
 アルカルジを押さえているとはいえ、その周辺にはベイ軍寄りの拠点となる小さな士族アスケリ城邑アルムドゥヌ が点在していて、アジャール家は火種を抱えたままである。
 アキザフ、メルキザフを主将としシルバ家はアルカルジ近辺の平定に注力していた。エルザフの力が必要になる場面はまだいくらでも残っているのである。
「バラザフ、家は兄が継ぎましたがお前は己の力を得るのです。欲するという事はつまりアマル なのです。未来を視過ぎて占いの結果に振り回されないように」
 もはや子供でもあるまいのに、また同じ事をとバラザフは思ったが、これがバラザフへのエルザフからの遺言となった。
 バラザフに二男ムザフ・シルバが生まれた。少し前、カーラム暦989年の事である。その物腰も含めムザフは、まるで祖父エルザフが転生してきたかのように、酷似してゆく事になる。

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2019年2月15日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_21

 アンナムルの副官アルムアウィンでアジャール軍の重臣でもあるヤルバガ・シャアバーンはアンナムルの方に味方した。他、アジャール軍の有力者達がアンナムルの側に回って、無視出来ぬ派閥を形成し始めている。
「おそらく大事には至らぬとは思いますが……。アジャリア様もアンナムル様も仲間割れでアジャール軍を潰してしまうような狭量ではない故……」
 ハラドに設けられたシルバ邸でエルザフは声を落として言い含めた。
「ですがバラザフ。今後、この件に一切関わってなりません。アジャール家で見聞きした事を他で漏らしてもいけません。この父や兄にも、勿論近侍ハーディル の仲間内でもです。よいですね」
 二人の確執の先に難は無いだろうと言ったものの、エルザフの頭の中には、この二枚扉が破れた先を見てしまったならば、その奥からの邪視アイヤナアルハサド と目が合い、滅びの呪いに呑まれるという自分達の像が映ってしまっていた。
 今はアジャール家の重臣にまでなり上がったとはいえ、シルバ家は元は小領主の出である。一時は砂を住処とする程の追い詰められた少し前の自分が、エルザフにこれ以上踏み込んではならぬという死線を緋く示唆した。
 アジャリアは一応アンナムルを憚ったのか、方針を決める評議にサバーハ家併合の事を挙げず、リヤド、アルカルジ周辺を固めるため、敵の駒を地道に除いていく事に、しばらくは注力している風だった。

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2019年2月11日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_17

 それから一年経ったカーラム暦985年。エルザフの口からバラザフの縁談の話が出た。バラザフが初めて戦場に立ってからは三年が過ぎていた。
「アジャリア様から言われ気付いたのですが、近侍ハーディルのお前の仲間の中では嫁を娶っていないのはお前だけのようです。戦いに明け暮れるあまり、お前の縁談を世話できず父として申し訳ない事でした」
「私はまだ嫁など……」
「お前がそう言うだろうと、アジャリア様に先に手を打たれてしまいました」
「どういうことです?」
「アジャリア様の御夫人の侍女ハーディマに気が細やかな良き者がいるそうです」
「はぁ……」
「その者をアジャリア様がわざわざ養女にしてくれるそうです」
「それが?」
「その娘をアジャリア様がお前の嫁にという事で、つまりは断れぬ、という事です」
「はあ!?」
 突然の縁談に戸惑うバラザフに、エルザフは淡々と話を進めた。

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2019年2月6日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_12

 いまだベイ軍との戦いの延長上にあるシルバ家にアジャリアから、
 ――バラザフ・シルバをアルカルジ方面の戦局に加える。
 と、エルザフに命が下った。
「実は私の方からアジャリア様にお前を参戦させるように願い出たのです」
近侍ハーディルの役を解くと?」
「大人の仲間入りをして近侍ハーディルもないでしょう。あれは言わば見習い仕官です」
「はあ……」
 近侍ハーディルの役目に誇りを持って務めていただけに、父の言葉によってその役を軽く見られたようにバラザフは思えた。
「人は力を付ければさらに上の役が与えられてゆくもの。初めての戦いであれだけの激戦を経験したお前の力が認められたということなのです」
「そういう事であれば是非に」
「さらに弟のレブザフをお前につける事にします」
「レブザフを私の補佐に?」
「補佐というより見習いです。今熱気を帯びている局面に置いて、見て経験させるのがいい」
「レブザフはよく学び取る事でしょう」
 弟レブザフを自分の見習いにすると言われて、すでにバラザフは弟を育てている気になっている。
 だが、これに父エルザフは、
「ベイ軍との戦い以降、戦場から離れているお前の回復訓練にもこれは良い機会です」
 と釘を刺すような言い方をするのだった。

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