2019年2月28日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_34

 バラザフ・シルバの城邑アルムドゥヌ ヒジラートファディーア――。
「アジャリア様のサバーハ家救済を偽善だと言う者も少なからず居る。正直俺もあれは建前だと思う。だがその先にアジャリア様の大宰相サドラザム という夢があるとすれば、俺はそれをお支えしたい」
 と家門まで抱いて連れてきた、まだ話も分からぬ幼い二男のムザフを降ろし、見送りについてきた長男サーミザフ、二人の息子の頭を撫で、父バラザフは馬に跨り戦場へ向かった。遠くはなれ小さくなる父の背を二人の息子はいつまでも見送り、父の姿が見えなくなってもなかなか家へ入ろうとはしなかった。
 見兼ねた母が二人に入るよう促したが、そうした彼女自身、後ろを振り返り、夫の無事を祈り、胸を強く痛めているのであった。母子を包む冬の風は冷たい。

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2019年2月27日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_33

 アジャリアの裏が見えていたのはカウシーンばかりではない。クウェート侵攻を持ち掛けられたファリドも、クウェートはアジャリアがエルサレムに上るための最初の拠点にするつもりなのだと気付いた。
 レイス軍の主な城邑アルムドゥヌ ナーシリーヤ、ほぼ一点である。このレイス家の勢力を潰さずに保つには、フサイン家もしくはアジャール家の力を借りるしかなかった。そして二つを天秤にかけた結果、新興勢力のフサイン軍より、安定した強さを誇るアジャール軍を拠所としてアジャリア・アジャールの方を選んだというわけである。
「どうせアジャリアは我等にクウェートの半分すら分け前をくれる気は無いのだ。我等はアジャール軍という砂避けが手に入れば上々」
 とファリドは大して気乗りもしないクウェート侵攻に一応付き合ってやるつもりでいる。
「まったく。この寒い中に軍など出さなくてもいいのにな」
 馬上でポアチャを齧りながら、大欠伸するファリド。まるでやる気が無かった。

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2019年2月26日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_32

 アジャリアの子アンナムルが言葉にしていた事が世に具現化して来たかのようである。
 カウシーンが見透かした も外れていなかった。ファリド・レイスは思案の末、アジャリアにクウェートという馳走の載った皿を見せられ、それを半分食う話に乗った。これはハイレディン・フサインとの蜜月な関係からかなり距離をあける事も意味している。
 メフメト家は割りと領土に恵まれている。乱世の始まりから勢力を拡大していたメフメト家は、ある意味では成長期は終わり、今の領土を守るだけで十分であるという時期に入っている。
 これに比べてアジャール家はハラドからリヤドへ拡大し、ジャウフ近辺も押さえるまでに成長したとあっても、実際手に入れたのは砂ばかりで、このまま成長を続けて、衰退著しい現大宰相サドラザム のスィン家を押し退けて覇権を握ってやりたいとアジャリアは思っている。

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2019年2月25日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_31

 カーラム暦990年の終わり、新たな年が来る直前になって、アジャリアがクウェートを攻めると再び言い出した。
「前にも言ったがわしのクウェート侵攻には大義がある。サバーハ家を護るという大義がな。もたつくなよ。クウェートがフサインやらレイスやらに食われてしまう」
 と大義を表に掲げて家臣を立たせたものの、その家臣達でさえアジャリアの言葉に領土欲が滲み出ているのを肌で感じていた。が、主命であるので、アジャリアの大義を意図して好意的に受け取ってここはそれぞれ己を奮い立たせるしかない。
 家来達はこれで済むが、外部にはこうした建前は虚言としか受け取れない。
「欲を見透かされるのが分かっていて、猶大義を打ち立てようとするのが憎らしい」
 アジャリアのクウェート侵攻を見て、アジャール家のもう片方の同盟相手であるカウシーン・メフメトは苦い表情を露にした。というのも彼が見えていたのはアジャリアの欲深さのみならず、フサイン家、レイス家の対抗措置と言っておきながら、その裏で同盟し口裏を合せている。
 そしてレイス家とサバーハ家の領地を山分けした後、バシャールを追い出すなり、監禁するなりすれば、ほぼ労なくして益を得る事になる。
 アジャリア家の領土が殖えるのも気に入らなかったが、大義を旗に振って偽善を成そうとする様がカウシーンには許せなかった。メフメト家も元はと言えば、乱世の騙し合いの中でなり上がってきた類なので、人の事は言えないのだが、アジャリアのように人欲に偽善の衣を着せるような事はしたくないと、カウシーンにはカウシーンなりの矜持があった。
「シアサカウシン。アジャリアにはこれまでだと言っておけ」
 カウシーンはアジャール家とは手切れとしながら、
「ベイ家と手を組んでアルカルジ辺りを挟撃してやりたいが、あそこにはシルバの倅が入ったと聞く。全く手抜かりの無い事だな」
 とベイ家と共闘する道を探り始めた。

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2019年2月24日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_30

 夜になると住民の財産である駱駝ジャマル が屠られ、バラザフ等に振舞われた。
 全く飾り気が無い。だが、この素朴で心や優しき自領民達を愛してゆけそうだとバラザフは思った。人の裏表の無い優しさは受けたその時だけでなく永く受けた人の心の糧となるものである。
 太守府があり小さいながらもしっかりとした定住集落を設けているにもかかわらず、ヒジラートの住民等はここに未来永劫住み続けるつもりはないらしい、という事をバラザフは後で聞いた。
 彼等は駱駝ジャマル と共に生きる一族であり、駱駝ジャマル を養える水がある限りここに留まるであろうが、もしこの先涸れる事があれば、また水を求めて移動し、次の集落を創る。
 早くも彼等に対する家族の情にも似たものがバラザフの中に生まれつつあったので、
「彼等は何処からか来て、俺を通ってまた何処かへ流れてゆくのか」
 と、ある種詩人のような感傷で言葉を漏らした。
 そんな兄バラザフに対して、弟のレブザフは、
「彼等が流浪の民ならば、彼等が去った後にまたここに新たな民が流れて来るのでは。我等は彼等がここに留まっている間だけでも、この城邑アルムドゥヌ と民を護ればそれでよろしいのです」
 と、すでに兄の副官アルムアウィン になったかのような口ぶりで柱を支えた。
 シルバ家の当主となった長兄のアキザフの方は、アルカルジの太守に任命され、ベイ軍の調略に備えていた。
 アジャール、ベイの戦いの舞台の中心であったジャウフから遥かに離れたアルカルジであるが、サラディン自身が智勇兼備の勇将であるため、領内のほんの少しの綻びも見落としてはならず、そこにサラディン自身が精鋭を率いて忽然と現れ奇襲してくるかもしれず、全く油断のならぬ盤面がその一帯にある。

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2019年2月23日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_29

