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2019年7月15日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第3章_6

 アジャリア自身はハラドから動かない。だが彼は諜報組織の活動によって、カラビヤート内外の情報を網羅出来ていた。
 アジャリア幻影タサルール 計画は、こうした諜報活動とは別の新機軸の計画である。アジャール家を九頭海蛇アダル にする。アジャール家の版図が胴であれば、アジャリアは頭である。
 体調を崩した際の当座の手当として戦場に出すならば、幻影タサルール は一人居れば足りる。しかしアジャリアの心計はそのようなありきたりのものではなく、九頭海蛇アダル の頭のように各戦場にアジャリア・アジャールを出現させてみたいのである。
 敵にとっては抜け目の無いアジャリア自らが戦場に出てくる事は迷惑この上無く、逆に味方にとっては万人の戦力を得たに等しく、将兵の士気高揚が大いに期待出来る。
 ――アジャリア・アジャールが自ら出陣している。
 全ての戦況において、これを作り出したいとアジャリアは思っている。常にアジャリア軍が十二分の実力を発揮出来れば、押しも踏ん張りも利く。効率よく戦いを進める戦場を想像して、アジャリアの食はまた進んだ。
 ファリド・レイスがサバーハ家からバスラ南の街サフワーンを譲渡された。ファリドに取り損ねたサフワーンをやるのには、バスラから追い出される形となったバシャール・サバーハを無事にバスラに戻して復権させる後ろ盾になってほしいという意図がある。
 以前にファリド・レイスを利用してクウェートに侵攻したアジャリアだが、此度もこれを皮切りにクウェート攻略を再開した。
「あの小僧、わしを差し置いてバスラを取るとは」
 バスラにバシャール・サバーハを帰還させたといっても、サバーハの今の力と、サバーハ家とレイス家が和解した事、ファリドが大手を振ってサフワーンを手中に収めた事を考えると、事実上バスラ周辺の地域がファリド・レイスの支配下になったといってよかった。
 アジャリアはバラザフがファリドを、
 ――若さに苔の生えたような男
 と評したのを思い出した。
「まさにあれだな!」
 自分の事は棚に上げ、それを白い幕で隠して、アジャリアはファリドの老獪さを蔑んだ。若者が老獪さを身につけている事、というより領土獲得で出し抜かれたのが我慢ならなかった。が、自分のそれは許されるのである。
「お前の見立ては正しかったようだ、バラザフ。ファリド・レイスは若さに苔の生えたような男、いや、苔そのものじゃ!」
 さすがにそこまで自分は言い過ぎていないと思ったバラザフだが、アジャリアがレイス軍をバスラ近辺から締め出そうとするのを、その怒気から感じ取っていた。
 ――岩から苔を剥がす、という事なのか?
 そして、クウェートに再度侵攻するという流れになっている。
幻影タサルール の手配はバラザフに任せる。サッタームの準備も手伝ってやってくれ」
 まずアジャリアは弟であるサッタームを幻影タサルール として戦場に出した。幻影タサルール 作戦を知るものはアジャール軍の中でも、ワリィ・シャアバーン、アブドゥルマレク・ハリティ、そしてバラザフ・シルバのみである。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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(2019.07.25公開予定)

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2019年6月25日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第3章_4

 これでほぼ全ての重臣たちが幻影タサルール と分らなかったわけであるから、その効果は十分に実証されたといえる。
 アジャリアの口からは、幻影タサルール 探索の他にもう一つ意外な指示が出た。
「この仕掛けをエルザフ、アキザフに話しておいてくれ」
「わざわざ、父や兄にばらしてしまうのですか?」
「そうだ。シルバ家はアサシンを多く召抱えておる。それならばいずれ露見してから不信感を抱かれるより、真意を伝えておいたほうがよい」
「そうですね」
幻影タサルール の探索にはアサシンを用いてもよい。奴等の技量はこの務めに足る」
 シルバ家を戦力として見込んで方針を立てていたように、シルバアサシンもアジャリアの計画にすでに組み込まれていた。

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2019年6月15日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第3章_3

