2019年1月24日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_28

 アジャリアはサラディン急襲の間に一度も剣を抜こうとしなかったが、その理由をバラザフが尋ねたところ、
「わしはサラディンを殺したくは無かった」
 と、アジャリアは意外な言葉で答えた。
「何故、サラディンを生かしておきたいのです」
「血を軽んずるな、バラザフよ」
「血ですか?」
「そうだ。お前が誰かを殺めるとしたならば、それはその者の祖先が最初に此の世に発生してから、悠久に継いで血をここ断つということだ。草木や虫にでさえ同じ事がいえる」
「はい」
「あのサラディンには、わしがここから追い出した数多の士族アスケリが頼り、従っておる。その器量、ここで殺すにはあまりに惜しいとわしは思うのだ。味方となればこれほど頼もしい者もいまい。ま、有り得ぬ事であろうがな」
 この時アジャリアは一本の革盾アダーガの柄で、矜持と打算の二本を立てていたといえる。人を纏め上げる統率力というのは、単純な兵力のように、求めてもなかなか得がたい物であり、サラディンを万が一にでも味方につける事が出来れば、アジャリアの統帥の届かぬミスル地方をサラディンに任せておけばよい、という事になるのだ。
 アジャリアとは、どこまでもその思考に領土欲を含む野心家なのである。
 バラザフにもサラディンが、そしてベイ家が味方になる未来など有り得ぬと思ったが、アジャリアの言う血の重みは、理解出来たと思っている。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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