 急な発展と衰退を繰り返しているらしく、郊外には廃墟が目立った。
町の外では駱駝ジャマルハルーフ が放牧され、人々はそれらの肉や乳を糧として生きている。その点はアラーの街と同じであろう。住民のほとんどがこの放牧に従事しており、学のある若者は稀で、所有する駱駝ジャマル の数がそのまま貧富の差となる。
 他に職種というものは存在しないらしく、
 ――駱駝ジャマル の背中に置かれている物が仕事さ。
 と彼等は言う。
 彼等の祖先は水を求めて砂漠を彷徨い、ほんの僅かでも水の恵みのあるこの場所で放牧するに至った。
 ヒジラートファディーアと名づけられたこの集落は、「美徳の移行」という意味を持ち、食の寛大さと心の寛大さを願ってのものらしい。
 ハラドからは北東に位置し、一日あれば往復が可能な距離である。嫁を娶り一家長としてハラドにも屋敷を与えられているバラザフは、管理のためこの二点を往復する事になった。
 ヒジラートに自警団のようなものは常駐しておらず、バラザフ等が着いた時にも住民は少しだけ奇異の目を向けただけで、特に嫌がるという風でもなかった。
 ――そのうち馴染んでゆけばよい。
 そう考えながら家人と共にすっかり砂を被ってしまっている太守邸の掃除に取り掛かると、住民が幾人か言葉も無く砂をかき出すのを手伝いに来た。

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2019年2月22日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_28

 バラザフの想定とは裏腹に元アンナムル隊の面々は目立った抵抗も無く、彼の指揮に従った。アジャリアが事前に古参等を手紙で説き伏せていたのもあったが、彼等にはシルバ家を怨む大義名分は殆ど無く、寧ろ
アンナムルと争ったアジャリアの直轄にならずに済んだ事が救いといえた。父エルザフの言うとおり、口を閉ざし旗色を明らかにしなかった事が、ここに来てさらに幸いした。弟のレブザフなどは、兄バラザフの指揮力の賜物で隊の統制が取れているのだと勝手に信じきっていた。
 では、ワリィ・シャアバーンの駱駝騎兵部隊はどうか。アジャリアはこちらにも手紙を送りワリィの労を軽くしてやろうとしたのはシルバ家と同じであり、ヤルバガの指揮下にあった将兵等にとってはワリィは元隊長の弟である。この点だけを見れば駱駝騎兵が素直にワリィに従っても良さそうなものだが、隊長の弟だけにヤルバガの反乱軍、否、革命軍に従わず、ワリィが兄のヤルバガを見殺しにしたという見方も隊の中にはあり、直接ワリィに刃を向ける者はさすがにいなかったが、隊内での諍いがしばらく続き、ワリィは胸も頭も痛めていた。兄の指揮下であった将兵であるとはいえ、殆どの作戦行動を共にしてきた仲間達なのである。
 バラザフはアジャリアに成ったつもりになった。今までは主にアジャリアの指揮下にあったり、父エルザフの指示の下、シルバ家の一将として動いていればそれでよかった。だが、ここで一軍の将としての地位を与えられ、上に立つ者の責任の重圧をもろに感じているのが今日のバラザフである。アジャリアに成ったというのは大仰であるにしても、年齢に相応しくない出世は、自己の器を歪めないように大いに克己すべき蜜と毒になろう。
 こうしたアジャリアの差配はエルザフの気持ちを酌んでの事である。いかに有能であるとはえ、三男四男ではシルバ家の後継となる事はまずない。かといって、跡継ぎを廃嫡して良い程、アキザフ、メルキザフは決して無能では無く寧ろ他家では望みようもないくらい優秀なのである。問題は息子達の全員が優秀に生まれ育ってしまったために、その能力を存分に発揮させてやる場や、分け与えられる財が無い事で、家格は高くとも良き跡継ぎに恵まれないという他家が多いのを考えれば、エルザフの悩みは極めて特異なのである。
 同時にバラザフはアジャリアから城邑アルムドゥヌ を与えられた。城邑アルムドゥヌ といっても城壁は無く千人ほどの人口で四百戸を成す小さな集落である。

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2019年2月21日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_27

 バラザフは今とても忙しい。
「バラザフにアンナムルの配下であった部隊を任せようと思う。宜しく教練してやってくれ」
 と、アジャリアから指示されたのであった。
 エルザフが言った通り、家を継いだくらいの力をバラザフは手に入れたのである。とはいえこれは生半ではない大任であった。というより骨が折れそうである。
 アジャリアは兵を教練せよと言ったが、それは
 ――アンナムルの配下であった海千山千の者等を手懐けよ。
 という事であり、おそらく二十そこそこのこの若者を侮ってくる古参等を巧く使いこなす器量を、アジャリアにも部下達にも示さなくてはならない。
 同じような命令は弟のレブザフや、先にアンナムル反乱軍に類を連ねて粛清されたヤルバガ・シャアバーンの弟ワリィ・シャアバーンにも下された。
 弟のレブザフはバラザフが任された部隊の下部組織を、ワリィ・シャアバーンは兄と二人で率いていた駱駝騎兵部隊を一人で請け負う事となった。

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2019年2月20日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_26

 足早にエルザフはリヤド圏内のシルバ家の本領に帰って行った。
 長男のアキザフに諸々の引継ぎを行った後もエルザフは、シルバ家のため、アジャール家のため戦場で働いた。
 アルカルジを押さえているとはいえ、その周辺にはベイ軍寄りの拠点となる小さな士族アスケリ城邑アルムドゥヌ が点在していて、アジャール家は火種を抱えたままである。
 アキザフ、メルキザフを主将としシルバ家はアルカルジ近辺の平定に注力していた。エルザフの力が必要になる場面はまだいくらでも残っているのである。
「バラザフ、家は兄が継ぎましたがお前は己の力を得るのです。欲するという事はつまりアマル なのです。未来を視過ぎて占いの結果に振り回されないように」
 もはや子供でもあるまいのに、また同じ事をとバラザフは思ったが、これがバラザフへのエルザフからの遺言となった。
 バラザフに二男ムザフ・シルバが生まれた。少し前、カーラム暦989年の事である。その物腰も含めムザフは、まるで祖父エルザフが転生してきたかのように、酷似してゆく事になる。

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2019年2月19日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_25

