2018年11月28日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_1

 早朝の砂漠を霧が立ち込めた。遥か西から旅してきた風が夜の砂漠に冷やされて霧を生んだのだ。いつもなら東の空から昇った朝陽に照らされると同時に、霧は塵芥を拭い去りながら、ゆっくりと流れてゆく。だが、この日の朝の霧は、この地に長く命を持っていた。
 ここはハイルの北、ネフド砂漠。アジャール家の拠点リヤドからは北西に位置し、歩いて十日弱という距離である。この砂漠で今、アジャリア・アジャールとサラディン・ベイの軍が対峙している。
 本拠地のハラドの領地経営に飽き足らず、中央への進出に野心を燃やしたアジャリア・アジャールは、これまでリヤドの小領主達を倒し、或いは併呑し、エルサレムに向かうように徐々に北西へと支配域を拡げてきた。
 その侵攻によって締め出された領主達は、西のカイロの領主サラディン・ベイを頼った。義人として知られるサラディンはこれらを見捨てる事をせず、リヤドに攻め込みアジャリアを討伐し、旧領回復を彼らに約束したのである。
 アジャリア・アジャールは、ハイルの街を背にするように街からやや離れた場所に陣を張った。陣を街から離したのには理由がある。
 まず第一に戦火で街が焼かれるの回避すること、そして両軍の脱走兵、負傷兵が街に流れ込み略奪するのを防ぐことである。兵士の略奪の心配が無ければ、軍紀の管理に余計な力を取られなくて済む。また力によって上から兵士の欲心を抑え付ければ、その分士気は低下してしまう。
 欲を言えば、アジャリアとしては、この先のジャウフの街より先に進み出て、これを背後にするようにして、ベイ家の軍と街との接点を遮断したかったのだが、無理な行軍がたたってそこを衝かれては元も子もない。
 アジャール軍はこの地点でベイ家の軍を防ぐべく、稲妻形に横に広がるように前線の三万の兵を展開させた。
「アジャリア様の稲妻バラクは不敗と聞いているぞ」
 そう噂する若い初陣の近侍ハーディルたちは、砂漠の朝の厳しい冷え込みと、霧中の敵に対する不安とで震え上がり歯と歯がぶつかって鳴っている。
 この陣の中心たるアジャリアは自分の周辺を護る近侍ハーディルの中で一人だけ静穏な様子の者が居る事に気がついた。
「皆見るがいい、バラザフ・シルバを。歴戦の武人のように落ち着いているであろう」
 指揮鞭代わりの革盾アダーガの柄を握る手力強く、天然の白き幕の奥を見据えていたアジャリアが他の近時たちを励ました。アダーガとは後に格闘武器として解釈されるようになるが、長柄の先に革の盾を付けて用いられる道具が始めである。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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