タラール・デアイエはまがった事が嫌いな男である。また武人としての武が烈 しい領主であるために、アジャール側の見方はどうしても猪突な印象を拭い去る事が出来ず、この盲点がアジャリアとしては稀な敗戦を招いたのである。
「あの砦は双頭蛇 そっくりだ。二つの頭が互いを援けるように動く。胴を叩いても勿論頭にやられるから、こちらもやり様がない……」
攻城に加わっていたエルザフも、己が力量不足を感じて苦々しく呟いた。
「アジャール軍が掛かっても落とせなかったのに、小勢の我らが力攻めで勝てるわけがない。謀将 の智恵の見せ所か……」
程なくしてハラドのアジャリアに、エルザフがハイルを陥落させた、との報せが入った。先の戦いでエルザフらの先鋒がハイルを落とせないのを受けて、アジャリア本隊を向かわせる算段をしていただけに、これはアジャリアにとっては嬉しい誤算だった。
剛攻めが無理と踏んだエルザフはアサシンを遣った。弱小勢力であるシルバ家は、周囲の領主達と互角に渡り合うために、アサシンを多数雇っている。シルバ家の自由な宗教気風を好いて、アサシン等が寄り付き、シルバ家が抱えていけるアサシンは、その家財に比して多いものだった。後にアジャリアの孫であるレオ・アジャールも、エルザフの孫のムザフのアサシンとなり右腕として大いに暗躍する事になる。
エルザフの命を受けたアサシンは、ハイルに潜入し夜の内に塔の見張りを倒し内側から門を開けた。そこからはまるで戦いにならない程、シルバの兵達は一方的にデアイエの兵達を駆逐していった。
暗殺型のアサシンを派遣して、直接タラールの命を奪う手も無くは無かったが、万が一不首尾に終わった場合、アジャリアの顔に泥を塗る事にもなりかねない。故に開門させた後、兵を以って討つという比較的手堅い手段をとった。
シルバ家がアジャール家という大樹の枝の一つとなったとき、エルザフは大樹が伸びていく過程で、自分達も旧領であるリヤド近辺の小さな集落を回復し、戦功次第ではその近くのアルカルジも得られるやも、という程度の期待しか持っていなかった。
だが、父ナムルサシャジャリを追放したハラドの街の無血革命の手腕を鑑み、さらにアジャリア本人の器に直に触れてみて、
――存外伸びるかもしれぬ。
という明るい展望を抱くようになった。この大器に蜜を注いでいけば、いずれは自分達にも余剰に与れる日が訪れる。父を領地から追い出す、と言葉では簡単なようであっても、その実、昨日まで父に従っていた家来達を一人も漏らさず掌握するという難事であり、それを成したという事に、アジャリアの恐るべき統率力と計画性の高さが窺い知れるのである。
「アジャリア様のネフド砂漠侵攻を援ければ、いずれシルバ家がリヤドの主になる日も来るかもしれない。いや、さすがにそれは欲張り過ぎか」
小領を守るだけでも、これまで四苦八苦していたエルザフには、リヤドという大きな領地さえ手に入れれば、それによって守る事くらいは簡単に思えたのだが、持たざる者共通の、獲得するという夢幻に彼が在ったとしても、何人もこれを嗤う者は居ないはずである。
アジャール家に身を寄せるようになってから、シルバ家の評判は良くなかった。特にシルバ家と同様のリヤド周辺の小領主達からは裏切り者ように見られ、自分達はああはなるまいと頑なに守りの姿勢を強めたのだった。
しかし、今回のハイル陥落の戦功を見て、シルバ家の評価は一変、その強さを印象付け、その知略を敵に回したくはないという、恐れとも、羨望ともつかぬ感情を彼らに持たせる事になった。
こうしたシルバ家周囲の小領主達よりもさらに、アジャリアはエルザフの事を評価した。
「エルザフ・シルバこそ我らアジャール家の柱と言って良い。此度の戦功によりアジャリア・アジャールの名を以ってシルバ家の旧領回復を認める」
エルザフの功を認める言葉の裏に、エルザフ・シルバが今回の手柄を立ててくれたという喜びがある。つい昨日来たばかりのような、新参の士族が、真摯にアジャール家の為に働いてくれた事にアジャリアは感謝した。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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「あの砦は