 カーラム暦990年、身内に火種を揉み消してすぐにアジャリアは、クウェート攻略作戦の開始を命じた。これとほぼ同時期にシルバ家ではバラザフに長男が誕生した。遠くバグダードでは後に大宰相サドラザム となるファイザル・アブダーラが同年、この世に生を受けている。もっとも彼はこの時点ではまだ貧しい平民レアラー で歴史の主道に乗ってはいない。
 シルバ家の長男の方は、サーミザフと名づけられた。今後、カトゥマル・アジャールの長男シシワトと共に成人を迎える。そして、サーミザフはファリド・レイスの家来に加わるという数奇な運命を辿る事になる。数奇といえば、この乱世に生きる全ての人間が数奇な運命に翻弄さてゆくのだが……。
 新しい世代が生まれると同時に旧い世代は年老いてゆくのが世の道理である。孫が生まれたのを機にエルザフは、
「私も五十を越えました。そろそろ当主の座を明け渡そうと思います」
 とアキザフを当主にして隠居を家中に宣言すると同時に、主家のアジャリアにもこの旨を願い入れた。
 アジャリアも、
「わしの目から見てまだまだシルバ家にはエルザフを越える謀将アルハイラト は出ていない思うが、無理を強いるわけにもいくまい。大事が起きた時はまだまだアジャール家を援けてくれよ」
 と思いを置きながらもエルザフの引退を認めた。アジャリアの思考もすでにシルバ家の知謀を抜きには考えられぬ所まできていた。
 バラザフの才を好いて近侍ハーディル に取り立て、賞賛も絶やさないアジャリアだったが、実の所はまだ彼を実成した将とは見ていないのである。

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2019年2月18日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_24

 末子は成功するという処世の型のようなものがある。過酷な環境に置かれるか、あるいは日進月歩、歩みを止めない親にとっては時に晒される事自体が進化と言って良く、齢を重ねる程実力を身につけてゆくのは道理である。よってこの型の親が子に遺せる才能の恩恵は、若年に出来た子よりは、末子に至る程大きくなると言えるのである。
 バラザフの場合は正確には末子ではないが、この型に照らすならば兄達より成功する可能性は大いにあるのである。だがこの若者には手柄は有っても未だ世に顕現する成功は無く、自覚も無く、父エルザフのみが先に来るであろう光を見通していた。
 アンナムルはとある寺院の香壇にて、一人乳香アリバナ に包まれた生活を送っていた。
 彼は父を諌めた事が、自身の善心の発揚であると疑わない。父の無道を正すこの事自体、父アジャリアの影響を受けての行動だと言えなくも無かった。とはいえアンナムルは父アジャリアの髄が本当に無道であるとは思っていない。
 副官アルムアウィン のヤルバガ・シャアバーン等、自分に賛同してくれる多くの家来達を死なせてしまったが、時が経てば賢君である父の事である。自分の主張を十分に斟酌してくれるはずであった。
 アンナムルの篭る香壇に足音が近づいてきている。
「ようやく父上もご理解下されたか」
 迎えの者が来た喜びで身も心も大いに軽くなった。
 扉が開かれ振り向いたとき、アンナムルは迎えの者と差し込む光と、そして抜き放たれた刃を見た。
 アンナムル・アジャールの名はカラビヤートから消えた。

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2019年2月17日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_23

 扉は壊れようとしていた。闇の奥の邪視アイヤナアルハサド を見た父エルザフの指示通り、バラザフは一切の知覚を閉じた。
 ――とにかく関わってはならない。思考さえもほぼ停止させた。元来知恵の回るバラザフにとって、これは逆に気熱を大いに消耗する苦行である。
 最も注意せねばならぬのが噂好きのナウワーフとの会話だが、彼との間にもしばらく私語をせぬよう固く取り決めていた。ナウワーフも察しの悪い男ではないので、その理由を敢えて尋ねるような事はしなかった。
 また が飛んできた。
 ヤルバガ・シャアバーンに続いて、アンナムル寄りの連累がどうやら二百名近く粛清されたらしい。
 アジャリアは父ナムルサシャジャリを追い出した時のような手際で、アンナムルを寺院に閉じ込め、飛び交うを素早く始末した。
 父子相克の火種が未だ燻る中、アジャリアはカトゥマル妻にハイレディン・フサインの娘を迎えた。
「この婚儀について妙な憶測をする者がいます」
 ある日、固く口を閉ざしていたエルザフがバラザフに語りだした。
 アンナムルとその連累が蜂起したのは、この婚儀が気に食わなかったためだと言う者が居るのだという。だがアンナムルは賢君アジャリアの子らしく、そのような狭量ではなく、寧ろ弟であるカトゥマルの結婚を心より喜んでやれる程の器量なのだと、あまり他人の事情に首を突っ込まないエルザフにしては珍しく、アンナムルを俎板に載せて、細かく切って見せた。
「意見が対立したとはいえ、跡継ぎに有能な者が生まれるというのは父としては嬉しいものです。アジャリア様も時期を見計らってアンナムル様を呼び戻されるでしょう」
 口に蓋をするような緊迫感からこれでようやく解放されるのかと安堵したものの、跡継ぎと聞いて、バラザフは少しばかり苦い色を浮かべた。兄たちと較べて自分の方が跡継ぎに相応しいとまでは言わないが、仮に自分は跡継ぎには役不足で凡庸なのかと問われれば、言下に否定出来る程の自信家は、しっかりとバラザフの中に棲んでいた。

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2019年2月16日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_22

 二人の摩擦の熱は引いた。だがそれも長くは続かず騒乱は起こった。
 ――アンナムル反乱軍蜂起!
 アジャール家は震撼した。カーラム暦987年の事である。
 アジャリア様をお護りするのだと言ってアジャリア寄りの将等が各城邑アルムドゥヌ に声掛けし、ハラドは血気に沸く士族アスケリ で溢れかえった。
 ――ヤルバガ・シャアバーンを誅伐せり!
 騒動の中心に居るアジャリアは、騒ぎを大きくするのを好まず家来達に不確かな情報を流すのを禁じたが、こうした報せは矢のように飛んできて、また誰かが矢を自分の弓に番えて飛ばしてゆく。人の意思ではどうにもならぬ、治から乱への流れがあった。 

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2019年2月15日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_21

 アンナムルの副官アルムアウィンでアジャール軍の重臣でもあるヤルバガ・シャアバーンはアンナムルの方に味方した。他、アジャール軍の有力者達がアンナムルの側に回って、無視出来ぬ派閥を形成し始めている。
「おそらく大事には至らぬとは思いますが……。アジャリア様もアンナムル様も仲間割れでアジャール軍を潰してしまうような狭量ではない故……」
 ハラドに設けられたシルバ邸でエルザフは声を落として言い含めた。
「ですがバラザフ。今後、この件に一切関わってなりません。アジャール家で見聞きした事を他で漏らしてもいけません。この父や兄にも、勿論近侍ハーディル の仲間内でもです。よいですね」
 二人の確執の先に難は無いだろうと言ったものの、エルザフの頭の中には、この二枚扉が破れた先を見てしまったならば、その奥からの邪視アイヤナアルハサド と目が合い、滅びの呪いに呑まれるという自分達の像が映ってしまっていた。
 今はアジャール家の重臣にまでなり上がったとはいえ、シルバ家は元は小領主の出である。一時は砂を住処とする程の追い詰められた少し前の自分が、エルザフにこれ以上踏み込んではならぬという死線を緋く示唆した。
 アジャリアは一応アンナムルを憚ったのか、方針を決める評議にサバーハ家併合の事を挙げず、リヤド、アルカルジ周辺を固めるため、敵の駒を地道に除いていく事に、しばらくは注力している風だった。

