2021年5月5日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第6章_2

  塔に上ったファリドは三十万の大軍が威風堂々としてこちらに向かってくるのは見つめている。そこには不安も彼と共にあったが、そればかりでなく恐怖が彼の闇の近侍ハーディル として憑いていた。だが、傍にいるのは彼の不幸を見物している闇の存在のみならず、最大の味方、最良の友、若きイクティフーズ・カイフがそこに一緒に居てくれている。

 季節は冬に移ろうとしている。降雨の前兆である肌に沁みる風が吹いてきて、空には黒雲が立ち込めてきた。

 アジャリアは伝令を走らせた。

「ここで一転する。全軍を西へ向けよ!」

 ナーシリーヤの手前まできて、三十万のアジャール軍は反転して西へ行軍し始めた。

「わけがわからない……」

 アジャール軍三十万のナーシリーヤで迎え撃つ悲愴な覚悟決めていたファリドは、一変、自分を眼中から掃ったかのように背を向けて戻っていくアジャリアの行動を見て、呆然とした。

 戦わずに済んだ安心よりも、むしろ理解不能な事態に混乱を深めた。

「帰ると見せかけて迂回してナーシリーヤを包囲するつもりでは」

 とファリドは色々と思慮を巡らせずにはいられなかった。

 だが、まさにそれこそがアジャリアの意図する所であり、元々気の短いファリドの頭に着実に疲労感を溜めさせていたのである。

「なぁ、イクティフーズ。アジャリアは何を考えているんだ。我々を怯えさせたと思ったら、今度は無視して帰っていくぞ。また包囲されるかもしれんし、どう対処すべきなのだ」

「アジャリアが奇行に出るときは、裏に策略があるときです。ファリド様が読んだとおり包囲の可能性も十分ありえます。どちらにしても今は動くべき時ではありません」

「そうだな。今は静観が一番だ。そうだそうだ」

 焦る自分を抑え込むようにファリドはイクティフーズの言葉を自分に納得させた。

 この時点ではファリドは篭城の構えを解かずに、九頭海蛇アダル の巨体が通り過ぎてくれるのを、ただただ静かに待とうと思っていた。

 ところがハイレディンから派遣された援軍の態度がファリドを逆上させた。

「無駄死にせずに済んだ。ハイレディン様から戦闘は不要と言われていたが、アジャリアが仕掛けてきていてたらレイス軍の道連れになるところだった」

 こう安堵の声を漏らしたのはハイレディン配下の将軍のマァニア・ムアッリムである。さらにマァニアは自分の兵士に武具を解いて休息するように言って臨戦態勢を解除してしまった。

「アジャール軍に無視され、さらには味方の援軍であるフサイン軍まで俺を侮っている。ここまで馬鹿にされたらアジャール軍と戦わねば怒りが収まらん!」

 もはやファリドの怒りは、いつものようにポアチャを齧るどころではなかった。

「イクティフーズ!」

 ファリドは大声で叫んだ。

「アジャリアの奴は俺たちが追う意地など無いと思って無防備でいやがる。味方まで俺が戦わないと思っている。あの厭味な後姿に齧り付いてやらねば気が済まんのだ!」

 ファリド・レイスは普段は家臣の言葉を重んじる性分である。だが一度頭に血が上ると、隠れていた猪突な性格が顔を出す。

 ――またファリド様は冷静さを失っておられる。

 イクティフーズや普段から傍で仕えている家臣らには、ファリドの頭が熱でやられているのは見ただけでわかるのだが、ファリド自身は、自分が、

 ――今この時も戦機を読んで判断し、的確な指示を出しているのだ。

 という方向違いの自信を持っていた。

 イクティフーズは、今レイス軍がアジャール軍と交戦した場合、敵のいいように痛めつけられる事は必至であるから、ファリドの血気を抑えるべきであるし、彼自身そう判断していた。だが、ファリドのように表情には出さないものの、アジャール軍の人を馬鹿にした態度はイクティフーズ自身も相当頭にきていた。

 よって、主君と共に死に花を咲かせるつもりで、

「ファリド様、今こそアジャリアの傲慢な背中に齧り付いてやりましょう。一気に中央を衝けば、あるいは穴を開ける事も可能でしょう」

 と出撃に従った。

 一方、アジャリアはアジャリアで、

「バラザフ、わしは三年間ファリド・レイスに持ち続けてきた陰鬱をここで叩きつけてやるつもりよ」

 と、すでに陣容を整えて息巻いていた。ファリドを引っ張り出して、それこそこちらのいいように痛めつけてやるつもりでいたのである。

 ファリド・レイスはこれまでアジャリアの戦略であるバスラ、およびクウェート攻略を、ベイ家やメフメト家と同盟して阻害してきた。それがアジャリアの言にある三年である。

 時、乱世となれば領土獲得の機会は平等である。だが、アジャリアはそうは考えていなかった。平等であるという事は当然頭でわかってはいるが、彼とファリドの間にその平等は有り得ないというのがアジャリアの価値観である。