攻城に加わっていたエルザフも、己が力量不足を感じて苦々しく呟いた。
「アジャール軍が掛かっても落とせなかったのに、小勢の我らが力攻めで勝てるわけがない。
程なくしてハラドのアジャリアに、エルザフがハイルを陥落させた、との報せが入った。先の戦いでエルザフらの先鋒がハイルを落とせないのを受けて、アジャリア本隊を向かわせる算段をしていただけに、これはアジャリアにとっては嬉しい誤算だった。
剛攻めが無理と踏んだエルザフはアサシンを遣った。弱小勢力であるシルバ家は、周囲の領主達と互角に渡り合うために、アサシンを多数雇っている。シルバ家の自由な宗教気風を好いて、アサシン等が寄り付き、シルバ家が抱えていけるアサシンは、その家財に比して多いものだった。後にアジャリアの孫であるレオ・アジャールも、エルザフの孫のムザフのアサシンとなり右腕として大いに暗躍する事になる。
エルザフの命を受けたアサシンは、ハイルに潜入し夜の内に塔の見張りを倒し内側から門を開けた。そこからはまるで戦いにならない程、シルバの兵達は一方的にデアイエの兵達を駆逐していった。
暗殺型のアサシンを派遣して、直接タラールの命を奪う手も無くは無かったが、万が一不首尾に終わった場合、アジャリアの顔に泥を塗る事にもなりかねない。故に開門させた後、兵を以って討つという比較的手堅い手段をとった。
シルバ家がアジャール家という大樹の枝の一つとなったとき、エルザフは大樹が伸びていく過程で、自分達も旧領であるリヤド近辺の小さな集落を回復し、戦功次第ではその近くのアルカルジも得られるやも、という程度の期待しか持っていなかった。
だが、父ナムルサシャジャリを追放したハラドの街の無血革命の手腕を鑑み、さらにアジャリア本人の器に直に触れてみて、
――存外伸びるかもしれぬ。
という明るい展望を抱くようになった。この大器に蜜を注いでいけば、いずれは自分達にも余剰に与れる日が訪れる。父を領地から追い出す、と言葉では簡単なようであっても、その実、昨日まで父に従っていた家来達を一人も漏らさず掌握するという難事であり、それを成したという事に、アジャリアの恐るべき統率力と計画性の高さが窺い知れるのである。
「アジャリア様のネフド砂漠侵攻を援ければ、いずれシルバ家がリヤドの主になる日も来るかもしれない。いや、さすがにそれは欲張り過ぎか」
小領を守るだけでも、これまで四苦八苦していたエルザフには、リヤドという大きな領地さえ手に入れれば、それによって守る事くらいは簡単に思えたのだが、持たざる者共通の、獲得するという夢幻に彼が在ったとしても、何人もこれを嗤う者は居ないはずである。
アジャール家に身を寄せるようになってから、シルバ家の評判は良くなかった。特にシルバ家と同様のリヤド周辺の小領主達からは裏切り者ように見られ、自分達はああはなるまいと頑なに守りの姿勢を強めたのだった。
しかし、今回のハイル陥落の戦功を見て、シルバ家の評価は一変、その強さを印象付け、その知略を敵に回したくはないという、恐れとも、羨望ともつかぬ感情を彼らに持たせる事になった。
こうしたシルバ家周囲の小領主達よりもさらに、アジャリアはエルザフの事を評価した。
「エルザフ・シルバこそ我らアジャール家の柱と言って良い。此度の戦功によりアジャリア・アジャールの名を以ってシルバ家の旧領回復を認める」
エルザフの功を認める言葉の裏に、エルザフ・シルバが今回の手柄を立ててくれたという喜びがある。つい昨日来たばかりのような、新参の士族が、真摯にアジャール家の為に働いてくれた事にアジャリアは感謝した。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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