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2019年2月14日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_20

 これら道義と戦略とを鑑みて、アンナムルは舵を切るアジャリアの腕を掴もうとしていた。
「バシャールを殺すつもりなどない。寧ろわしが救ってやるのだ」
 つまり威勢の衰えたサバーハ家を潰さずに、剣を交える事無く配下に収めてしまおうというのである。今や周辺から虎視眈々と領土を狙われているサバーハ家が他家から潰されないように、存続の配慮をしてやるのは救済と言えなくもないが、きわめて微妙な所であろう。
「それでは家来達がネフドに流してきた万斛ばんこくの血を、父上が無駄にしたと取る者も出て参りましょう」
「ジャウフを放棄するとは言っておらぬぞ」
「度重なるベイ軍との衝突によってアジャール軍は衰弱しているのです。両方の戦線を維持する事など不可能。死を恐れぬサラディンは何度でも来ます。私には益無き未来しか見えません」
アンナムルがたかが水牛ジャムスの群れを恐れるとは情けない。今傍観しておればクウェート、バスラ一体をフサインやレイスの者共に食い散らかされてしまうのが分からんのか!」
 このアジャリア、アンナムル父子の撞着によって、アジャール軍の武人達も揺れ動かされていた。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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2019年2月13日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_19

 アジャリアの壮図は無限に拡がってゆく。食欲が出て仕方が無かった。
 ――ああは言ってはいるが、父も勿論自分も船になど乗ったことすら無いではないか。
 アジャリアのこの舵取りにアンナムルは不服である。というより許しがたかった。
 バシャールの妹を妻としてアンナムルは娶っている。勢いが弱まったとはいえ、サバーハ家との婚姻同盟を反故にしてよい事では全くない。自分の事は心配しなくていいと言いつつも、表情に濃い翳りが見える妻とその傍で不安がる長女がアンナムルは不憫でならない。
 アンナムルが物心ついた頃にはアジャリア家の勢力はほぼ調っていて、つまりは一地方の雄として圧しも圧されもせぬ安定を手にしていたのである。ナムルサシャジャリからアジャリアにかけて持っていた生き抜くためのしたたかさは次第に薄れ、アンナムルの世代では道義的な価値観が強くなっているといえる。
 アンナムルの不安は戦略面にもある。これまでアジャリアはネフド砂漠を攻略してジャウフ辺りからエルサレムに進む戦略方針を立てていた。そのためのネフド砂漠への侵攻であり、これが各士族アスケリとの確執を生み、こちらが勝ったのだと喧伝しているにせよ、結果はベイ軍に挫かれたのである。
「一度挫かれたのであれば、武備を整え機を見極めるべきだ」
 とアンナムルは主張する。
 肉食であるアンナムルも一度狩に失敗すれば、次は居並ぶ水牛ジャムスの角に衝かれて命を落とす事も有り得る。サバーハ軍や、レイス軍、フサイン軍と較べて、戦力の上ではこちらが圧倒的に強くとも、この場合戦機に勢いが無い。
 このような客観的な彼我の実力差を推知する頭と目とを具備していたがために、アジャリアは今まで戦いで下手を打たずに済んできたのではなかったか。
 アンナムルの目に映るアジャリアは、ずらりと並べなれた馳走に目が眩んでいるようだ。そして食事の皿を空けては次々と積んでゆく――。

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2019年2月12日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_18

 自分の意思をほぼ無視された形でバラザフは夫人を娶る事になったが、夫婦仲は決して悪いものでないらしく、翌年には早くも長女が誕生し、それを始めとして続けて長男サーミザフ、そして次男ムザフが産まれた。
 こうしたシルバ家の円満な家庭作りに反して、これに大いに寄与したといえるアジャール家の方は、戦略目標の舵をきった事でアジャリアと子のアンナムルとの間の諍いでアジャール軍が割れ始めている。アンナムルはカトゥマルの兄である。
 砂漠とは旅を阻む脅威である。
 海や川を渡るための乗り物は何かと問えば、人は迷わず「舟」と答えるだろう。では、砂漠であったならばどうか。
 おそらく「駱駝」という答えが最も多いだろうが、海に対する舟ほど答えに明確さが無いだろう。確かに砂漠を渡るのに駱駝は有用である。しかし、水に浮かべた舟ほどは、はっきりと機能出来ないといえよう。
 砂漠の大船の舵はクウェートへ向けてきられた。その事がアンナムルには受け入れられない。
 ハラドのアジャリア・アジャール、オマーンのカウシーン・メフメト、クウェートのファハド・サバーハは、緊張感を持ちつつも同盟によって三角均衡を保っていた。が、その一角であるファハド・サバーハがバグダードに侵攻した際、逆にハイレディン・フサインに奇襲され戦死した事により、この均衡を大きく崩れ始めようとしている。
 当初、アジャリアとカウシーンは同盟相手のサバーハ家を援ける事を決め、ファハドの子バシャールに合力してハイレディン・フサインを討伐するつもりであった。この時代のフサイン家は、これらの軍が攻め寄せれば簡単に踏み潰されてしまう程の弱小勢力でしかなかったが、肝心のバシャールが討伐に踏み切れぬうちに、ハイレディンの勢力成長をゆるす事となった。
 さらにはサバーハ家の傘下にあったナーシリーヤの太守ファリド・レイスが独立してしまったため、サバーハ家はついに周辺を敵に囲まれる結果を招いた。サバーハ家は北、南、西から遠巻きに鋭く光る矛先が向けられている。東方面の諸侯の向背は定かではないが、援助はまず期待できないといってよい。
 実際、元来領土欲の強いアジャリアは、
 ――今ならばクウェートを取れる!
 と息巻き、俄然元気になって食も進む有様である。
 今のサバーハ家相手ならば、いちいちベイ家から道を阻まれて、ネフド砂漠の各城邑アルムドゥヌを落としていくという遅々とした征服計画より余程利のある戦いが出来る。
 ジャウフとアラーの街は押さえてある。ベイ軍を退けながらここから無理に西へ進まずとも、クウェートを押さえ、北西へナーシリーヤ、バグダードを落としてゆけば、そのままエルサレムへ上ってアジャール家の覇をカラビヤート全土に知らしめる事が出来る。当然行く先にフサイン家とレイス家が 勢力が拡大しているとはいえ、まだまだアジャール軍に敵対てきたう力などない。
 ――前方に小船。だが弾き飛ばしてよい。
 バグダードを押さえれば、ジャウフとアラーと直線状に交易路が出来るし、クウェートを手中に収める事で東のアルヒンドへの進出すら可能になる。エルサレムとベイルートを取ってしまえば、東西の海がアジャール家によって繋がる。

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2019年2月11日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_17

