2019年1月21日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_25

 もはやアジャリアは、伝令の絶望的な報告には心動かさず、巌の如く座に腰を下ろしている。
 聞こえてきた報告からバラザフが読み取ったとおり、アジャール軍は窮めて劣勢である。ベイ軍の奇襲が利いたという事だ。ついに双頭蛇ザッハークの両頭が潰されようとしている。
「のう、バラザフよ」
 アジャリアが傍らで強張った姿勢で諸刃短剣ジャンビアを構えるバラザフに声をかける。
「なぜ砂が黄色いのか考えた事があるか」
「砂ですか?」
 この窮地でアジャリアは気が触れたのかと、バラザフは一瞬疑った。
「そうだ。我らは周りの砂が黄である事を疑わない。今、我らの目の前の事もそうだ。戦争は数が多い方が勝つ」
 アジャリアは老人が孫に夜話を聞かせるようにゆっくりと続ける。
「砂が黄色として在る如く、我らの手中には勝てる算段があった。疑いようも無かったはずだ。だが、此の世に絶対という事は絶対にないのだ。そして……」
 ここでアジャリアの腹に力がこもった。
「この劣勢が敗戦に繋がるという事も、絶対ではない……!」
 辺りの空気が重くなった。だが不思議と落ち着く重さだと、アジャリアの周りを固める近侍ハーディル達は、それぞれ思う事が出来た。
 サラディンの到達をアジャリアは危惧していなかったわけではない。むしろサラディンは来る、と踏んで挟撃を布いていったのである。ところが、その機がいかにも悪すぎた。
 アジャリアは戦場を視ている。だが、それは目の前の危機的状況ではなく、大局眼にて戦場全体を見通しているのである。確かに戦況は不利だ。窮めて不利なのだ。
――だが手札はまだ有る。
 おそらくタブークの街に向かったシャアバーン達はまだ無事の筈だ。アラーの街のアルサウド部隊もまだ温存出来ている。ここを凌げば包囲は破られた事にはならない。まだ挟撃は可能な筈なのだ。
 一方、バラザフはこの戦いで見えざる鍵を得た。
――勝敗は士気だ。生気だ。数は絶対となり得ない。
 という事である。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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