2019年2月8日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_14

 バラザフが用いたこの手法はズヴィアド・シェワルナゼから教わったものである。規模の小さい砦の落とし方を習っていたのだが、それをこの櫓攻略に適用したのである。
 バラザフにとってこの亡きズヴィアドからの教授はいわば形見タヅカル遺産タラスであり、成木になったばかりの若さが、師が土となった物の咀嚼を良くした。そして覚えたことをとにかく使ってみたい年頃でもある。
 バラザフは成人を果たしたといっても、その面貌はまだまだ子供である。バラザフの手際を横で目の当たりにしていたアルカルジ近郊から参戦している各士族アスケリの胸中には共通して、
 ――子供がこのような戦果を上げるというのは有り得た事なのか。
 との思いがあった。
 しかし、彼らが目にした手際とはあくまで目の前の出来事だけにすぎず、バラザフは櫓を落とす間にも各所の涸れ谷ワジに人を遣って水量を確認させ、報告させるという事を繰り返していた。夜間で雨雲の機嫌を窺う事は出来なかったが、これならば急な増水による兵の損失を回避出来る。
「“見える雲が必ず雨を降らすわけではない”というが、雲が見えなくても水を畏れる必要はあるはずだ」
 三百名の兵士を各櫓の守備に振り分けて、バラザフは次の局面に遷っていった。次の区画、またその次の区画と、同様の手法でまず櫓を落としにかかり、これらにも三百名ずつ守備兵を割きながら城邑アルムドゥヌの奥へ、進みバラザフ達の部隊はハウタットの本営のある場所へ間近に迫った。バラザフの部隊だけで街の北半分を占拠した形となる。しかもバラザフはここまでで敵も味方も一人として死なせていないのである。
 これによりハウタットの首脳部のいる本営は北と南から挟まれた。
 エルザフはバラザフの命令違反を罰しなかった。それと釣り合わせるように褒める事もしなかった。ただ息子の中に居るもう一人の自分を見出した父の顔は誰の目から見ても満足げであった。
「あの一番攻め難い場所から落とすとは、我が子ながら大したもの。さて――」
 この局面からエルザフは急ぐ必要がある。街の北半分を落としたといっても各櫓を守備しているバラザフの部隊はそれほど多くはない。なにしろ北から漏れ出る敵兵を見張るための部隊であったため、積極的な戦線投入を想定していなかった。急な反撃でバラザフ部隊が窮地になる前に戦いを終局に導かなくてはならない。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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