 アジャリアの顔に焦りが見て取れる。言葉を返さず静止を解かないアジャリアにバラザフはさらに押しをかけた。
「貴方はアジャリア様の弟のサッターム様ですね。違和感を隠すための夜間の呼び出しとお察ししますが、どうなのです」
 サッタームを侮っているというわけでもないが、同じ主家筋でもバラザフの尊敬はアジャリアに対するそれほど強くはない。二人の間に言葉は流れないまま、僅かに通る風が燃料灯ミスバハ の灯火を揺らした。
 バラザフの背後の扉の後ろから噴き出す声が二人に沈黙に割って入り、それは大笑となってもう一人のアジャリア・アジャールが部屋に入ってきた。紛れもなく本人の気だとバラザフにはすぐ感得出来た。昨今の体格を以って自ずと威が示される姿である。
 十年以上、つまり今までの人生の半分以上をアジャリアの近侍ハーディル として務めた身である。アジャリアの発してきた気が自分に染み付いているのだ。本人を見分ける事など当然とバラザフは自負している。
「アジャリア様、一応お尋ねしますがこれは何なのでしょうか」
 にやりとしながらバラザフはアジャリアを見た。父エルザフに対するような距離感である。
「さすがはバラザフよ。よく見分した事だ」
 見破られた事がアジャリアには嬉しいらしい。
「主座に居るのがわしではない事ばかりか、正体がサッタームであるのも看破するとは、恐れ入るのう」
「他の者であれば、お戯れと疑われてしまいます」
「いや、普通はそれすら気付かぬのよ。お前が見破ることが出来て安心したわ」
「見破れるかどうか試したと?」
「うむ。お前の言った通りサッタームにはわしの幻影タサルール を務めてもらう。無論、実の弟を無駄死にさせるつもりはないが」
 燃料灯ミスバハ の灯火は今は揺れ動いていない。
「実はわしの幻影タサルール が後何人か欲しい。それでこの仕掛けを見破れるかどうか、一人ずつ呼び出して試していたわけよ」
「それを後ろか覗いていたのですね」
「気付いておったか」
燃料灯ミスバハ の火が揺れておりましたから。隙間風が通っている証拠です」
「参ったな、これは」
 アジャリアの仕掛けを見破れる者でなければ、幻影タサルール となる者を捜す任務を任せられない。バラザフの他には、ワリィ・シャアバーン、アブドゥルマレク・ハリティ、トルキ・アルサウドがサッタームをアジャリアの幻影タサルール と看破していた。が、バラザフの洞察力はアジャリアの予想の上をいっていた。

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2019年6月5日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第3章_2

 カーラム暦991年中頃、再びクウェートに侵攻するとアジャリアは宣言した。アジャリアの奇策は家臣たちの虚も衝いた。だが、彼の今回の意図は領土獲得には無い。 
 進発の差し迫ったある夜、バラザフは一人でハラドのアジャリア邸に来るように言われた。呼ばれた事自体、他に漏らすなとも言われている。おそらくクウェートに侵攻に関する何らかの重大な指示があるのだろうとバラザフは予想していた。
 折りしもその夜は新月。この時期の遅い日没を待ってバラザフは、ヒジラートファディーアのシルバ邸を出た。光の無い中、馬で駆けきらなければ、日の出に間に合わないし、朝までアジャリアを待たせるわけにはいかない。急がねばならなかった。
「急に呼び出した済まなかった、バラザフ」
「わざわざ月の無い夜を選ばれたのですね」
「うむ……まあな」
 燃料灯ミスバハ の薄い光に照らされる主人を見て、バラザフは、
 ――おや、
 と思った。
 アジャリア様は最近過食気味で体格が良くなったが、また痩せたのか。それに返す言葉に明瞭な切れが無い。僅かだが遅いと感じる。
「今夜、バラザフとどうしても密語の必要があってな」
「ええ、勿論」
 奇妙ではある。だが、呼ばれて来ている以上、これ自体がアジャリアの意図であると見なければならない。
「前にクウェートに侵攻した際にワシはお前に荷隊カールヴァーン の護衛を命じたな」
「はい」
「メフメト軍のアサシン団に奇襲されたときに、シルバ家で召抱えているアサシンで対応したと聞いているが」
「仰せのとおりです」
 一つ一つ確かめるような聞き方をしてくる。いつものアジャリアのように言外の会話が成り立たない。
 とうとう我慢出来ずバラザフのほうから質した。
「アジャリア様に対して余りに無礼とは存じますがどうかご容赦を。今夜のアジャリア様はいつもと纏われている気が違います。」
 微かに揺らめいていたアジャリアの気がぴしりと静止した。
「貴方はアジャリア様の幻影タサルール なのでは」
 アサシンの中には任務のために隠密タサルール という術を用いて、姿や音を消す者がいるが、バラザフは目の前のアジャリアが偽物であると見て、わざと幻影タサルール という人として認定しない言葉を使った。幻影タサルール という役目は言葉通り、消される・・・・ 事が多いからである。

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2019年5月25日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第3章_1