 それから一年経ったカーラム暦985年。エルザフの口からバラザフの縁談の話が出た。バラザフが初めて戦場に立ってからは三年が過ぎていた。
「アジャリア様から言われ気付いたのですが、近侍ハーディルのお前の仲間の中では嫁を娶っていないのはお前だけのようです。戦いに明け暮れるあまり、お前の縁談を世話できず父として申し訳ない事でした」
「私はまだ嫁など……」
「お前がそう言うだろうと、アジャリア様に先に手を打たれてしまいました」
「どういうことです?」
「アジャリア様の御夫人の侍女ハーディマに気が細やかな良き者がいるそうです」
「はぁ……」
「その者をアジャリア様がわざわざ養女にしてくれるそうです」
「それが?」
「その娘をアジャリア様がお前の嫁にという事で、つまりは断れぬ、という事です」
「はあ!?」
 突然の縁談に戸惑うバラザフに、エルザフは淡々と話を進めた。

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2019年2月10日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_16

 カーラム暦985年、エルザフの率いる軍が再びハウタットバニタミムを包囲した。
「さて、蒔いた種を刈り取らせてもらおうか」
 今回はハウタットバニタミムに戈が交わる音は響かなかった。城内にはこちらに内通してきた者らが居る。いうまでもなく先の和平交渉の際に渡りをつけておいた長の側近の面々である。彼らには協力の見返りとして、アジャール側へ戻った後も変わらぬ権益が保証されていた。
 エルザフの軍がハウタットに来たとき、門は静かに内側から開けられた。側近たちは長を殺さなかったものの、執務室から締め出し、執政の座から彼を引き摺り下ろしたのだった。
 ハウタットバニタミムのタミム家も、ネフドの数多の士族アスケリがそうであったように、僅か供だけを連れカイロへの砂を、嘆き憾みながら踏みしめてゆく事になろう。
 残りのタミム家の配下達、士族アスケリ達はシルバ家の管理下に置かれる事となった。
「シルバ家こそカラビヤート随一の謀士アルハイラト。味方に引き入れておいて本当に良かった。でなければ今頃落ちていたのはハラドで、アジャール家がネフド砂漠を彷徨っている所よ……」
 そのシルバ家の一族であるバラザフに、アジャリアは本音を漏らした。が、バラザフにはアジャリアのシルバ家の畏怖の裏に、まだまだ余裕が潜んでいるように見えてならなかった。
 ――真に恐ろしいのはアジャリア様自身ではないのか。
 またアジャリアはエルザフの息子達の中でバラザフが一番知謀に優れているとも評した。家来の武勇以外の面が漏らさず目に映るという事はアジャリア自身がそうした頭の使い方をしているといえるし、先代のナムルサシャジャリのような力攻めに偏らない戦線展開が予想出来る。自分の活躍の場はまだまだ増えるとバラザフは期待した。この時バラザフの胸中には片隅にではあるが、確実に、
 ――アジャリア様と俺は毛色が同じだ。
 と本来畏怖すべき主人に対して不遜な思いが生じていた。

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2019年2月9日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_15

 戦いの盤面がシルバ勢優勢となった時点で、エルザフはハウタットバニタミムの士族アスケリを束ねる長と和平へ向かおうとした。
 ハウタットの長との交渉に向かう配下にエルザフは、閉瞼へいけんしそうなくらい目を細めて、
「長の側近たちに渡りをつけておいて下さい」
 と策を敷いておいた。その口には僅かに笑みを浮かべている。
 この時点でエルザフはハウタット側に何も求めず、あっさりと兵を退却させた。和平の交換条件として何かしら要求して、再び相手に門を堅く閉じさせる愚をやるつもりはなかった。だが本来抜け目ない彼は和平交渉の場を後の策に利用したのである。
 複数の勢力の調略の間で揺れる組織というものは、一枚岩でない事が多い。一度はアジャール側についたハウタットバニタミムが背を向けた事がその証拠であり、側近の中にアジャール寄りの者が少なからずいるということである。
 エルザフはこの策に強気であった。自信の理由はバラザフである。我が子がすでに将として一人前に育っていたのだと、この戦いの中で初めて認識出来た。潜在的な数千の戦力を俄かに発掘出来たといってよい。
 もちろんバラザフ自身が千人もの兵士を相手どって軍神のような働きが出来るわけではない。が、効率という意味において兵数千に値する事は戦いの巧みさで証明されたばかりだ。それが身内だという事も戦力評価を大きく出来た理由の一つでもあった。
 一旦、兵を退かせたものの、エルザフのハウタットを取る気には変わりはない。ハウタットに背を向けられたという事は、アジャール勢力地図内に楔を打ち込まれたに等しい。これを放置して良い理由はどこにもないのである。
 種だけは蒔いておいて、エルザフは機が熟すのを待った。

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2019年2月8日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_14

 バラザフが用いたこの手法はズヴィアド・シェワルナゼから教わったものである。規模の小さい砦の落とし方を習っていたのだが、それをこの櫓攻略に適用したのである。
 バラザフにとってこの亡きズヴィアドからの教授はいわば形見タヅカル遺産タラスであり、成木になったばかりの若さが、師が土となった物の咀嚼を良くした。そして覚えたことをとにかく使ってみたい年頃でもある。
 バラザフは成人を果たしたといっても、その面貌はまだまだ子供である。バラザフの手際を横で目の当たりにしていたアルカルジ近郊から参戦している各士族アスケリの胸中には共通して、
 ――子供がこのような戦果を上げるというのは有り得た事なのか。
 との思いがあった。
 しかし、彼らが目にした手際とはあくまで目の前の出来事だけにすぎず、バラザフは櫓を落とす間にも各所の涸れ谷ワジに人を遣って水量を確認させ、報告させるという事を繰り返していた。夜間で雨雲の機嫌を窺う事は出来なかったが、これならば急な増水による兵の損失を回避出来る。
「“見える雲が必ず雨を降らすわけではない”というが、雲が見えなくても水を畏れる必要はあるはずだ」
 三百名の兵士を各櫓の守備に振り分けて、バラザフは次の局面に遷っていった。次の区画、またその次の区画と、同様の手法でまず櫓を落としにかかり、これらにも三百名ずつ守備兵を割きながら城邑アルムドゥヌの奥へ、進みバラザフ達の部隊はハウタットの本営のある場所へ間近に迫った。バラザフの部隊だけで街の北半分を占拠した形となる。しかもバラザフはここまでで敵も味方も一人として死なせていないのである。
 これによりハウタットの首脳部のいる本営は北と南から挟まれた。
 エルザフはバラザフの命令違反を罰しなかった。それと釣り合わせるように褒める事もしなかった。ただ息子の中に居るもう一人の自分を見出した父の顔は誰の目から見ても満足げであった。
「あの一番攻め難い場所から落とすとは、我が子ながら大したもの。さて――」
 この局面からエルザフは急ぐ必要がある。街の北半分を落としたといっても各櫓を守備しているバラザフの部隊はそれほど多くはない。なにしろ北から漏れ出る敵兵を見張るための部隊であったため、積極的な戦線投入を想定していなかった。急な反撃でバラザフ部隊が窮地になる前に戦いを終局に導かなくてはならない。

