バラザフの所に弟のレブザフが来た。
「兄上、アジャリア様が亡くなったとの噂を聞きました。数年の間、自分の死を秘すようにアジャリア様に言い残したとも。兄上なら全て知っているのでは」
アジャール家の武官として役に就いているレブザフであったが、アジャリアの死を知らされる身分ではなかった。だが、この隠匿はあっけないほどの速さで家中に拡散しつつあった。それでもカトゥマルも含めて重臣等は、
――アジャリア様は病気で療養中である。
と、
「レブザフ。アジャリア様を死んだ事にするとは不敬である。アジャリア様は病気。そして療養中だ。それが現実なのだ」
この間にも公ではアジャリアが出なけばならない式典等が発生する。こうした時、式典の場には弟であるサッタームがアジャリアの席の腰を下ろす事になった。
――アジャリア様は病気の中、強いて公の場に出ている。
という現実を作り出すためである。
数年の間、自分の死を秘すようにとアジャリアは遺言した。この数年という時間を、家臣の間では三年の間と認識して、これを共有する事となり、サッタームをはじめとするアジャリアが創った
一応、形の上ではアジャリア体制を維持している一方で、アジャリアのたった一人の後継者であるカトゥマルが、アジャール家での発言権を強めていった事は自然な流れだった。同時に、サッド・モグベルなどの自分の側近が重きを成すような、人材配置にしていった。
「彼らは知恵もあるし、血筋もよい。政治力も申し分ない。だが、その政治力に比重が偏るゆえ、戦術的な思考の出来る古豪のシャアバーン、ハリティ、オワイラン殿と溝が生じてしまう」
バラザフの口から懸念が漏れた。
自分にとってはカトゥマルとは、主家でありながら親友だと思っていた。お互いに自分の考えを言い合える距離で過ごしていたので、最近のカトゥマルが事あるごとに側近の力で解決しようとして、古参の武将との間に立ち入れない一線を引いてしまっているように見えて、危うきを感じていた。
カトゥマルの母はリヤドの太守の娘である。母の生家であるリヤドで育てられたカトゥマルは、アジャリアの長男アンナムルが死んだ後、アジャリアの後継者となった今でも、アジャール家内では、「リヤド太守カトゥマル・アジャール」の印象がどうしても強く残っている。
この印象のためにアジャリアが亡くなってカトゥマルが新たな当主になっても、言い得ぬ違和感を皆に持たれてしまうのである。
カトゥマルが家臣団からぞんざいに扱われたという事は無かった。だが、モグベルなどの側近の台頭に不満を持つ家臣は徐々にこの頃から増え始めていった。
バラザフは、この亀裂を傍観することにした。
「俺は実際の
と早い段階で自分の立ち位置を定めていた。そうする事が亡きアジャリアに対する自分の報恩であると信じていた。
他方で、カトゥマルの側近たちはそうは考えなかった。カトゥマルのため、アジャール家のためと考えるより先に、
――いかにカトゥマル様に自分をよく見せるか。
――自分の出世のためにカトゥマルの出方にどう処世するか。
という腹の中に金貨の受け皿を備えているような勤め方をしていた。主人の恩寵によって急に位が上がった者によくある思考である。
アジャリアの時代は、
ところが、カトゥマルの代になった途端、カトゥマル側近の派閥、古豪の派閥、そしてテミヤト、アシュール、アブラスといったアジャール家親族の派閥に分かれた。大きな派閥はこの三つなのだが、
親族派閥は、古豪派閥に肩入れしたら、次の日は側近派閥の肩を持つというような安定感の無い動きをして、側近派閥はカトゥマルの視野を塞いで家中の裁定から遠ざけようとした。
カトゥマルに耳ざわりのよい言葉だけを入れて、側近派閥の支配権を拡張しようという、これまた王座に寄生する者にありがちな型であった。
カトゥマルの目は閉ざされても、バラザフの目からは全体が見えすぎるほど見えた。
――側近派閥は欲得剥き出しでうんざりする。
こうした思いをバラザフは内に抱え込んでおく他無かった。
昔のバラザフとカトゥマルであるならば、歯に衣着せる事なく考えを言い合えた。せめて自分が一歳でも年長であるならば、衷心を以って諫言する事も出来たろうにとバラザフは思う。
「アジャリア様が作ろうとしてアジャール家は、こんなものではなかったはずだ」
早くも巨星が堕ちた弱りがアジャール家に見え始めていた。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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