2019年1月22日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_26

 今、ベイ軍の勢いは強い。士気も向こうが上だろう。見ればわかる。
 アジャリアが思う「手札」はバラザフも思っていた。援軍が来れば、ベイ軍を包囲できれば、この危機は去る。
 アジャリアは待つしかなかった。その間、配下達が血を流し続ける。しかし、待つのだ。待って持ちこたえる他ない。
 日が徐々に高さを下げ始めた。遠くに高く舞い上がる砂煙が見える。騎兵がこちらに参じているという証である。やがて、騎馬兵団が肉眼で見えるようになった。アジャールの各々の別働部隊であった。
「ハリティにアルサウドだな。あやつらめ、焦らしてくれおったわ」
 座したまま落ち着いた体のアジャリアだが、その実、腹の奥が俄かに熱くなるほど踊躍歓喜していた。
 父と兄も来たとバラザフは思った。遠目にもやはり親族の動きは判るものである。援軍のどの人馬よりも、気が冴えていると感じられた。
「ようやく挟撃が適うぞ! 皆よくここまで耐えた! あとは全軍で押し潰すだけだ!」
 丁度、ベイ軍の疲労が目立って来た所に、アジャールの援軍が背後から横から包むように襲い掛かった。ここまで踏み止まってきたアジャリアの本隊の将兵らも、これでようやく息を吹き返し、角に加わった。
 ここでもバラザフは戦況をつぶさに見ている。比較的奥にあるアジャリアの横からでも、ベイ軍の気勢が減衰し斃されて行くのが確認できた。
 刹那――。
 アジャリア本隊の前に、白装束に武具を付け、金糸で刺繍されたターバンを被った黒髭の武人が単騎で駆けて来るのが見えた。握る武器は鎌型斧ケペシュである。見るからに高貴そうなこの武人は――、
「おい、まさか!」
「まさか、サラディンが単騎で来たというのか!」
 敵大将の単騎駆という信じられない光景を見た、バラザフとナウワーフは言葉に出して確かめ合った。
 サラディンが眼光鋭く獲物アジャリア一人に定めると、馬をさらに速めて斬りかかって来た。
 ガスリ!―― 
 アジャリアは座したままサラディンの斬撃を革盾アダーガで受け、瞬時に横に流した。まともに受け止めれば、鎌型斧ケペシュの曲がった刃に盾が引っかけられ、剥ぎ取られてしまい兼ねない。
 ガスリ! ガスリ! ガスリ!!――
 サラディンの刃とアジャリアの盾が強く擦れ合い、削り合う。襲う方のサラディンは馬で駆け抜けると同時に刃を入れ、アジャリアもこれを神経を研ぎ澄ませながら何度も受け流した。気を抜けば盾が取られ、命が取られる。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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