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2019年2月7日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_13

 エルザフはアルカルジ方面の攻略に三万の兵を与えられた。事前に目配り心配りをしていても、指の間から滴が抜けるように敵の調略に落ちた士族アスケリ達は攻伐の対象とせねばならない。エルザフはまずこの三万の兵から五千を割いてハウタットバニタミムの街を攻める事にした。現在エルザフが拠点としているアルカルジから南西に位置し、徒歩で二日の距離である。リヤドからは南に四日だ。
 ハウタットバニタミムの周りには涸れ谷ワジが点在し、水量は比較的豊富である。つまり急な雨でこれらの水かさが増すと、カンダクの役割を果たし攻略が困難になるということである。よって進軍する際にはこれらのぬかるみそうで、急な増水で兵が呑まれそうな地点を避ける必要があり、攻撃地点が限定されてしまう。
 エルザフが地勢を観た所、南と東からは行軍路が採れそうである。エルザフは東側に兵の配置を済ませ出口を押さえると、別働隊を編成して南へ回り、周囲を囲んでいる兵士に外から弓矢で攻撃させ、敵の意気が下がった所を南から槍部隊で突撃を掛けた。
「さて、そろそろ敵の増援が来そうだが」
 エルザフが予想したとおり、南口が落とされた事は程なくハウタットの各部隊に知らされ、敵の援軍が押し寄せて来たので、槍部隊を指揮するバラザフの次兄メルキザフは、素早く退却した。一言に兵を退かせるといっても槍のような長柄の武器を持った兵の機動力は決して高くなく、腕の振りを使えない事もあって、たかが進退であっても念入りな訓練を要する。また、本来小回りの利く兵種ではないので逃げ遅れるとたちまちに敵の放った矢の雨の餌食になってしまう。この退却一つにメルキザフの統率力の高さが窺える。すでにすぐ傍の櫓には援軍の弓兵のこちらを狙撃しようとして弓に矢をつがえる姿が見え始めている。
 東口を中心にアジャール軍の傘下のアルカルジ近郊の士族アスケリが街を包囲する形で構えていた。長兄アキザフはこれらの兵士を、それらを率いてきた小領主格の者達の代わりに鼓舞して回った。
 兵士の士気を倦まさず保つというのは大抵の武将が苦慮する所である。勇ましく兵達に力を与える、この若き将の姿を将兵は頼もしく見ていたが、アキザフ自身の部隊は彼らの後ろに置かれ最後まで温存される手筈になっていた。誠に巧いやり方である。
 無難に戦いを展開しているように見えて、実のところ攻城はあまり円滑には進んではいない。
 このハウタットを包囲する盤面の中で、バラザフは北側の押さえを担当していた。最初の見分で父エルザフは北側の区画は、周囲の涸れ谷ワジが増水した場合、ここに水が流れ込み、その流れを渡っているに矢の雨が降ってくれば部隊が壊滅すると危惧していたため、バラザフには、
「攻城は無用」
 と勇まぬよう指示していた。
 北側にも街を護るべく小さな櫓がいくつか配置されていたからである。
 が、バラザフは父の指示を守らなかった。勇んで攻めかかったのではない。間者ジャースースを多数稼動させ北側の櫓を全て自分の手中に収めたのである。間者ジャースース達は櫓の守備兵にある事ない事吹き込んで心を乱して隙を作り、夜の闇を味方につけて守備兵が放棄した櫓をまたたく間に占拠した。

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2019年2月6日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_12

 いまだベイ軍との戦いの延長上にあるシルバ家にアジャリアから、
 ――バラザフ・シルバをアルカルジ方面の戦局に加える。
 と、エルザフに命が下った。
「実は私の方からアジャリア様にお前を参戦させるように願い出たのです」
近侍ハーディルの役を解くと?」
「大人の仲間入りをして近侍ハーディルもないでしょう。あれは言わば見習い仕官です」
「はあ……」
 近侍ハーディルの役目に誇りを持って務めていただけに、父の言葉によってその役を軽く見られたようにバラザフは思えた。
「人は力を付ければさらに上の役が与えられてゆくもの。初めての戦いであれだけの激戦を経験したお前の力が認められたということなのです」
「そういう事であれば是非に」
「さらに弟のレブザフをお前につける事にします」
「レブザフを私の補佐に?」
「補佐というより見習いです。今熱気を帯びている局面に置いて、見て経験させるのがいい」
「レブザフはよく学び取る事でしょう」
 弟レブザフを自分の見習いにすると言われて、すでにバラザフは弟を育てている気になっている。
 だが、これに父エルザフは、
「ベイ軍との戦い以降、戦場から離れているお前の回復訓練にもこれは良い機会です」
 と釘を刺すような言い方をするのだった。

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2019年2月5日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_11

 出来上がったアラーの城邑アルムドゥヌは、カーラム暦983年のアジャール、ベイの最後の戦争でも戦略的に大きな役割を果たした。その後、アラーの城邑アルムドゥヌは、アジャール、ベイ、レイスなどの大軍を容れて戦闘出来る、彼らの重要な拠点となった。
 城は此の世に生まれて永遠に戦いの中で生き続けるわけではなく、平時の貌を持つ事は意外と為政者の意識の中から抜け落ちやすい。
 築城を考える上で城壁の堅さは勿論重要であるが、城邑アルムドゥヌを一つの生き物と捉えた場合、自ずとその中で生きる人々の営みにも目が向けられる。産業が発達すれば蓄えられる財貨も殖え小まめな修繕が可能となるし、人口が増えれば修繕のための労働力を賄う事が容易になる。
 築城を開始するにあたり周辺の街の経済規模も考慮した上で、おおよその城邑アルムドゥヌの発展度を想定する必要があるだろう。広すぎると防備が手薄になるし、狭すぎると街の発展は望めない。広すぎても狭すぎてもいけないのである。
 そして余剰の財貨は惜しみなく民に分配し、貨幣を街の中で澱みなく無く回転させれば、城邑アルムドゥヌは一つの経済圏として安定した生命でいられる。
 アジャールとベイのネフドの最後の戦争は、バラザフにとっては初めての戦場である。エルザフ・シルバ、長男アキザフ、次男メルキザフ、そしてバラザフは持ち場は異なるものの、この戦争で共に戦う事となった。
 アラーの城邑アルムドゥヌと同時に遥か南東に離れたアルカルジもシルバ家の管轄下に置かれた。アルカルジは、今ではハラドと並ぶアジャール家の重要拠点となったリヤドに程なく近かったが、ネフド砂漠の戦いに注力している間に、オマーン地方のメフメト家の手が伸びてくるかもしれず、単純に街を取られないように防衛しているだけでは、周囲の小領の士族アスケリ達を砂山を少しずつ抉るように取り込まれてしまうため、その辺りの調略防衛をアジャリアは、シルバ家に期待している。本来アルカルジは、最寄のリヤドの太守が担当すべき場所なのだが、ここに智勇兼備の優将のいずれかを置いておく余力はなかった。ベイ家のサラディンは余裕を持って戦える相手では決して無い。
 言うなれば、アルカルジもベイ軍との戦争の盤面に入っているのである。
「アルカルジの街の守りより、メフメト家による撒き餌を見張らなくては」
 エルザフが言葉にした通り、アルカルジの街の始め各城邑アルムドゥヌ周辺の小さな領主達は完全にアジャール家に臣従したわけではなく、表面上は協力姿勢を見せても一度上の力の均衡が変われば、より強きほう、利益をもたらしてくれるほうに付くもので、元のシルバ家のように各勢力の轟嵐に揉まれ、巨竜たちの足で蹂躙されんとする身としては、これは当然の生き方なのである。
 そうした小領主達の不安と自尊心とを巧みに揺さぶるように敵は調略の手を伸ばしてくる。
 これに対するシルバ家の調略防衛とは、例えば、
 ――アジャール家は戦争が終われば我らの領土を根こそぎ取り上げるつもりなのだ。
 と流言が流れ始めれば、行って不安を取り除き、
 ――我らに寝返れば今よりさらに厚遇しよう。
 との空手形が出されれば、それを押さえ、連なったものを捕らえて見せしめとした。まるで赤子の面倒を見るような微に入る対応が求められるが、それらを可能にしたのは、自分が調略を仕掛けるのであればこうするであろうという謀略の手札を無数に持ち合わせていたからであり、それらが寄り集まってカメラのようにシルバ家の智を形成していた。自分が持っている手札は相手も持っていると考えればよかった。