 新しい年になってもアジャリアの戦略は全く停滞しない。それに付随するような形でバラザフも動き続けなくてはならない。
 相変わらず、アジャール軍は広大な包囲網の中にあった。しかしアジャリアにはアジャール軍単独でこれらに対する自信がある。余りに広すぎて包囲の意味を成さぬというのが一つ。そして、
「ベイ軍とメフメト軍の不和も我等と同じくらい根深い。いずれあちこちで綻びが生じるはずだ」
 というもっともな理由があるからである。
 ベイ軍とメフメト軍が共闘してアジャール軍と戦うとすれば、アルカルジ一点である。メフメト軍は北からベイ軍は半島を海岸沿いに南下してアルカルジの南に回れば挟撃が成立する。
 そのままいけばそこが三つ巴の場になるはずである。だが、そこからアジャール軍が一歩退いてしまうと、後はベイ軍とメフメト軍の単純な衝突の構図になる。
 ベイ家は当主がサラディンになってから侵攻路線を採っていないが、精強なベイ軍を駆って以前は南に進出していた。それはメフメト家も同じで両家は過去にしばしばアルカルジで衝突している。小領主が寄り集まって出来たこの地域は、ひとつの集落を落とすとその分、僅かではあるが自分よりの領土を確実に増やす事が出来る。大きな勢力からすれば攻め取りやすい領域であった。
 アジャール軍がアルカルジ周辺を獲得出来た経緯は、ベイ軍、メフメト軍がぶつかり合い疲弊した隙に、すかさず入り込み支配を確実にしたのである。アジャール家にシルバ家が傘下として入ってからは、諜報に強い彼らにアルカルジを任せたのが功を奏して、アルカルジにおけるアジャール家の支配は安定している。
「なに、ベイ軍とメフメト軍はおそらく噛み合わんであろう」
 アジャリアにはベイ家とメフメト家を繋ぐ同盟の糸のような物が見えているようだった。そして自信のある様子からすると、アジャリアがその糸に触れて吊る事が出来るようでもある。
 家来達にこの裏は全く読めなかった。ただ、
 ――また、アジャリア様が深謀で何かを掴んでおられるのだ。
 と、アジャリアの自信に乗った安堵感のみはしっかりとあった。

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2019年5月5日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_41

 今度はアジャール軍が窮地に立たされる番である。盤面を見ると領土拡大に成功したようではあるが、ファリド・レイスによって反アジャール軍がひと繋ぎになったために、エルサレムへ向かうほぼ全ての道が閉ざされた事になる。
 どこかで搦め手へ回られると、途端にそこが包囲され、壁に鉤を掛けて引き剥がすように奪われてしまう。一つ穴が開けばすぐに次が取られるだろう。
 アジャリア・アジャールはクウェートの街を棄てた。ハラドまで戻って前線を固める策を練るためである。
 攻撃の指示を今かと待ち構えていたバラザフは、戦意を発揮する場所を与えられず、急な退却を受けて肩から脚まで脱力した。辛うじて首だけは上がる。
 退却時にバラザフに命じられたのは兵站の荷隊カールヴァーン を無事にハラドまで送り届ける任務だった。戦場で戦うのとは異なり、無事に目的地に着くまで、敵のや夜盗の類の奇襲に備えて、常に緊張感の中に置かれる仕事である。

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2019年4月15日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_39

 アジャリアの下に帰ってバラザフはファリドとの調子の調わない会見を報告した。
「バラザフ、お前はファリド・レイスという人物をどう見た」
 事実報告を終えたバラザフにアジャリアは尋ねた。バラザフが言葉に詰まっていると、
「お前の単純な感想を聞きたい」
「若さに苔の生えたような男だと思います」
「それは面白い表現だ」
「はい。かのお人からは結局光を感じ取る事は出来ませんでした」
「老成していると?」
「そういった練れた器にも見えませんでした」
「本音を見せぬという事だな」
「それに……」
「まだあるのか」
「私はあいつが嫌いです」
「そうか! 嫌いか」
 正直ついでに本音を全て漏らしたバラザフの言葉に、アジャリアは呵呵大笑した。
「これは愉快。だがな――」
 ひとしきり笑ったアジャリアは、ファリド・レイスという人物をバラザフに語って聞かせた。それによれば、彼は多感な幼少期をフサイン軍、サバーハ軍の俘虜として過ごし、それらの交渉材料として物を取引するように扱われた。俘虜のファリドの生活は本来あるべき貴人のそれとはかけ離れたもので、この世の汚泥を全て被ったかのような環境下で他人に胸襟を開くという事など有り得ず、バラザフを見下したような態度も彼の過酷な生い立ちを鑑みれば、無理の無き事と言えた。
 自分が味わった苦労に比べれば、同年代の者の経験など童子トフラ とさして変わらぬという思いがあっただろう。若者の光と無縁のまま成人してしまったのは至極当然である。
 周りに人が居ないという孤独は辛い。だが本当に人が居ないという事は砂漠で遭難でもしない限り現実にはあまり有り得た事ではなく、真に辛さとなるのは、人の中に居るときの孤独。それが一人の人間の心を情け容赦なく締め付け、歪めてゆくのである。
「窮めて哀れな御方だったのですね」
 アジャール家に厚遇され城邑アルムドゥヌ まで持たせてもらっているが、バラザフも最初は人質としてハラドに送られたのである。人生の種々相を見せられた思いがして、バラザフは心ひそかに目の前のアジャリアに感謝した。
「私と会っている間、ほとんどポアチャを頬張ったままでした。そのせいか、何というか……若い割には肉付きがよろしいようで」
「ほう、ファリドがなぁ。わしが昔配下に調べさせた情報によると奴は腹の肉が割れる程、鍛錬には精を出していたようだが、変われば変わるものよ」
 そう口にしたアジャリアには少しずつ肥えてゆくファリドの心情がわかるような気がした。彼は過去の不遇を憎んでいる。そればかりか過去の自分をも憎み続けている。それで太る事で風貌を変えて過去の己を消し去るという負の克己なのではあるまいか。自分の増長的な食欲とは対になるものなのだろう。
「そうか……。分った」
 とアジャリアはバラザフを下がらせた。
 食べるという事を意識した途端、彼の胃袋は何か食わせろと強烈に自己主張を始めた。アジャール家では胃袋までが厚遇されている。