 これを言葉ではなく感覚として持ち続けているだけに、アジャリアのファリドに対する怒りは粘りを含んだしつこさがあった。

 こうしたアジャリアの人間臭い本音はバラザフに対してのみ吐けるもので、バラザフの方でもアジャリアの言葉の裏に、臭いを嗅ぎ付けるのが半ば習性となっていた。

 アジャリアはいつものようにファリドの小僧・・ とは言わなかった。そこにファリド自身のみならず、レイス軍全体を邪魔者と認定して、一斉排除しようとする血生臭さをバラザフは微かに感得したのである。アシュールと一緒に、レイス軍を蹴散らそうとしたとき、すんで の所で制止したのも、ここで一気に痛めつけてやりたかったからなのだとわかった。

 そして、

 ――稀に残虐性を見せるものだな。

 と、この頃ようやく気づき始めていた。

 アジャール軍が態勢を整え直したときに、サイード・テミヤトの部隊を先陣に配して、その後ろに荷隊カールヴァーン を従属させた。その後ろにアジャリア本陣を配置して、その左右にはカトゥマル・アジャール、ナワフ・オワイランの部隊を置いた。

 今回はファヌアルクト・アジャールにも別働隊の一隊を任せている。その左右を、最早アジャール軍の編成の定石となったアブドゥルマレク・ハリティ、ワリィ・シャアバーンの二人の古豪で固めて、若い将を補うように配慮した。

 そしてナジャルサミキ・アシュールを最後尾に配置して、アジャール軍は悠々と進軍していった。

 後ろから背中を見ていたファリドの目には、腹を満たした九頭海蛇アダル が余裕の態度でのしのしと巣穴に戻っていくように映った。

「あのまま西へ進んでサマーワに帰るつもりだな。いつも俺は囲まれてばかりだから、アジャリアがサマーワに入城した瞬間に今度はこちらが包囲してやろうか」

 ファリドはアジャリアが優勢をたのみに隙を見せているのだと思い込んだ。だが、背中を見せて西へ進む九頭海蛇アダル は腹など満たしてはいなかった。食欲旺盛な九頭海蛇アダル は巣穴になど戻らずどこかへ消えた。


※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。


次へ進む

(2021.06.05公開予定)


【創作活動における、ご寄付・生活支援のお願い】

https://karabiyaat.takikawar.com/2019/01/kihu.html


前に戻る

https://karabiyaat.takikawar.com/2021/03/A-Jambiya6-1.html


『アルハイラト・ジャンビア』初回に戻る

https://karabiyaat.takikawar.com/2018/11/A-Jambiya11.html


2021年4月5日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第6章_1

  ファリドは、アジャール軍によって設けれた死地から何とか命を拾った。だが、これと同時にアジャール軍の方では別働隊としてナーシリーヤの東側の攻略にあたっていたワリィ・シャアバーンが、レイス軍の城邑アルムドゥヌ を間断も無い程に陥落させていった。中には城邑アルムドゥヌ が落ちるまでに僅か半刻という驚くべき速さの攻城もあった。

 加えてワリィは、近くの城邑アルムドゥヌ を陥落させ、そこに自分の兵力を分隊して支配下に置いた。アジャリアが計路としていた敵の支配域の分断が成功したのである。

 アジャリアの本隊は敵の分断のために稼動していた、アシュール隊と合流して、さらにこれにシャアバーン隊を合流させた。

「バラザフ、全軍を集結させろ。場所はナーシリーヤの西、サマーワ。わしらも移動の準備をせよ」

 相変わらずせわ しなく移動するアジャリアだったが、こうした大規模な移動が繰り返される事によって、レイス軍同士の連絡を断ち、もし偵察がいれば駆逐する事で自軍の情報を護りつつ敵を攪乱する効果が出ていた。

「サマーワを足下に置いておくことで、バグダード攻略の拠点に出来るし、後はナーシリーヤを落とせば、サマーワ、ナーシリーヤ、バスラと繋がり、リヤドまでの退路を確保出来るのだ」

 サマーワからナーシリーヤまでは東へおよそ二日の行軍、ナーシリーヤからバスラまではおよそ三日の道のりである。後はクウェートまで戻り南下すれば、リヤドまでの道は半分を消化出来た事になり、補給路も確保できて、これらを地図上で結ぶとアジャール軍の版図が大いに拡大する事がわかる。

 太守の退去という形でアジャール軍は一度サマーワの攻略に成功しているため、戦術において難は無いだろうと判断したアジャリアは力で単純に押していこうと考えたが、アブドゥルマレク・ハリティ、ワリィ・シャアバーンの二人が城邑アルムドゥヌ の包囲を上申した事により、この方法を採る事になった。

 アジャリアが慎重に城を包囲してから落とすやり方をバラザフは何度も見てきた。言い換えるとバラザフにとって包囲戦というやり方は、アジャリアの戦術であるという印象があり、ハリティ、シャアバーンという古豪の将軍らのやり方をここで見ておける良い機会だと思って、実に興味津々で見守っていた。