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2019年2月4日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_10

 エルザフもズヴィアド同様アジャール家の新参である。実績を示しながらも言動に派手さの無いズヴィアドにエルザフは好感を持った。
 知恵者というものは一つの発想が浮かぶと、それを他人に話してみたくなるものである。もちろん貴重な作戦情報を敵に漏らす事が出来ないのは言うまでもなく、味方であっても愚者であればそもそも会話が成立しない。よって知恵者はいつもこういった欲求不満を抱え込んでいる。
 自分から生じた知恵の実を他者と分かち合えるのは、毛色の似通ったエルザフにとってもズヴィアドにとっても喜ばしき事であった。
「智将エルザフ・シルバに我が得意とする所を認めていただき嬉しい事です」
「こちらこそズヴィアド殿の城邑アルムドゥヌの要諦の教授を受ける事が出来、非常に有り難い事です」
 ここに早くも謀臣達の連合カラテルが出来上がりつつあった。
 アジャール家に仕えるようになってからズヴィアドはブライダーやラフハーの街の城邑アルムドゥヌ改築を任されている。ズヴィアドの築城方式はアブドゥルマレク・ハリティ、エルザフ・シルバ、エルザフの子バラザフに伝授され、エルザフからバラザフに対しても同様の伝授がなされた。
 後にバラザフは、
 ――バラザフ・シルバが城を建てれば難攻不落。
 と世人に称えられる事になるが、その起源はこのズヴィアドと父エルザフに在る。アジャール家で最たる築城の巧者と評価されたという事は、すなわちカラビヤートで一番の城邑アルムドゥヌ名人と絶賛されたといってもよい。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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2019年2月3日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_9

 ズヴィアド・シェワルナゼの出身はクウェートである。アジャール家の士族アスケリとして仕えるようになる前は、カラビヤート内外を経巡り、その土地土地で戦術を咀嚼して、各地の戦力関係や民情を把握して情報を己が財産としており、アジャール家の執事サーキンヤッセル・ガリーと知遇を得たのを緒縁に、その縦糸はアジャリアに結ばれた。これがカーラム暦965年。シルバ家がアジャール家の傘下に入ったのはここから三年経った話である。
 元々、ズヴィアド・シェワルナゼの家はクウェートの士族アスケリ家だったが、ズヴィアドは家族と揉めて家を出て各地を旅する身となり、アジャール家という主道に乗ったとき、ズヴィアドは一介の平民レアラーに身を落としていた。
 それが誰の栄光であろうとも人は他人の出世を嫉ましく思うものである。平民レアラーだった者を再び士族アスケリに引き上げ、さらにアジャリアがズヴィアドに参謀アラミリナの重役を与える事は重臣から摩擦を含め様々な障碍を浮き上がらせた。これに苦慮しているアジャリアに、ズヴィアドの保証人ともいえるヤッセル・ガリーは、
「ナムルサシャジャリ様の名前を使っては如何でしょう」
 と薦めた。
「父上の名前を?」
 ヤッセルのからくりとはこうである。ズヴィアド・シェワルナゼは齢六十過ぎ。追放されたアジャリアの父ナムルサシャジャリと世代がきわめて近い。ナムルサシャジャリとズヴィアドとの間の親交をでっちあげ、ナムルサシャジャリの命でアジャリアの参謀アラミリナになって支えるために、ズヴィアドに各地で見識を高めさせていた、事にするというのである。
 これならば現当主アジャリアを慕う家来は元より、ナムルサシャジャリ追放の際にアジャリアの粛清を恐れながらも内心ではナムルサシャジャリに懐いていた重臣たちも一応収攬出来る。本人に確かめようにも、ナムルサシャジャリは遠くクウェートのサバーハ家に居候しているので捏造の埃に光が当てられる事はまず無いと見ていい。
「これでじい・・の面目も立ちましたわい」
 そう笑うヤッセルだが勝れた人材をアジャリアの財とする事以外には意図は持っていなかった。ベイ軍との決戦を前に一人でも多くの知恵者が欲しい。

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2019年2月2日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_8