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2019年3月5日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_35

 ハラドから一部隊がバラザフの部隊に合流しようとしている。その部隊を待つためバラザフは合流地点で進軍を止めた。
 寒風はハラドにも来た。
「風が乾いておるな。水の補給に心を配らねば」
 野心に燃えるアジャリアの身体は寒さなど受け付けぬらしく、悠然とアジャリア本隊を北へ進めた。クウェートの南、カフジという街が合流地点で、そこまで一週間程の行程である。カトゥマルの部隊もリヤドを進発した。
 ――レイス軍、バスラを包囲。
 伝令からアジャリア本隊に情報が入れられた。
 バスラはクウェートの北の大きな街である。本来、レイス軍のような小さな勢力に手に負える要所ではないのだが、サバーハの威が弱まっている事と、アジャール軍のお蔭で南から衝かれる心配が無い事とで、ファリドは大きく出たのである。
「まったく。意外と簡単にいけるではないか。こんな事ならさっさと取っておくべきだった」
 そう言うファリドの中にはすでに、ファハド・サバーハ存命中に小さくなっていた自分は居なかった。

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2019年2月26日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_32

 アジャリアの子アンナムルが言葉にしていた事が世に具現化して来たかのようである。
 カウシーンが見透かした も外れていなかった。ファリド・レイスは思案の末、アジャリアにクウェートという馳走の載った皿を見せられ、それを半分食う話に乗った。これはハイレディン・フサインとの蜜月な関係からかなり距離をあける事も意味している。
 メフメト家は割りと領土に恵まれている。乱世の始まりから勢力を拡大していたメフメト家は、ある意味では成長期は終わり、今の領土を守るだけで十分であるという時期に入っている。
 これに比べてアジャール家はハラドからリヤドへ拡大し、ジャウフ近辺も押さえるまでに成長したとあっても、実際手に入れたのは砂ばかりで、このまま成長を続けて、衰退著しい現大宰相サドラザム のスィン家を押し退けて覇権を握ってやりたいとアジャリアは思っている。

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2019年2月25日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_31

 カーラム暦990年の終わり、新たな年が来る直前になって、アジャリアがクウェートを攻めると再び言い出した。
「前にも言ったがわしのクウェート侵攻には大義がある。サバーハ家を護るという大義がな。もたつくなよ。クウェートがフサインやらレイスやらに食われてしまう」
 と大義を表に掲げて家臣を立たせたものの、その家臣達でさえアジャリアの言葉に領土欲が滲み出ているのを肌で感じていた。が、主命であるので、アジャリアの大義を意図して好意的に受け取ってここはそれぞれ己を奮い立たせるしかない。
 家来達はこれで済むが、外部にはこうした建前は虚言としか受け取れない。
「欲を見透かされるのが分かっていて、猶大義を打ち立てようとするのが憎らしい」
 アジャリアのクウェート侵攻を見て、アジャール家のもう片方の同盟相手であるカウシーン・メフメトは苦い表情を露にした。というのも彼が見えていたのはアジャリアの欲深さのみならず、フサイン家、レイス家の対抗措置と言っておきながら、その裏で同盟し口裏を合せている。
 そしてレイス家とサバーハ家の領地を山分けした後、バシャールを追い出すなり、監禁するなりすれば、ほぼ労なくして益を得る事になる。
 アジャリア家の領土が殖えるのも気に入らなかったが、大義を旗に振って偽善を成そうとする様がカウシーンには許せなかった。メフメト家も元はと言えば、乱世の騙し合いの中でなり上がってきた類なので、人の事は言えないのだが、アジャリアのように人欲に偽善の衣を着せるような事はしたくないと、カウシーンにはカウシーンなりの矜持があった。
「シアサカウシン。アジャリアにはこれまでだと言っておけ」
 カウシーンはアジャール家とは手切れとしながら、
「ベイ家と手を組んでアルカルジ辺りを挟撃してやりたいが、あそこにはシルバの倅が入ったと聞く。全く手抜かりの無い事だな」
 とベイ家と共闘する道を探り始めた。

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2019年2月21日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_27

