2019年2月14日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_20

 これら道義と戦略とを鑑みて、アンナムルは舵を切るアジャリアの腕を掴もうとしていた。
「バシャールを殺すつもりなどない。寧ろわしが救ってやるのだ」
 つまり威勢の衰えたサバーハ家を潰さずに、剣を交える事無く配下に収めてしまおうというのである。今や周辺から虎視眈々と領土を狙われているサバーハ家が他家から潰されないように、存続の配慮をしてやるのは救済と言えなくもないが、きわめて微妙な所であろう。
「それでは家来達がネフドに流してきた万斛ばんこくの血を、父上が無駄にしたと取る者も出て参りましょう」
「ジャウフを放棄するとは言っておらぬぞ」
「度重なるベイ軍との衝突によってアジャール軍は衰弱しているのです。両方の戦線を維持する事など不可能。死を恐れぬサラディンは何度でも来ます。私には益無き未来しか見えません」
アンナムルがたかが水牛ジャムスの群れを恐れるとは情けない。今傍観しておればクウェート、バスラ一体をフサインやレイスの者共に食い散らかされてしまうのが分からんのか!」
 このアジャリア、アンナムル父子の撞着によって、アジャール軍の武人達も揺れ動かされていた。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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