2019年1月5日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_9

 出撃までまだ少しだけ時がある。バラザフはアジャリアから出撃命令が出た晩、シルバ家の当主となった長兄アキザフ・シルバの所へ顔を出した。十歳以上離れた兄はバラザフの目から見ると実に堂々としたもので、悠然と彼の前に座っている。その実力を裏付けるように長兄アキザフは父エルザフの片腕として、すでに部隊長の地位に在った。
「めでたい。あの幼かったバラザフもついに初陣の日が来るとは」
 そう笑み浮かべたアキザフの目は、弟の姿に自分の幼き過日を見た。目の前のバラザフと十数年前の自分が重なっていた。
「だが喜んでばかりはいられん。近侍ハーディルの任務はアジャリア様の周辺防御。普通の若手の初陣のように形だけの出陣というわけにはいかぬからな」
「心得ております」
「バラザフはいつもズヴィアド・シェワルナゼ殿から教練を受けているそうだな」
「はい。戦いの他にも城邑アルムドゥヌの建築手順も教わっております」
「偵察中に間者に遭遇したとか」
「逃げられそうになって咄嗟に仕留めましたが、生け捕りに出来ませんでした……」
「手練の者を相手にして命を取られなかった事を喜ぶべきだな」
「兄上、俺は未来を視る眼が欲しい。先を読む事さえ出来れば全てにおいて仕損じる事はない」
「ならばこの戦いが終わってから父上に相談してみるといい。父上ならお前に道を示してくれるだろう」
「はい」
 バラザフの希求を予想していたかのように、アキザフはこれに対して即座に応えた。
「お前も知っている通り、シェワルナゼ殿はアジャリア様に仕官する以前は、各地を巡って色々な経験をされている。この戦いでもおそらく軍師の一人として出撃することになろう。シェワルナゼ殿の手腕を実戦で見てみる事も必ずお前の役に立つはずだ」
「はい」
「死ぬなよ、バラザフ。エドゥアルド様からも教わっていようが、野牛ジャムスのように突撃するだけでは無駄に命を落とすだけだ。死なぬ覚悟が要る」
「死なぬ覚悟……」
「そうだ。近侍ハーディルとしての自分の任務は大事。そして自分が死なぬ覚悟も同じくらい大事なのだ。たとえ戦いに敗れて屈辱を味わおうともな」
「はい! 命を粗末にしない事を誓います」
 弟の引き締まった顔付きに満足げに頷く兄アキザフであった。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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