 バラザフは今とても忙しい。
「バラザフにアンナムルの配下であった部隊を任せようと思う。宜しく教練してやってくれ」
 と、アジャリアから指示されたのであった。
 エルザフが言った通り、家を継いだくらいの力をバラザフは手に入れたのである。とはいえこれは生半ではない大任であった。というより骨が折れそうである。
 アジャリアは兵を教練せよと言ったが、それは
 ――アンナムルの配下であった海千山千の者等を手懐けよ。
 という事であり、おそらく二十そこそこのこの若者を侮ってくる古参等を巧く使いこなす器量を、アジャリアにも部下達にも示さなくてはならない。
 同じような命令は弟のレブザフや、先にアンナムル反乱軍に類を連ねて粛清されたヤルバガ・シャアバーンの弟ワリィ・シャアバーンにも下された。
 弟のレブザフはバラザフが任された部隊の下部組織を、ワリィ・シャアバーンは兄と二人で率いていた駱駝騎兵部隊を一人で請け負う事となった。

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2019年2月19日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_25

 カーラム暦990年、身内に火種を揉み消してすぐにアジャリアは、クウェート攻略作戦の開始を命じた。これとほぼ同時期にシルバ家ではバラザフに長男が誕生した。遠くバグダードでは後に大宰相サドラザム となるファイザル・アブダーラが同年、この世に生を受けている。もっとも彼はこの時点ではまだ貧しい平民レアラー で歴史の主道に乗ってはいない。
 シルバ家の長男の方は、サーミザフと名づけられた。今後、カトゥマル・アジャールの長男シシワトと共に成人を迎える。そして、サーミザフはファリド・レイスの家来に加わるという数奇な運命を辿る事になる。数奇といえば、この乱世に生きる全ての人間が数奇な運命に翻弄さてゆくのだが……。
 新しい世代が生まれると同時に旧い世代は年老いてゆくのが世の道理である。孫が生まれたのを機にエルザフは、
「私も五十を越えました。そろそろ当主の座を明け渡そうと思います」
 とアキザフを当主にして隠居を家中に宣言すると同時に、主家のアジャリアにもこの旨を願い入れた。
 アジャリアも、
「わしの目から見てまだまだシルバ家にはエルザフを越える謀将アルハイラト は出ていない思うが、無理を強いるわけにもいくまい。大事が起きた時はまだまだアジャール家を援けてくれよ」
 と思いを置きながらもエルザフの引退を認めた。アジャリアの思考もすでにシルバ家の知謀を抜きには考えられぬ所まできていた。
 バラザフの才を好いて近侍ハーディル に取り立て、賞賛も絶やさないアジャリアだったが、実の所はまだ彼を実成した将とは見ていないのである。

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2019年2月17日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_23

 扉は壊れようとしていた。闇の奥の邪視アイヤナアルハサド を見た父エルザフの指示通り、バラザフは一切の知覚を閉じた。
 ――とにかく関わってはならない。思考さえもほぼ停止させた。元来知恵の回るバラザフにとって、これは逆に気熱を大いに消耗する苦行である。
 最も注意せねばならぬのが噂好きのナウワーフとの会話だが、彼との間にもしばらく私語をせぬよう固く取り決めていた。ナウワーフも察しの悪い男ではないので、その理由を敢えて尋ねるような事はしなかった。
 また が飛んできた。
 ヤルバガ・シャアバーンに続いて、アンナムル寄りの連累がどうやら二百名近く粛清されたらしい。
 アジャリアは父ナムルサシャジャリを追い出した時のような手際で、アンナムルを寺院に閉じ込め、飛び交うを素早く始末した。
 父子相克の火種が未だ燻る中、アジャリアはカトゥマル妻にハイレディン・フサインの娘を迎えた。
「この婚儀について妙な憶測をする者がいます」
 ある日、固く口を閉ざしていたエルザフがバラザフに語りだした。
 アンナムルとその連累が蜂起したのは、この婚儀が気に食わなかったためだと言う者が居るのだという。だがアンナムルは賢君アジャリアの子らしく、そのような狭量ではなく、寧ろ弟であるカトゥマルの結婚を心より喜んでやれる程の器量なのだと、あまり他人の事情に首を突っ込まないエルザフにしては珍しく、アンナムルを俎板に載せて、細かく切って見せた。
「意見が対立したとはいえ、跡継ぎに有能な者が生まれるというのは父としては嬉しいものです。アジャリア様も時期を見計らってアンナムル様を呼び戻されるでしょう」
 口に蓋をするような緊迫感からこれでようやく解放されるのかと安堵したものの、跡継ぎと聞いて、バラザフは少しばかり苦い色を浮かべた。兄たちと較べて自分の方が跡継ぎに相応しいとまでは言わないが、仮に自分は跡継ぎには役不足で凡庸なのかと問われれば、言下に否定出来る程の自信家は、しっかりとバラザフの中に棲んでいた。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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2019年2月16日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_22