「枯れ井戸から横穴を掘って隣の城邑アルムドゥヌ と繋いで逃げ道を造るという方法を聞いたことがある」

「サマーワの周りにはナーシリーヤの他にも小さな城邑アルムドゥヌ がたくさんある。サマーワから抜け出た兵士がそれらから奇襲してくると我等が挟まれる事になってしまうな」

「今から全ての城邑アルムドゥヌ の井戸を調べる時間は無いな」

「サマーワを包囲する他に、奇襲を警戒して全方位に防衛線を用意しておこう」

「うむ。承知した」

 この会話を聞いていたバラザフは背筋に冷たいものが走った。若い世代の将であるバラザフはそんな事例は聞いたことが無かったし、もし、その枯れ井戸作戦を敵が実行してきていたら、危ない事になっていたであろう戦いが過去の記憶からいくつも蘇ってきていた。サイード・テミヤトなどの れた将軍が常にバラザフら若い将軍が力を遺憾無く発揮出来るよう、後方で見守っていてくれていたという事になる。戦術の面だけでもまだまだ先陣に学ぶべき事は多いと知った。

 サマーワは一ヶ月近く粘り強い防衛を見せた。この攻防を続ける間にもアジャリアは何度か相手方に降伏を促してきたが、それも無駄と知るとついに総攻撃の命令を下した。

 事ここに至り、ようやくサマーワの太守が降伏したいと言い出したので、カトゥマルを制圧隊長としてアジャール軍が城内に踏み込むと、包囲によって水と食料を絶たれたサマーワ兵等が、まさに死に際という感じで横たわっていた。

 これと同時にアジャール軍の別働隊としてサッド・モグベルがフサイン軍の要所カルバラーの攻略にかかっていた。

「バグダードにほど近いカルバラー。困難な仕事だがモグベルには何とか成功してもらいたいものだ」

 アジャリアが待つのはカルバラー攻略の吉報である。アジャリアの言葉通りカルバラーからバグダードまでは僅かに一日。フサイン軍との対決にも、また後方への退路としても獲得しておきたい城邑アルムドゥヌ である。

 バラザフ・シルバはこれまで自分の知略を他者に優るものと自負していた。この世においてもはや学ぶべき見上げるべき存在はアジャリアが唯一であると思っていた。が、先のワリィ・シャアバーンとアブドゥルマレク・ハリティの作戦というか手配り目配りを目の当たりにして、

 ――まだまだ他人に学ぶべき事は多すぎるものだ。

 と思い直した事から、今回のサッド・モグベルの戦術に興味を持って見ていた。サッド・モグベルも学ぶべき対象になったのである。

「この堅城からどうやって敵兵を引っ張り出すか。それとも策を用いて自滅さえていくのか。どちらにしても力押しで行く事は有り得ないだろうな」

 遠くからサッドの戦術を想い描いてみるバラザフだが、決め手となるものを彼の頭脳は導き出せなかった。

 その答えをサッドは意外な所から引っ張り出してきた。

 カルバラーの太守はハイレディン・フサインの臣である。覇王ハイレディンと言われる彼にとっても、アジャール軍はまだまだ恐るべき相手である。そのハイレディンが先のアジャール軍とレイス軍との戦いを見て、

 ――アジャール家に臣従する事を決意した。

 ため、カルバラーの城邑アルムドゥヌ も速やかにそれに従い開城せよ、というものであった。勿論、虚報である。

 カルバラーを調べさせていたアサシンから情報が入ってきた。

「カルバラーはハイレディン降伏の報を信じたということか」

「そのようで。いずれにしても戦いを避けるいい口実になるかと」

 同じ情報はアジャリアのもとにも上げられた。

「今回のサッド・モグベルの奇策は見事であった。カルバラーの城邑アルムドゥヌ を手に入れられた事は我が軍にとって大きい。これでレイス軍、フサイン軍を蹴散らしてやれるのう」

 カルバラーを支配下に収めたアジャール軍は城邑アルムドゥヌ を出て城壁の外で防備を固めた。バラザフのもとにはシルバアサシンから新たな情報が立て続けに入ってくる。

「レイス軍にハイレディン・フサインからの援軍三万が合流し、合わせて十万がナーシリーヤを出立」

 アジャリアはこのカルバラーでレイス軍を迎え撃つ心積もりでいる。

 ――今度こそレイス軍を逃がすまい。

 とバラザフは東の地平を睨んでいる。

 だが、三十万のアジャール軍がすでに待ち伏せていると見るや、ファリドは大慌てでナーシリーヤへ踵を返し始めた。

「またポアチャだな」

 食欲があろうとなかろうと、苛立って麺麭ポアチャ を齧っている、あるいは吐き出しているファリドの滑稽な姿をバラザフは想像していた。見苦しさもあそこまでいくと、逆に見物みもの である。

