2019年4月5日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_38

 正直バラザフには荷が重い。何せまだまだ小隊長格の自分が主君の同盟相手に上から物を言わねばならないのである。相手の人となりが全く分らぬ上に、ファリドの出方や細かな心の機微も見落としてはならなかった。
 バラザフが面会を求めに行った時、ファリド・レイスはまだバスラを包囲している最中で、バラザフはファリドの野営陣に通された。
「すんなり分け前を寄越すまいとは思っていたが、こちらの取り分まで邪魔するというのか」
 バラザフの口上にファリドは怒った。当然の反応である。語気を抑えただけまだ辛抱強いと言える。
 バラザフとしても損な役目であるが、この瞬間二人の間に出来た大きな溝は生涯に亘って尾を引く事となった。
「なぁ、バラザフとやら。俺はバスラを取るのに忙しいのだ」
「存じております」
 ファリドは使者との会見であるにもかかわらず、ポアチャを脇に置いて齧っている。
 完全にバラザフが若造だと思ってなめてかかっている。が、ファリド自身、バラザフを侮っていい程、歳を経ているわけでは全くない。この時ファリド・レイス二十六歳、バラザフ・シルバ二十二歳である。
「どうだろうバラザフ、俺には会えなかった事にして帰ってはもらえまいか」
 正気で言っているのかとバラザフは疑った。アジャリアに嘘を報告するつもりも毛頭無いが、仮に会えなかったと言ったとして、そんな事を信じるアジャリアではない。ファリドがこちらの申し出を断ったと受け取り、レイス家はバスラ諸共アジャール軍に踏み潰されるのがおちである事は、バラザフの目から見ても簡単に分る。
 要求をいかにして飲み込ませるか思案していると、
「冗談だ。サフワーン攻撃はやっておくと伝えておいてくれ」
 と、もってまわったような承諾をファリドは返してきたのだった。
 バラザフは一応冷静に心の目を働かせ、ファリドを観察していた。だが、どうにもこの人物を掴む事がかなわない。ただ、
 ――こいつは嫌いだ。
 と率直に感じた。若者が放つ独特の光がこの男には無かった。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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