 二人の摩擦の熱は引いた。だがそれも長くは続かず騒乱は起こった。
 ――アンナムル反乱軍蜂起!
 アジャール家は震撼した。カーラム暦987年の事である。
 アジャリア様をお護りするのだと言ってアジャリア寄りの将等が各城邑アルムドゥヌ に声掛けし、ハラドは血気に沸く士族アスケリ で溢れかえった。
 ――ヤルバガ・シャアバーンを誅伐せり!
 騒動の中心に居るアジャリアは、騒ぎを大きくするのを好まず家来達に不確かな情報を流すのを禁じたが、こうした報せは矢のように飛んできて、また誰かが矢を自分の弓に番えて飛ばしてゆく。人の意思ではどうにもならぬ、治から乱への流れがあった。 

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2019年2月14日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_20

 これら道義と戦略とを鑑みて、アンナムルは舵を切るアジャリアの腕を掴もうとしていた。
「バシャールを殺すつもりなどない。寧ろわしが救ってやるのだ」
 つまり威勢の衰えたサバーハ家を潰さずに、剣を交える事無く配下に収めてしまおうというのである。今や周辺から虎視眈々と領土を狙われているサバーハ家が他家から潰されないように、存続の配慮をしてやるのは救済と言えなくもないが、きわめて微妙な所であろう。
「それでは家来達がネフドに流してきた万斛ばんこくの血を、父上が無駄にしたと取る者も出て参りましょう」
「ジャウフを放棄するとは言っておらぬぞ」
「度重なるベイ軍との衝突によってアジャール軍は衰弱しているのです。両方の戦線を維持する事など不可能。死を恐れぬサラディンは何度でも来ます。私には益無き未来しか見えません」
アンナムルがたかが水牛ジャムスの群れを恐れるとは情けない。今傍観しておればクウェート、バスラ一体をフサインやレイスの者共に食い散らかされてしまうのが分からんのか!」
 このアジャリア、アンナムル父子の撞着によって、アジャール軍の武人達も揺れ動かされていた。

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2019年2月13日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_19

 アジャリアの壮図は無限に拡がってゆく。食欲が出て仕方が無かった。
 ――ああは言ってはいるが、父も勿論自分も船になど乗ったことすら無いではないか。
 アジャリアのこの舵取りにアンナムルは不服である。というより許しがたかった。
 バシャールの妹を妻としてアンナムルは娶っている。勢いが弱まったとはいえ、サバーハ家との婚姻同盟を反故にしてよい事では全くない。自分の事は心配しなくていいと言いつつも、表情に濃い翳りが見える妻とその傍で不安がる長女がアンナムルは不憫でならない。
 アンナムルが物心ついた頃にはアジャリア家の勢力はほぼ調っていて、つまりは一地方の雄として圧しも圧されもせぬ安定を手にしていたのである。ナムルサシャジャリからアジャリアにかけて持っていた生き抜くためのしたたかさは次第に薄れ、アンナムルの世代では道義的な価値観が強くなっているといえる。
 アンナムルの不安は戦略面にもある。これまでアジャリアはネフド砂漠を攻略してジャウフ辺りからエルサレムに進む戦略方針を立てていた。そのためのネフド砂漠への侵攻であり、これが各士族アスケリとの確執を生み、こちらが勝ったのだと喧伝しているにせよ、結果はベイ軍に挫かれたのである。
「一度挫かれたのであれば、武備を整え機を見極めるべきだ」
 とアンナムルは主張する。
 肉食であるアンナムルも一度狩に失敗すれば、次は居並ぶ水牛ジャムスの角に衝かれて命を落とす事も有り得る。サバーハ軍や、レイス軍、フサイン軍と較べて、戦力の上ではこちらが圧倒的に強くとも、この場合戦機に勢いが無い。
 このような客観的な彼我の実力差を推知する頭と目とを具備していたがために、アジャリアは今まで戦いで下手を打たずに済んできたのではなかったか。
 アンナムルの目に映るアジャリアは、ずらりと並べなれた馳走に目が眩んでいるようだ。そして食事の皿を空けては次々と積んでゆく――。

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2019年2月12日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_18