「ファリド・レイスという男はいつもアジャリア様の戦術に右往左往させられているのだな」

 ファリドの方ではフサイン家からの援軍と合わせた十万の兵を城邑アルムドゥヌ に篭城させて、

「何があっても城邑アルムドゥヌ の外に出るものか」

 と、卑屈さの色合いのある決意をしていた。

 ハイレディンの方でも、

「アジャール軍と剣を交えるのは自刎に等しい。嵐の後に晴れが来る僥倖をひたすら待て」

 とファリドに指示してきており、フサイン家の援軍の長にも、

「戦闘は不要。戦力の維持を最優先せよ」

 と守備一貫の命令をしていた。

 ナーシリーヤは、城邑アルムドゥヌ の領域の西から南東にかけてユーフラテス川が流れる。ファリドが城邑アルムドゥヌ に篭り守りの態勢に居るのであれば、川は護りの味方となるであろう。

 だが、敵はあのハイレディンですら恐れたアジャール軍三十万なのである。果たして川という味方もどれほど通用するものか――。苦い思いを身に染みさせてきた弱者にいつも付き惑う、漠然とした不安がそこにあった。


※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。


次へ進む

https://karabiyaat.takikawar.com/2021/04/A-Jambiya6-2.html


【創作活動における、ご寄付・生活支援のお願い】

https://karabiyaat.takikawar.com/2019/01/kihu.html


前に戻る

https://karabiyaat.takikawar.com/2021/03/A-Jambiya5-10.html


『アルハイラト・ジャンビア』初回に戻る

https://karabiyaat.takikawar.com/2018/11/A-Jambiya11.html


2021年3月5日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第5章_10

  バラザフは風を切って本陣から出てくると、

「フート。ファリドの動向を正確に掴んできてくれ。少しでも情報を得たら報告に戻るように」

 フートが部下を連れて風となって消えた。

 一人のアサシンが情報を持って戻ってきたのは、およそ一刻後の事である。

「敵の諜報部隊の主将は確かにファリド・レイス自身です。そして副将がイクティフーズ・カイフ。シャトルアラブ川を川沿いに下りハンマール湖の北辺りにまで来ています」

 ナジャルサミキ・アシュールの部隊は三万。今ではアジャール軍の中で最強の軍団である。ナジャルサミキはバラザフからその旨を受けて、全軍に臨戦態勢に入るよう命じた。

 バラザフとナジャルサミキが待ち受けている事をファリドは知らない。二万の将兵を率いて偵察だというのに警戒無く進軍してくる。バラザフの方は川辺の少し窪んだ場所に部隊を待ち伏せさせていた。弓隊を準備してある。

 ファリド・レイスという人物は慎重かつ粗忽な人物で、この時はその粗忽さがもろに現れて、偵察部隊の先頭に自身を置いていた。

 ――ヒュッ!

 と、ファリドの頭上に風を切る音が聞こえた。鳥梟の類であろうと上を見たレイス軍が、風切りの音の主が飛矢だとわかった時、すでに彼はすでに矢の雨の中でそれらを浴びていた。

 驚いたファリドは馬から転げ落ちて這い蹲って逃げようとしたが、この矢の雨の中、どちらに行けば命を拾えるのか全くわからない。ファリドの頭上から飛矢が襲いかかったとき、近侍していたイクティフーズ・カイフが外套アヴァー をファリドの上にかざ し、電光石火の速さで引いた。鏃が外套アヴァー に刺さった瞬間に、横に引き、害を免れる、達人にのみ出来る神技しんぎ であった。

 が、外套アヴァー に次々と矢が刺さり、この状況も長くはもちそうにない。イクティフーズはファリドを庇いながら後方を退いていった。其間、周りの兵士達の身体に弓矢が突き刺さり、次々と斃れてゆく。

「イクティフーズ! 最早生き残れん。武器を取って前に出るぞ!」

 イクティフーズの必死の護衛にもかかわらず、ほぼ絶念したファリドは喚いた。

「戦況をよく見られよ! 味方は敵の矢でほぼ全滅、前に進んでも冥府の門しかありませぬ。このイクティフーズがここで持ち堪える故、ファリド様は下がって命を拾われよ!」

 ファリドを叱咤すると、イクティフーズはファリドを馬上に戻して馬をはし らせた。あとは馬に任せる他無い。

 恐慌に陥っているレイス軍に、バラザフは騎馬兵を率いて斬り込みをかけた。さらにバラザフの後からアジャール軍最強のアシュール軍が騎馬部隊を前にして突撃をかける。

 砂塵が巻き起こり河川に沿って流れ、レイス軍を覆う。さらに水の方へ下りて、ざくざくと濡れた砂地を蹴り、アジャール軍がレイス軍を襲った。

 川辺に満ちる音は、鯨波、吶喊、馬が飛沫をあげる音、いなな き。バラザフは、退いてゆくレイス兵を掃討する形で、両手の諸刃短剣ジャンビア で、手当たり次第に斬り捨てていった。

