2019年2月12日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_18

 自分の意思をほぼ無視された形でバラザフは夫人を娶る事になったが、夫婦仲は決して悪いものでないらしく、翌年には早くも長女が誕生し、それを始めとして続けて長男サーミザフ、そして次男ムザフが産まれた。
 こうしたシルバ家の円満な家庭作りに反して、これに大いに寄与したといえるアジャール家の方は、戦略目標の舵をきった事でアジャリアと子のアンナムルとの間の諍いでアジャール軍が割れ始めている。アンナムルはカトゥマルの兄である。
 砂漠とは旅を阻む脅威である。
 海や川を渡るための乗り物は何かと問えば、人は迷わず「舟」と答えるだろう。では、砂漠であったならばどうか。
 おそらく「駱駝」という答えが最も多いだろうが、海に対する舟ほど答えに明確さが無いだろう。確かに砂漠を渡るのに駱駝は有用である。しかし、水に浮かべた舟ほどは、はっきりと機能出来ないといえよう。
 砂漠の大船の舵はクウェートへ向けてきられた。その事がアンナムルには受け入れられない。
 ハラドのアジャリア・アジャール、オマーンのカウシーン・メフメト、クウェートのファハド・サバーハは、緊張感を持ちつつも同盟によって三角均衡を保っていた。が、その一角であるファハド・サバーハがバグダードに侵攻した際、逆にハイレディン・フサインに奇襲され戦死した事により、この均衡を大きく崩れ始めようとしている。
 当初、アジャリアとカウシーンは同盟相手のサバーハ家を援ける事を決め、ファハドの子バシャールに合力してハイレディン・フサインを討伐するつもりであった。この時代のフサイン家は、これらの軍が攻め寄せれば簡単に踏み潰されてしまう程の弱小勢力でしかなかったが、肝心のバシャールが討伐に踏み切れぬうちに、ハイレディンの勢力成長をゆるす事となった。
 さらにはサバーハ家の傘下にあったナーシリーヤの太守ファリド・レイスが独立してしまったため、サバーハ家はついに周辺を敵に囲まれる結果を招いた。サバーハ家は北、南、西から遠巻きに鋭く光る矛先が向けられている。東方面の諸侯の向背は定かではないが、援助はまず期待できないといってよい。
 実際、元来領土欲の強いアジャリアは、
 ――今ならばクウェートを取れる!
 と息巻き、俄然元気になって食も進む有様である。
 今のサバーハ家相手ならば、いちいちベイ家から道を阻まれて、ネフド砂漠の各城邑アルムドゥヌを落としていくという遅々とした征服計画より余程利のある戦いが出来る。
 ジャウフとアラーの街は押さえてある。ベイ軍を退けながらここから無理に西へ進まずとも、クウェートを押さえ、北西へナーシリーヤ、バグダードを落としてゆけば、そのままエルサレムへ上ってアジャール家の覇をカラビヤート全土に知らしめる事が出来る。当然行く先にフサイン家とレイス家が 勢力が拡大しているとはいえ、まだまだアジャール軍に敵対てきたう力などない。
 ――前方に小船。だが弾き飛ばしてよい。
 バグダードを押さえれば、ジャウフとアラーと直線状に交易路が出来るし、クウェートを手中に収める事で東のアルヒンドへの進出すら可能になる。エルサレムとベイルートを取ってしまえば、東西の海がアジャール家によって繋がる。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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