2019年2月3日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_9

 ズヴィアド・シェワルナゼの出身はクウェートである。アジャール家の士族アスケリとして仕えるようになる前は、カラビヤート内外を経巡り、その土地土地で戦術を咀嚼して、各地の戦力関係や民情を把握して情報を己が財産としており、アジャール家の執事サーキンヤッセル・ガリーと知遇を得たのを緒縁に、その縦糸はアジャリアに結ばれた。これがカーラム暦965年。シルバ家がアジャール家の傘下に入ったのはここから三年経った話である。
 元々、ズヴィアド・シェワルナゼの家はクウェートの士族アスケリ家だったが、ズヴィアドは家族と揉めて家を出て各地を旅する身となり、アジャール家という主道に乗ったとき、ズヴィアドは一介の平民レアラーに身を落としていた。
 それが誰の栄光であろうとも人は他人の出世を嫉ましく思うものである。平民レアラーだった者を再び士族アスケリに引き上げ、さらにアジャリアがズヴィアドに参謀アラミリナの重役を与える事は重臣から摩擦を含め様々な障碍を浮き上がらせた。これに苦慮しているアジャリアに、ズヴィアドの保証人ともいえるヤッセル・ガリーは、
「ナムルサシャジャリ様の名前を使っては如何でしょう」
 と薦めた。
「父上の名前を?」
 ヤッセルのからくりとはこうである。ズヴィアド・シェワルナゼは齢六十過ぎ。追放されたアジャリアの父ナムルサシャジャリと世代がきわめて近い。ナムルサシャジャリとズヴィアドとの間の親交をでっちあげ、ナムルサシャジャリの命でアジャリアの参謀アラミリナになって支えるために、ズヴィアドに各地で見識を高めさせていた、事にするというのである。
 これならば現当主アジャリアを慕う家来は元より、ナムルサシャジャリ追放の際にアジャリアの粛清を恐れながらも内心ではナムルサシャジャリに懐いていた重臣たちも一応収攬出来る。本人に確かめようにも、ナムルサシャジャリは遠くクウェートのサバーハ家に居候しているので捏造の埃に光が当てられる事はまず無いと見ていい。
「これでじい・・の面目も立ちましたわい」
 そう笑うヤッセルだが勝れた人材をアジャリアの財とする事以外には意図は持っていなかった。ベイ軍との決戦を前に一人でも多くの知恵者が欲しい。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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