 カーラム暦979年、アジャール軍とベイ軍の三度目の衝突が起こった。その少し前にアジャリアはエルザフをアラーの街に派遣し、これを手中に収めている。ハイルの街のタラール・デアイエを倒し、ネフド砂漠をさら北上出来るようになったアジャリアは、行き当たったジャウフを攻略せず、北東に回ってアラーの街を取りに行った。
「サラディンが来れば必ずジャウフ辺りでぶつかる事になるだろう」
 そう踏んだアジャリアは、ジャウフ攻略以前に確実な足場として、アラーの街を落とす事とし、エルザフを太守を任せ、砦の強化を指示した。仮にジャウフの街を先に落としても、すぐに敵に奪取されれば戦略的に意味を成さないからである。
 アラーの街はアルアラー、アルアルとも呼ばれる。広大な石灰岩の平原の中心にあるこの地域の土は比較的肥沃で、春に咲いた植物は夏頃には、駱駝ジャマルハルーフなどの放牧された家畜を養う飼料として利用出来るようになる。年間を通して降水量は少なく、風が吹く事も稀ではあるが、意外にも数年に一度雪が降る事は見逃せない。
 アジャリアが一時見送ったジャウフからは北東に位置し、一週間もあれば往復出来る距離である。アラーの街は来るべきベイ軍との戦いを見越して要所ジャウフを押さえるのに適した場所である上、北東に延びる道の延長上にはバグダードがあり、これも要所である。
 戦いにおけるアラーの重要性を感じ取ったアジャリアには、今のアラーは城邑アルムドゥヌとしては物足りなく感じた。アラーには病院もあり集落としての完成度は低くは無かったが、周囲に城壁を設けておらず、隙間の広い柵で街の外縁を囲っているだけである。人口も少ない。
 ここに本格的な砦を作るため、アジャリアはアラー獲得に功績のあったエルザフ・シルバをそのまま太守に任じて、城を造るように命じた。
「街といっても砦に関しては、ここに一から城邑アルムドゥヌを築くようなものだ。城邑アルムドゥヌといえば……ズヴィアド・シェワルナゼ殿か」
 エルザフは、早速ズヴィアドを呼んで城邑アルムドゥヌ建設を相談した。
「アジャリア様よりアラーの要塞化を命じられたのですが、私はやはり城壁が鍵だと思うのですが、ズヴィアド殿意見を伺いたい」
「そうですな。城壁をかなり広くしておくのがよいでしょうな」
「アラーは大きくなりますか」
「兵が常駐して金が回るようになれば街は大きくなるでしょうな。それに、戦いが起きたときに周囲の放牧民と家畜を中に入れておく広さが要りますな」
 それまで在った柵の外側遥か遠方に新たな城壁が建ち始めた。この後何百年も経ち、郊外から古代都市遺跡が発掘されスラフファーサマク、その他の水生動物の彫刻が、砂の海の下の眠りから覚まされる事になるが、今の彼らには知る由も無い。

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『アルハイラト・ジャンビア』第2章_7

 タラール・デアイエはサラディン・ベイを頼って行った。ハイルの街を落とされてより二年後、身を寄せていたカイドの街のバルナウィー軍も、アジャリア自身が率いる本隊によって壊滅させられ、ゆくあてを失ったためである。確執のあったデアイエ軍とバルナウィー軍だが、アジャール軍という外圧に晒され手を結ぶもやむなしという事で、バルナウィー軍にとってもタラールという兵士を率いる将が一人増えたともいえるので、アジャール対策としては強化が出来た。が、積んだ石を一つ外せば全て崩れ去ってしまうように、ハイルの街がアジャール軍の手に落ちた事は、この地方の勢力均衡を大きく変え、勢いづいたアジャリア・アジャールを止める事は最早適わなかった。
 ハイルからサラディンのカイロまで一ヶ月弱。砂嵐が落ちてゆくタラール達を容赦なく襲う。口を覆う布を押さえる手に力が入る。アジャリアという侵略者を怨みながら、砂を噛み、彼らはカイロへ向かってひたすら重い足を前に出していった。
「戦う事が士族アスケリの常とはいえ、アジャリアの悪辣さは目に余るな」
「サラディン殿には益無き戦いになりましょうが、何卒我らネフドの士族アスケリを済度して頂きたく恥を忍んで頼って来た次第」
「我輩は戦争で益など求めておらぬ。アジャリアの侵略など神は望まぬという事をこのサラディンが思い知らせてくれよう」
 手にした鎌型斧ケペシュが地を衝き、寂とした物腰のままサラディンは静かに息巻いた。
 義人サラディンは、人道に沿わぬを善しとせぬ男である。また自信家でもある。彼自身が武で鳴らす最強の武人である上に、戦いでは一度も敗れた事がない程、軍略に長けている事も彼の自信を裏付けている。篤信故に自分は神から愛されているという自負もあった。
 砂漠を延々と旅し砂埃にまみれ、見る影も無くやつれたタラールを始めとする、これについてきたネフドの士族達の訴えを聞き入れ、これを救済する事を約束し、ベイとアジャールの剣は初めてぶつかった。同年、七歳になったバラザフは正式にアジャリアの近侍ハーディルを受命した。

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2019年2月1日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_6

 エルザフはエルザフで十年来のアマルであるシルバ家の旧領回復を成し遂げたものの、ある意味貪欲に次の飛翔をすでに思い描いている。
 その内心を知ってというわけでもないだろうが、アジャリアはデアイエ家から奪ったハイルの太守にエルザフを任じた。元々のシルバ家の旧領など取るに足らない程の破格の待遇である。
 アジャリアのシルバ家への厚遇はエルザフに対するものにとどまらなかった。
「エルザフ。バラザフを近侍ハーディルに取り立てようと思う。親子でよく話し合って返事してくれ」
 このような出世話をこの父子が拒む理由も無く、有り難くこの近侍ハーディルの命を受けた。
 アジャリアにバザラフを取り立てるのを決めさせたのは、猛竜胆の聖廟マスジット・イ・ティンニーンのシュクヮ師である。アジャリアはシュクヮ師を、ザルハーカ教の死生の導き手として尊崇しており、これでまでの香の式次第を基に新たな式次第を構築しようとしていた。神と死者を想うという事に重きを置いて、無駄を削ぎ落とし、意味のあるものは残していった。だが、その過程で問題がひとつあがった。肝心の香は何を用いたら良いかという事である。
 法学者ウラマーは、いかにすれば神と生者の橋渡しが出来るかという命題を抱えるシュクヮ師にとって、今まで当たり前に用いられてきた香を今一度俎上に載せる事もその命題の鍵と成り得る事であり、そうした迷いが生じるくらい、シュクヮ師は神への信仰と人の幸せを真剣に考えていた。
 或る日、アジャリアの館に居たバラザフをつかまえてシュクヮ師は尋ねた。
童子トフラよ。我らが神や先師たちは何の香を好まれると思うかね?」
 「それは乳香アリバナでしょう」
 バラザフははっきりと答えた。
「そうよな。やはり乳香アリバナよな」
 理屈を持たぬ童子トフラが、疑いなくそう答えたのだから、自然としてこれは間違いあるまいと、シュクヮ師は迷いが晴れ納得したのだった。
 一方、シュクヮ師に明路を示したバラザフにとっては、これはどうという事もなかった。遊び友達として親しくしているアジャリアの子のカトゥマルが、最近父が乳香アリバナに凝り出して、自分も付き合わされて堪らぬと、バラザフやナウワーフに漏らしていたのである。
 シュクヮ師に香について問われたとき、持ち前の機転が利いて、
 ――ああ、この事か。
 と思ったバラザフは「乳香アリバナ」と即答しただけの事である。
「あの童子トフラは大層賢いようですな」
 庭で遊び、笑う三人の子供達を見ながらシュクヮ師は、アジャリアに推した。これに弟エドゥアルドの口添えもあって、アジャリアの心は決まった。

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