2019年2月2日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_8

 カーラム暦979年、アジャール軍とベイ軍の三度目の衝突が起こった。その少し前にアジャリアはエルザフをアラーの街に派遣し、これを手中に収めている。ハイルの街のタラール・デアイエを倒し、ネフド砂漠をさら北上出来るようになったアジャリアは、行き当たったジャウフを攻略せず、北東に回ってアラーの街を取りに行った。
「サラディンが来れば必ずジャウフ辺りでぶつかる事になるだろう」
 そう踏んだアジャリアは、ジャウフ攻略以前に確実な足場として、アラーの街を落とす事とし、エルザフを太守を任せ、砦の強化を指示した。仮にジャウフの街を先に落としても、すぐに敵に奪取されれば戦略的に意味を成さないからである。
 アラーの街はアルアラー、アルアルとも呼ばれる。広大な石灰岩の平原の中心にあるこの地域の土は比較的肥沃で、春に咲いた植物は夏頃には、駱駝ジャマルハルーフなどの放牧された家畜を養う飼料として利用出来るようになる。年間を通して降水量は少なく、風が吹く事も稀ではあるが、意外にも数年に一度雪が降る事は見逃せない。
 アジャリアが一時見送ったジャウフからは北東に位置し、一週間もあれば往復出来る距離である。アラーの街は来るべきベイ軍との戦いを見越して要所ジャウフを押さえるのに適した場所である上、北東に延びる道の延長上にはバグダードがあり、これも要所である。
 戦いにおけるアラーの重要性を感じ取ったアジャリアには、今のアラーは城邑アルムドゥヌとしては物足りなく感じた。アラーには病院もあり集落としての完成度は低くは無かったが、周囲に城壁を設けておらず、隙間の広い柵で街の外縁を囲っているだけである。人口も少ない。
 ここに本格的な砦を作るため、アジャリアはアラー獲得に功績のあったエルザフ・シルバをそのまま太守に任じて、城を造るように命じた。
「街といっても砦に関しては、ここに一から城邑アルムドゥヌを築くようなものだ。城邑アルムドゥヌといえば……ズヴィアド・シェワルナゼ殿か」
 エルザフは、早速ズヴィアドを呼んで城邑アルムドゥヌ建設を相談した。
「アジャリア様よりアラーの要塞化を命じられたのですが、私はやはり城壁が鍵だと思うのですが、ズヴィアド殿意見を伺いたい」
「そうですな。城壁をかなり広くしておくのがよいでしょうな」
「アラーは大きくなりますか」
「兵が常駐して金が回るようになれば街は大きくなるでしょうな。それに、戦いが起きたときに周囲の放牧民と家畜を中に入れておく広さが要りますな」
 それまで在った柵の外側遥か遠方に新たな城壁が建ち始めた。この後何百年も経ち、郊外から古代都市遺跡が発掘されスラフファーサマク、その他の水生動物の彫刻が、砂の海の下の眠りから覚まされる事になるが、今の彼らには知る由も無い。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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