2019年1月13日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_17

 奇襲であれば当然敵に気付かれてはならない。行軍の砂煙が敵に発見されればすでにそれは奇襲ではなくなるから、晴れ渡った日は避け、行軍速度もぎりぎりに近づくまでは緩慢にせねばならない。
 つまりは、ただでさえ時間が掛かりすぎる上に、天候によって奇襲および、追い立てられたベイ軍がこちらまで到達する時が左右される。機がずれてしまえば前後で呼応して挟撃するのは難しい。
「駱駝騎兵がタブークに着くまでに敵の増援が来ないとも限りません。そうなればタブークからベイ軍を追い出すどころか、街で持ちこたえられ、最悪奇襲部隊そのものが捻り潰されてしまいます」
 ここまで軍議を黙って聞いていたエドゥアルド・アジャールも、ここで、
「首尾よくタブークからベイ軍を追い出せたとしても、まっすぐこちらに向かってくるかどうか。途中でサラディンの本隊が転進すればこの挟撃は失敗に終わる……」
 と、ズヴィアドの説に言葉を加えた。
 軍議に参加する諸将は、一瞬どよめいたが、やがてエドゥアルドとズヴィアドの言葉に納得したかのように、言葉が止んだ。
 こうして軍議に参加する諸将の方向が、概ね驚蛇作戦反対論に流れていったところで、主将アジャリアが初めて口を開いた。
「エドゥアルドとズヴィアドの意見もよくわかる。普通の相手ならばわしもこの策は採択しなかったであろう。だが……」
 アジャリアは一息ついて、
「わしは、サラディンは必ず来ると思う。サラディンはわしがネフドから追い出した者等の命運を背負っている」
 アジャリアは続ける。
「義理に生きる者は計算では動かん。使命感、義侠心、そういったものは損得ではないのだ。サラディンは必ず来る……」
 結局、このアジャリアの言葉で軍議は決まってしまった。
「アラーの街を出てネフド砂漠まで進み出よう。そこで稲妻バラクでベイ軍を包囲殲滅するのだ。ラフハーに駐在するハリティとシルバにも街から出てベイ軍を包囲できる位置に動くように伝えろ」
 アジャリアは全体に指示を出した後、トルキ・アルサウドには、
「アラーの街を守るのがお前の役目だ。ジャウフに居残っているベイ軍の動きを見張れ。驚蛇作戦でベイ軍が敗走してジャウフに逃げ込むようであれば、急いで駆けつけて掃討せよ」
 と、命じた。
 ネフド砂漠を盤面として、ベイ軍を完全に包囲出来るようにアジャリアは確実に駒を配置していった。ラフラーとハイルの街を連携するアジャリア本隊、タブークに奇襲をかける駱駝騎兵、温存するアラーの街のアルサウド部隊の三方から包囲しつつ、サラディン本隊と後方の連携を断つ事も出来る。進言された驚蛇作戦にアジャリア自身が一厘を加え、より作戦の完成度を高めたのである。
「シャアバーン」
「はっ」
「作戦開始までタブークから目を離すなよ。僅かに機がずれただけでもこの挟撃からベイ軍は漏れる。先に向こうが動き出す事があってはならない」
 そこから先はアジャリアは言わなかった。作戦通りに現実が動いているのか機に臨んでいれさえすればいい。機が派生した先には無限の未来が枝分かれする。ずれてしまった時に大将でであるアジャリアが判断すればよいのだ。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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