 進むバラザフの前に一人の騎士が行く手を塞いだ。

「我が名はイクティフーズ・カイフ! これ以上進むとあらばここを貴様の死地と成すぞ!」

 ここまで退きながら猛攻を撃退していたイクティフーズの部隊が俄かに反転し、追撃してくるアジャール軍目掛けて反撃に駆けた。

 バラザフとイクティフーズ、それぞれの得物がすれ違いざまにぶつかり火花を散らす。

 両者は馬を反転させ、刃を交える事、五合、六合――。だが、息を弾ませながらも両者ともまだ馬上に在った。

「アジャール軍の謀将アルハイラト バラザフ・シルバ。その諸刃短剣ジャンビア 共々忘れぬぞ!」

「ファリドの槍、イクティフーズ・カイフか……。こちらもその名は忘れぬ」

 そして、バラザフは辺りの照顧を促すように、

「この混戦では互いに一騎打ちなど出来る状況ではない。勝負は次に預けておきたいと思うが」

「我はファリド様をお逃しするのが即今の使命。ここで決着をつけぬも異存なし。次までに死ぬなよ」

 と、イクティフーズは散らばっている兵を纏めて隊列を整えて押し寄せてくるアシュール軍への防備の姿勢を見せた。バラザフも自分の配下を集合させると、アシュール軍に合流した。

 互角に見えていた両者の戦いだったが、バラザフの方はかなり息も乱れ、後数回、刃を合せていれば、イクティフーズの槍がバラザフの心の臓を貫いていたかもしれなかった。

 戦場で敵同士という形で初めて顔を合わせた二人であったが、後に世代が代わった時、バラザフの長子サーミザフが、ファリド・レイスの孫娘を娶り、ファリドから領地を認められる事になるのだが、この娘の父親がイクティフーズ・カイフなのである。

 この時点でイクティフーズ・カイフ、二十四歳。バラザフ・シルバ、二十六歳。

 イクティフーズ・カイフは若さに似合わず、この撤退戦で類稀なる指揮能力を発揮した。自身が古今無双の勇将であったという事もある。

 単隊での防衛は柔らかき所を衝かれると、一瞬の内に部隊が壊滅する。だが、イクティフーズは徐々に部隊の戦力を削られながらも、持ち堪えて見せた。

 ファリドが視界から消え、戦線を離脱出来たのを確認すると、攻め来るアジャール軍に後退攻撃し、反撃しつつ撤退を成功させたのである。

 このイクティフーズ戦いぶりを見ていた、敵であるアジャール軍からも褒め称える声が聞こえてきた。


 ――ファリド・レイスに神は二つの勿体無い恩寵を与えた。

 ――イクティフーズ・カイフと彼のカウザ だ。


 この言葉が、やがて全体の歌となり戦場に響いた。


 ――ファリド・レイスに神は二つの勿体無い恩寵を与えた。

 ――イクティフーズ・カイフと彼のカウザ だ。


 イクティフーズのカウザ には二本の角が飾られていた。その飾りの角が炎を象形しており、それが彼の武威を一層華やかに衆目に映した。イクティフーズの優れている武具はカウザ だけではなく、彼の持つ槍もそうなのだが、この戦いではアジャール軍はその鋭さを殆ど味わわないで済んでいる。