 自分の意思をほぼ無視された形でバラザフは夫人を娶る事になったが、夫婦仲は決して悪いものでないらしく、翌年には早くも長女が誕生し、それを始めとして続けて長男サーミザフ、そして次男ムザフが産まれた。
 こうしたシルバ家の円満な家庭作りに反して、これに大いに寄与したといえるアジャール家の方は、戦略目標の舵をきった事でアジャリアと子のアンナムルとの間の諍いでアジャール軍が割れ始めている。アンナムルはカトゥマルの兄である。
 砂漠とは旅を阻む脅威である。
 海や川を渡るための乗り物は何かと問えば、人は迷わず「舟」と答えるだろう。では、砂漠であったならばどうか。
 おそらく「駱駝」という答えが最も多いだろうが、海に対する舟ほど答えに明確さが無いだろう。確かに砂漠を渡るのに駱駝は有用である。しかし、水に浮かべた舟ほどは、はっきりと機能出来ないといえよう。
 砂漠の大船の舵はクウェートへ向けてきられた。その事がアンナムルには受け入れられない。
 ハラドのアジャリア・アジャール、オマーンのカウシーン・メフメト、クウェートのファハド・サバーハは、緊張感を持ちつつも同盟によって三角均衡を保っていた。が、その一角であるファハド・サバーハがバグダードに侵攻した際、逆にハイレディン・フサインに奇襲され戦死した事により、この均衡を大きく崩れ始めようとしている。
 当初、アジャリアとカウシーンは同盟相手のサバーハ家を援ける事を決め、ファハドの子バシャールに合力してハイレディン・フサインを討伐するつもりであった。この時代のフサイン家は、これらの軍が攻め寄せれば簡単に踏み潰されてしまう程の弱小勢力でしかなかったが、肝心のバシャールが討伐に踏み切れぬうちに、ハイレディンの勢力成長をゆるす事となった。
 さらにはサバーハ家の傘下にあったナーシリーヤの太守ファリド・レイスが独立してしまったため、サバーハ家はついに周辺を敵に囲まれる結果を招いた。サバーハ家は北、南、西から遠巻きに鋭く光る矛先が向けられている。東方面の諸侯の向背は定かではないが、援助はまず期待できないといってよい。
 実際、元来領土欲の強いアジャリアは、
 ――今ならばクウェートを取れる!
 と息巻き、俄然元気になって食も進む有様である。
 今のサバーハ家相手ならば、いちいちベイ家から道を阻まれて、ネフド砂漠の各城邑アルムドゥヌを落としていくという遅々とした征服計画より余程利のある戦いが出来る。
 ジャウフとアラーの街は押さえてある。ベイ軍を退けながらここから無理に西へ進まずとも、クウェートを押さえ、北西へナーシリーヤ、バグダードを落としてゆけば、そのままエルサレムへ上ってアジャール家の覇をカラビヤート全土に知らしめる事が出来る。当然行く先にフサイン家とレイス家が 勢力が拡大しているとはいえ、まだまだアジャール軍に敵対てきたう力などない。
 ――前方に小船。だが弾き飛ばしてよい。
 バグダードを押さえれば、ジャウフとアラーと直線状に交易路が出来るし、クウェートを手中に収める事で東のアルヒンドへの進出すら可能になる。エルサレムとベイルートを取ってしまえば、東西の海がアジャール家によって繋がる。

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2019年2月3日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_9

 ズヴィアド・シェワルナゼの出身はクウェートである。アジャール家の士族アスケリとして仕えるようになる前は、カラビヤート内外を経巡り、その土地土地で戦術を咀嚼して、各地の戦力関係や民情を把握して情報を己が財産としており、アジャール家の執事サーキンヤッセル・ガリーと知遇を得たのを緒縁に、その縦糸はアジャリアに結ばれた。これがカーラム暦965年。シルバ家がアジャール家の傘下に入ったのはここから三年経った話である。
 元々、ズヴィアド・シェワルナゼの家はクウェートの士族アスケリ家だったが、ズヴィアドは家族と揉めて家を出て各地を旅する身となり、アジャール家という主道に乗ったとき、ズヴィアドは一介の平民レアラーに身を落としていた。
 それが誰の栄光であろうとも人は他人の出世を嫉ましく思うものである。平民レアラーだった者を再び士族アスケリに引き上げ、さらにアジャリアがズヴィアドに参謀アラミリナの重役を与える事は重臣から摩擦を含め様々な障碍を浮き上がらせた。これに苦慮しているアジャリアに、ズヴィアドの保証人ともいえるヤッセル・ガリーは、
「ナムルサシャジャリ様の名前を使っては如何でしょう」
 と薦めた。
「父上の名前を?」
 ヤッセルのからくりとはこうである。ズヴィアド・シェワルナゼは齢六十過ぎ。追放されたアジャリアの父ナムルサシャジャリと世代がきわめて近い。ナムルサシャジャリとズヴィアドとの間の親交をでっちあげ、ナムルサシャジャリの命でアジャリアの参謀アラミリナになって支えるために、ズヴィアドに各地で見識を高めさせていた、事にするというのである。
 これならば現当主アジャリアを慕う家来は元より、ナムルサシャジャリ追放の際にアジャリアの粛清を恐れながらも内心ではナムルサシャジャリに懐いていた重臣たちも一応収攬出来る。本人に確かめようにも、ナムルサシャジャリは遠くクウェートのサバーハ家に居候しているので捏造の埃に光が当てられる事はまず無いと見ていい。
「これでじい・・の面目も立ちましたわい」
 そう笑うヤッセルだが勝れた人材をアジャリアの財とする事以外には意図は持っていなかった。ベイ軍との決戦を前に一人でも多くの知恵者が欲しい。