 ファリドを逃す事には成功したレイス軍ではあったが、どの道崩壊を免れる道は無さそうである。押し返そうにも衆寡の差は明らかで、残された兵力も疲弊しきっていた。

「掃討戦のさらに掃討戦だ。退却するイクティフーズ・カイフの部隊に追撃をかけて、ファリド・レイスもここで討ち取ってやる」

 もはや勝ちの見えた戦いに、ナジャルサミキは意気込んだ。勢いがアジャール軍に味方している。

 戦いには慎重さをもって臨むバラザフだが、アシュール軍の追撃には賛成である。

 バラザフが部隊と共に駆けようとしたとき、後方で戦いの太鼓タブル が打たれた。だが、それは突撃を意味するものではない。退けというのである。

 ――なんだとっ。

 バラザフもナジャルサミキもこの撤退指示が信じられない。後方を見遣るとアジャリアの言葉を持って走り回っている伝令が見えた。

「アジャリア様から言葉を伝えに参った!」

 バラザフとナジャルサミキの姿を遠方より認めて伝令は声を張り上げた。

「追撃はならぬ。死を覚悟した敵を追えばこちらも無用に痛手を被る。二人の手柄此度はこれで十二分、との事である」

 伝令は、アジャリアの文言をそのまま伝えたようである。

「無理を承知した……」

 ナジャルサミキは不満をあらわにしたが、アジャリアの絶対命令を無視する事は出来ない。全軍に退却指示が出された。

 同じようにバラザフも配下に退却を指示するとともに、損害状況の調査を命じた。

「負傷者、二十名。戦死者は一人もおりません」

 その言葉はバラザフを安堵させたが、今度はアシュール軍の損害の方が気にかかる。

「アシュール軍、負傷者、一千名。戦死者、百五十名」

「レイス軍の損害はどうか」

「まだ詳細は把握しきれておりませんが、戦死者、五千名。負傷者は、ほぼ全員かと」

「確かに十二分な戦果だな」

 そして、配下を代表してフートに、

「今回の戦果はシルバ・アサシンの働きによるものが大きい。皆に分け与えよ」

 と、金貨を与え、

「肉もその他の食料も我が隊の荷隊カールヴァーン の分は好きにして良いぞ」

 と大盤振る舞いをした。

「俺がもっと出世して領地を殖やせたら、フートにも城邑アルムドゥヌ の一つくらい持たせてやりたいと思っているのだ」

 この時、遠くで雷鼓が鳴り震天して伝わってきた。空を見上げると、紫電が光るのが見えた。暗雲が立ち込めて、地上に雹雨をもたらさんとしていた。

「冷えそうだな。アジャリア様のお身体が心配だ。また体調を崩されなければよいが」

 バラザフの意図に反して、暗雲は刻々と深まってゆく。

 バラザフは身につけている武具の重みを感じた。初陣のとき初めて武器を持ち鎧を着たとき感じた重みではない。


 ――疲れたな。


 そして、いやな暗さだと思った。

 次に脳裏には、今日戦ったイクティフーズ・カイフの姿が浮かんだ。身も心も強い武人だった。あのままやり合っていれば、武技では確かに自分はあの男には敵わなかったはずだ。

 ここまで猛進してきたバラザフの歩みが少しだけ緩んだ。


※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。


次へ進む

https://karabiyaat.takikawar.com/2021/03/A-Jambiya6-1.html


【創作活動における、ご寄付・生活支援のお願い】

https://karabiyaat.takikawar.com/2019/01/kihu.html


前に戻る

https://karabiyaat.takikawar.com/2021/01/A-Jambiya5-09.html


『アルハイラト・ジャンビア』初回に戻る

https://karabiyaat.takikawar.com/2018/11/A-Jambiya11.html


2021年2月5日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第5章_9

  一月程経過し、涼やかな風が少しく吹くようになると、アジャリアの体調は回復の兆しを見せた。バラザフは、

 ――やはり酷暑が堪えたのだ。

 と、アジャリアの回復を喜んだが、食欲は戻ったものの、痩身は元の体格には戻る事はなかった。

 アジャリア自身は、

 ――そろそろ冥府の籍にわしの名が記される頃だ。

 と死期が近い事を悟り始めていた。

「今少し保たせてもらえまいか……」

 アジャリアはとにかくエルサレムに行きたかった。エルサレムに上って大宰相サドラザム のスィン家を輔弼する。でなければ、自身が大宰相サドラザム の位に就いて政務を執らねばならぬ。そうでなければ今の戦戈の入り乱れた世を安んずる事など出来ぬのだ。それまでは――、

「保たせなければならぬ」

 さらに半月程経ち、アジャール軍はエルサレムへ進発した。この時期あたりから、作物の類は夏季が最盛期の物から徐々に主役を降りてゆく。

 ワリィ・シャアバーンが今回も先陣を務める事になった。彼の配下の将兵は五万。リヤド近くのブライダーではサッド・モグベルがワリィの合流を待っている。ここにも五万の兵力が置かれている。

 アジャリアの本隊がハラドを発った。威風堂々とした九頭海蛇アダル が砂の海をのして進む。勿論、その一番の主の頭は本物・・ である。アジャリアの麾下にも五万の兵を編成した。

 アジャリア麾下の五万の中にバラザフの顔もあった。今回の出征で、バラザフはアジャリアの傍で務めようと決めていた。

 その他の部隊編成は、ナジャルサミキ・アシュール隊三万、アブドゥルマレク・ハリティ隊二万、カトゥマルのリヤド軍団三万、ナワフ・オワイラン隊四万、サイード・テミヤト隊三万と、総勢三十万を超す大軍である。さらにメフメト軍からも二万の援軍が送られてきている。

 メフメト軍との同盟が成ったとはいえ、後方のアルカルジは地方の諸族の向背が定まらぬ上にベイ軍の手出しが懸念される地域であり、ここをエルザフ・シルバ、アキザフ・シルバに押さえてもらい、自領北部のアラーをトルキ・アルサウドに守衛させて後ろを任せてから出立である。

 エルサレムへの道を、アジャリアは最短を採らなかった。

 アジャリアが通ろうとする道というのは、まずハラドからリヤドへと自領を西へ移動するアジャール軍の常套の行軍路から、さらに西へ進みブライダーを経由して、そこから一気に北上してナーシリーヤからエルサレムを目指すという道順である。

「ブライダーまで行ったのならアルサウド殿の居るアラーは、ジャウフを通ってそのまま西進すればエルサレムには近いのではないか」

 バラザフは、アジャリアの行軍路の意図をはかりかねていたが、思案の中、急に頭の奥に最短を採らなかった理由が浮かんできた。

「分かった。やはりアジャリア様は背後を気にされているのだ。最短で往けばナーシリーヤ、バスラのレイス軍を放置したままになる。となると、ハイレディンと雌雄を決する際にファリドが邪魔になってくるのだな」

 バラザフの推測は当たっていた。アジャリアはブライダーに着いてから軍団を三つに分けた。

「シャアバーンは別働隊として迂回し、かつ先行せよ」

 アジャリアは、シャアバーンには迂回してナーシリーヤに向うように、そして諜報を出してレイス軍の諜報を駆逐しながら進軍するように指示し、モグベルの部隊にはハイレディンへの威圧を目的とした上でのルトバの城邑アルムドゥヌ 制圧を命じた。ハイレディンの拠点のバグダードの西側にルトバは在る。

「そしてわしが本隊を率いて北上し、バスラの城邑アルムドゥヌ に入る手筈とする」

 バラザフの配下のシルバアサシンも、アジャリア本隊の諜報として動いている。隊が行軍する先々でレイス軍の諜報を始末するために、全方位に彼らは駆けている。

 バラザフは、アジャリアから賜ったカウザ を被って傍近くに勤めている。

「バラザフ、今わしら本隊はバスラを目指しているわけだが、その間のレイス軍の拠点をいくつか取ってゆく。理由はわかるな」

 アジャリアとバラザフの間には、しばしば、教練のような会話が交わされる。バラザフの脳裏には進軍先の地勢が描かれ、精一杯頭を回転させて、アジャリアの戦略的意図を考察した。

 アジャリアの計路の中には、アジャール軍の総帥がカトゥマルになる時代を想定して、バラザフをカトゥマルの参謀アラミリナ 、あるいは大臣ワジール として育成し、知識と知恵を今の内に注入しておこうというものがある。

 バラザフの方でも、平野や砂漠での戦い方、攻城と篭城のやり方、外交面を含めた戦略など、アジャリアの脳内にある財産を総じて自分の物にしたいというアマル を抱きながら日々を邁進しているので、二人の意志は絶妙に裏で合わさっていたといえる。

「我が愚才でアジャリア様のお考えを図るのは僭越ではありますが、バスラの南にあるズバイルを我が軍の拠点として今一度固め直すおつもりであると」

「そうだ。では、更にそれはなにゆえか」

「これらの城邑アルムドゥヌ の南にはレイス軍の拠点のサフワーンが在り、これを獲得できればバスラ、クウェート間、さらには東のブービヤーン島との拠点連携を図る事が出来るからです」

「バラザフよ、その心計は賞賛に値するぞ。我が意もお前の言葉通りである。つまりは、小さな拠点でも確実に手中に収めておく事が肝要となるのだ」

 とアジャリアはこの戦略性を説いた。だが、二人はこうした小さな城邑アルムドゥヌ を取るのに、戦術的には大した手間が要るとは考えていなかった。これらの城邑アルムドゥヌ の兵力はおよそ五千程度で、三十万の大軍で圧殺すれば余計な被害を出さずに、自ずと降伏を引き出す事が出来るはずである。

 この見込みは当たり、アジャール軍が城邑アルムドゥヌ を包囲すると、多くの将兵が投降してきて降伏勧告はすんなり通る事となった。敵味方共に無血のまま城邑アルムドゥヌ の獲得に成功したのである。

 これを聞いてファリド・レイスの頭は大いに混乱した。これらの城邑アルムドゥヌ がアジャール軍に落ちた事で、サバーハ家から独立後に獲得した領土を殆ど失ったからである。

「自分でアジャール軍の数を目で見てくる」

 こう言い出したら最後、非妥協的になってしまうファリドは二万の将兵を大偵察部隊に動員して出動した。偵察には多くても三百人で部隊を構成すれば十分足りるのであるが、主将自らが偵察に出るとなっては、一軍そのものを偵察部隊として稼動させなければならない。

 ――ファリド・レイスが偵察に動いてる。

 という情報がすぐバラザフに知らされた。

「それは確かなのだな、フート」

「ファリド自身が出る前に諜報を出しておりましたが、それとシルバアサシンが遭遇し、撃退する途中でその内の一人を捕縛しました。その者から出た情報です」

 バラザフがそれをアジャリアに上げると、アジャリアは口に僅かに笑いを浮かべて、こう命じた。

「ファリドの小僧が自ら偵察に出たがっているのであれば、それを待ち受けて、あわよくば始末してしまおう」

 アジャリアはバラザフを切り込み隊として、それにアシュール隊を付けて行かせた。後の煩わしさを今ここで消化しておけるかもしれない。だが、後の大戦に備えて強行な攻めはせぬようにと最後に加えた。