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2019年1月28日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_2

 サルマーン・アジャール、後のアジャリア・アジャールは重臣らと共謀し、父ナムルサシャジャリを門から入れず、クウェートのサバーハ家に預ける事にした。預けるといっても事実上の永久追放で、アジャリアはハラドの無血革命に成功した事になる。
 当主となったアジャリアは、リヤドを侵略し、タラール・デアイエと領土獲得戦を繰り広げるなど、ネフド砂漠へと領土欲の枝葉を伸ばし始めた。
 アジャリアの侵略戦争もここまでは順調に見えた。だが戦線を拡大してゆくにつれて、彼がネフドから追い出した地元の士族アスケリが援けが徐々に必要になってきた。
 その折を見極め、エルザフ・シルバは怨恨あるアジャール家の懐に入り込み、アジャリアの下、一応、重臣の籍に身を置く事となった。これがカーラム暦968年の事で、バラザフが生まれたのがこの次の年の989年である。
 ネフド砂漠から自分達を追い出したアジャール家の禄を食む事に、当然エルザフの中に悩みが生ずる。だが、そこは元来合理的な頭のシルバ家であるので、最優先すべき事は何かと考えた場合、それはシルバ家の旧領回復であるから、アジャール家と共に生きるという道を選んだのである。
 その合理的な頭でさえも、当初は、
 ――まるで冥府に籍を置くようなものだ。
 と、自らの境涯を皮肉り、あるいは死ぬ気で仕えるという臨死的覚悟を以って、アジャールという鋳型の中に焼けた鉄を流し込んでいったのである。
 そして、その鋳型には自分の反感の情だけでなく、親族も入れなければならない。即ち、アジャール家服属の約定の証として、エルザフは息子達のうちバラザフをアジャール家に取られ、この時からバラザフの身はハラドに置かれている。
 アジャール家がネフド砂漠侵攻に先方としてシルバ家を用いるため、旗を反さない確証としての「人質」を求めたという事である。アジャリアの賢い所は、たとえ人質であっても有能な者は上役に取り立てて、しかるべき処遇をしてやる所であり、バラザフの中に利発さを見たアジャリアは、彼を近侍ハーディルに抜擢したのである。
 我が子が主家に重用されているという安心もあってか、バラザフの父エルザフは十分に能力を発揮した。シルバ家が「謀将アルハイラト」と評され始めるのもこの頃からで、エルザフは己が知略を用いて、アジャール家の侵攻の枝葉を四方に伸ばすのに大いに貢献した。

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2019年1月27日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_1

 カーラム暦969年にバラザフは誕生した。ナウワーフはバラザフより二歳年上である。そしてアジャリアの子、カトゥマル・アジャールも年近くバラザフの一つ上である。
 ――カトゥマル様がお母上と共にリヤドに移られるそうだ。
 子供の頃から何かにつけてナウワーフは情報を聞きつけて来るのが好きだった。特にカトゥマルついては知らぬ仲ではなく、主家の血筋でありながらも、アジャリアの跡目と周囲からも目されていない事もあって、バラザフも加えて三人は親友として付き合っていた。
 リヤドでカトゥマルが養育されるようになって後も、彼がたまにハラドに訪れる際には、必ず三人で遊びに行く関係が出来上がっていた。
 結局、カトゥマルはアジャール家を継ぐ事になった。
 そのカトゥマルが懐刀としてバラザフにナウワーフ、そして近侍ハーディルの面々を重用したのは当然過ぎる事といえた。
 ナウワーフの家は名家である。彼の父は、アジャリアが追い出したアジャリアの父「アジャール家の猛虎」ナムルサシャジャリの代からアジャール家に仕えている。ナウワーフは父に似て度胸があり、奮闘する質だ。そして社交家で利発な男でもあった。アジャリアはナウワーフのその辺りを気に入って近侍ハーディルに取り立てた。
 元々、重臣の家であるナウワーフと比べて、バラザフのシルバ家はアジャール家の者になってからまだ日が浅い。シルバ家は小さいながらも独立した士族アスケリであった。
 リヤドやジャウフを囲うネフド砂漠には、小領の領主達がひしめき合っている。バラザフの父エルザフもそうした小領主達の一人であった。
 ナムルサシャジャリ・アジャールは縁戚であるリヤドの領主と連携し、シルバ家の所領に攻め込んだ。場所としてはリヤドの少し北。カーラム暦963年の事である。
 弱小勢力である当時のシルバ家やその他の領主が合力しても、ハラド、リヤドの連合軍に抗う術など無く、シルバ家はアルカルジへと落ちて行き、そこの領主に身を寄せる事となった。
 戦勝して帰ってきたナムルサシャジャリは、ハラドの街の門を潜る事は出来なかった。子のアジャリアの反逆である。

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