※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。


次へ進む

https://karabiyaat.takikawar.com/2021/03/A-Jambiya5-10.html


【創作活動における、ご寄付・生活支援のお願い】

https://karabiyaat.takikawar.com/2019/01/kihu.html


前に戻る

https://karabiyaat.takikawar.com/2020/11/A-Jambiya5-08.html


『アルハイラト・ジャンビア』初回に戻る

https://karabiyaat.takikawar.com/2018/11/A-Jambiya11.html


2021年1月1日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第5章_8

  バサの城邑アルムドゥヌ の城門は全て固く閉ざされ、ファリドは一歩も動かぬ姿勢を見せた。配下の者等にもアジャール軍のいかなる陥穽にかかる事の無きよう、篭城の姿勢を守る事を厳達した。すでにその声色も恐慌の色で満ちている。

 一方、攻める方のアジャリアは余裕である。  

「ファリドの小僧、ポオチャを頬張るのも忘れて、また身体が引き締まるであろう。さて、強攻めをして怪我でもさせられてはかなわぬから、ゆっくり絞めてからハラドに帰るとするか」

 アジャリアはバサの城邑アルムドゥヌ から脱出してくる民たちを自陣で歓待して、兵士達には城壁の外からファリドを挑発させておいて、それを見物させた。

 ――ポアチャ! ポアチャ! ポアチャ!

 単純だがファリドにとってはこの上なく効果的な挑発である。

 バラザフの脳裏に浮かぶファリドは真っ赤に上気して、物を投げつけ、蹴飛ばし、大暴れしていて、実に滑稽な姿であった。思い出し笑いを配下に見られると自身が恥ずかしいので我慢はしてはいるが、どうしてもバラザフの口吻からは笑いが漏れて仕方なかった。

 笑いを堪えるのに必死だったのはバラザフだけではない。バサの城邑アルムドゥヌ の内側で、ファリドの傍に仕える家臣は、目の前に主君がいるため、先程来の惨敗を忘れたかのように、今は腹の中の笑いと必死で戦っていた。

 ファリドは――、ポアチャは持っていなかった。だが、バラザフの脳裏に出現した姿とさほど遠からぬ容態で、怒りに突き動かされ、一人の大乱闘を踏んでいた。周りの備品がどんどん破壊されてゆく。

「あの……ポアチャ、お持ちしましょうか?」

「要らぬわ! アジャリアめ、人をこけにしやがって!」

 ファリドに対してのみ通用する侮辱だけに、その効き目は大きかった。

 この頃のアルカルジに居るバラザフの父エルザフは、長男とともに城邑アルムドゥヌ の守衛に勤めながらも、周辺のまだ自分達に与力していない小さい城邑アルムドゥヌ をしっかり手中に収めていた。シルバ家のやり方らしく、力攻めせず知恵でこれを取り込む事に成功している。

 地道にアジャール家の自勢力を肥えさせてゆくシルバ家の活動は、アジャリアの信任をさらに篤くし、功労が称えられるとともに、

 ――アルカルジの近辺の諸事、随意にされたし。

 とまで言わしめたのであった。

 アジャリアのエルサレム獲得の戦略路線はほぼ固まりつつあった。

 同年、カウシーン・メフメトが没し、メフメト家ではカウシーンが遺した言葉通り、サラディン・ベイとの同盟を破棄して、アジャール家との再同盟を方針を出してきた。この事はアジャリアにとっては都合が好く、東側の戦線に配慮する必要が無くなった。盤面がアジャリアの大望を果たせる状況に整ってきていた。

 カーラム暦994年、炎節――。アジャリアが俄かに病臥した。エルサレム侵攻のための兵を動かそうとの沙汰の後の事である。

「ここ数年、食欲の無い日々が続いていたのだ。地に身体が引かれるのを感じる。横なっていても沈んでいくような感じがするのだ」

 海老クライディス の殻を盛って見せていたのも、側近と計って健やかなる自分を見せるために、芝居を演じていたのであった。健康面で不安がある事を家臣達に見せては、遠征に支障をきたす。それはまだ側近にしか知らせていない。

 バラザフは、アジャリアの体調不良はこの猛暑のせいであろうと思って見ていた。ファリド・レイスに劣らぬほどふくよかだったアジャリアの姿は、バラザフが会う度に肉が落ちているように見える。

「アジャリア様、この酷暑はご自身の身体に障ります。涼風の吹き始める頃に、また軍を編成し直しては」

 しかし、アジャリアはその意見には肯首せず、

「もう少しで食欲も元に戻りそうだ。本来ならすぐにでも出陣したい所なのだ。各部隊、荷隊カールヴァーン も含めすぐに出られるように怠り無く準備しておくように」

 と覇気の無い声で命令した。


※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。


次へ進む

https://karabiyaat.takikawar.com/2021/01/A-Jambiya5-09.html


【創作活動における、ご寄付・生活支援のお願い】

https://karabiyaat.takikawar.com/2019/01/kihu.html


前に戻る

https://karabiyaat.takikawar.com/2020/10/A-Jambiya5-07.html


『アルハイラト・ジャンビア』初回に戻る

https://karabiyaat.takikawar.com/2018/11/A-Jambiya11.html