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2019年1月15日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_19

 月が落ちた――。今この世界は闇である。夜が明けたら、おそらくベイ軍との戦いが始まる。この作戦の要点は勿論挟撃にある。ベイ軍をなんとしても稲妻バラクで迎え撃ちたいアジャリアは、夜間の内に軍を横に展開させておく事にした。
 予め雇い入れておいた暗闇を視る事が出来るアサシン達に先導させ、大まかに兵員を配置した。これならば日が出ればすぐに稲妻バラクに陣容を遷す事が出来る。バラザフ達、近侍ハーディルもアジャリア本隊に付いて移動した。
 一方、サラディンの方もアジャール軍との激突が近づいている事を霊的直感で感じ取っていた。タブークの街を出てきたの奇襲を危惧しての事もあるが、自分達が駐屯すれば街が戦火で焼かれて、無辜の民が投げ出されてしまう事にもなるので、義に生きるを貫くサラディンとしては、そのような無意味な悲劇はなんとしても回避したかった。
 そもそも、慈悲心や義侠心で始めたこの戦いで、民を苦しめてしまっては、サラディン自身の義が立たないという事になる。
 少し遡れば、タブークを奇襲するはずであったシャアバーンの駱駝騎兵部隊は、部隊に所属するアサシンを出してサラディンの動向を窺わせていた。だが、サラディン側が動き出すにあたり、向こうもアサシンを動かして、シャアバーンのアサシン達を残らず駆逐していったのである。結果、シャアバーン達がベイ軍の動きをつかみ、アジャリア本隊に報せる事が出来たのは、丁度ベイ軍の後詰がタブークを出た時となった。
 サラディンがタブークを出ると決めてから、後詰の出動が完了するまで、僅か一刻。平時におけるベイ軍の練兵の熟達のほどが窺える。
 サラディン・ベイは無敵の将、徳高き義人であると同時に、敬神の情篤き男である。目に見えざる世界からの霊流を常に受けており、預言者のように言葉に顕し御文を民衆に示すという事はしなかったが、決断が生じる場面において、サラディンはしばしばその霊的直感によって進路の左右を無意識に決定していた。
 そしてその直感によってアジャール軍の奇襲を察知したのである。移動に先んじて偵察のアサシン出してみれば、はたせるかなアジャール軍の密偵がこちらの動きを見張っており、情報を持ち帰らせる前に始末したという事である。
 まさにここでアジャリアの作戦の糸の継ぎ目が綻び始めた。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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2019年1月13日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_17

 奇襲であれば当然敵に気付かれてはならない。行軍の砂煙が敵に発見されればすでにそれは奇襲ではなくなるから、晴れ渡った日は避け、行軍速度もぎりぎりに近づくまでは緩慢にせねばならない。
 つまりは、ただでさえ時間が掛かりすぎる上に、天候によって奇襲および、追い立てられたベイ軍がこちらまで到達する時が左右される。機がずれてしまえば前後で呼応して挟撃するのは難しい。
「駱駝騎兵がタブークに着くまでに敵の増援が来ないとも限りません。そうなればタブークからベイ軍を追い出すどころか、街で持ちこたえられ、最悪奇襲部隊そのものが捻り潰されてしまいます」
 ここまで軍議を黙って聞いていたエドゥアルド・アジャールも、ここで、
「首尾よくタブークからベイ軍を追い出せたとしても、まっすぐこちらに向かってくるかどうか。途中でサラディンの本隊が転進すればこの挟撃は失敗に終わる……」
 と、ズヴィアドの説に言葉を加えた。
 軍議に参加する諸将は、一瞬どよめいたが、やがてエドゥアルドとズヴィアドの言葉に納得したかのように、言葉が止んだ。
 こうして軍議に参加する諸将の方向が、概ね驚蛇作戦反対論に流れていったところで、主将アジャリアが初めて口を開いた。
「エドゥアルドとズヴィアドの意見もよくわかる。普通の相手ならばわしもこの策は採択しなかったであろう。だが……」
 アジャリアは一息ついて、
「わしは、サラディンは必ず来ると思う。サラディンはわしがネフドから追い出した者等の命運を背負っている」
 アジャリアは続ける。
「義理に生きる者は計算では動かん。使命感、義侠心、そういったものは損得ではないのだ。サラディンは必ず来る……」
 結局、このアジャリアの言葉で軍議は決まってしまった。
「アラーの街を出てネフド砂漠まで進み出よう。そこで稲妻バラクでベイ軍を包囲殲滅するのだ。ラフハーに駐在するハリティとシルバにも街から出てベイ軍を包囲できる位置に動くように伝えろ」
 アジャリアは全体に指示を出した後、トルキ・アルサウドには、
「アラーの街を守るのがお前の役目だ。ジャウフに居残っているベイ軍の動きを見張れ。驚蛇作戦でベイ軍が敗走してジャウフに逃げ込むようであれば、急いで駆けつけて掃討せよ」
 と、命じた。
 ネフド砂漠を盤面として、ベイ軍を完全に包囲出来るようにアジャリアは確実に駒を配置していった。ラフラーとハイルの街を連携するアジャリア本隊、タブークに奇襲をかける駱駝騎兵、温存するアラーの街のアルサウド部隊の三方から包囲しつつ、サラディン本隊と後方の連携を断つ事も出来る。進言された驚蛇作戦にアジャリア自身が一厘を加え、より作戦の完成度を高めたのである。
「シャアバーン」
「はっ」
「作戦開始までタブークから目を離すなよ。僅かに機がずれただけでもこの挟撃からベイ軍は漏れる。先に向こうが動き出す事があってはならない」
 そこから先はアジャリアは言わなかった。作戦通りに現実が動いているのか機に臨んでいれさえすればいい。機が派生した先には無限の未来が枝分かれする。ずれてしまった時に大将でであるアジャリアが判断すればよいのだ。

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2019年1月12日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_16

 月が替わりシャッワール月になった。ラマダーン月を過ぎようやく昼間でも飲食が出来るようになる。依然として雨は少ないが、夜間の冷え込みに耐えるため、そろそろ外套アヴァーが必要になってくる。朝夕に霧が立ち込める頻度も多くなってきていた。
 アラーの街に駐屯するアジャリア本体では、ベイ軍が押さえているタブークをどう攻略するかの軍議が昼夜兼行されている。当然、それらはアジャリアの傍近く使えるバラザフ達の耳にも入ってくる。
「草を打って蛇を驚かす、らしい」
「ふむ?」
 食事中にナウワーフがまた聞いてきた情報をバラザフに話し始めた。そもそも近侍ハーディルが漏れ聞いた軍議を噂するなど、あってはならぬ軍紀違反なのだが、お互いの気心の勝手知りたる仲の二人だけに、こういった情報の疎通の口を塞いでおくのは無理な話であった。
 若いながらも戦術に精通した才気ある二人にとって、こうした情報交換は、初陣の身である事を忘れさせ、戦場の全体像の夢想を膨らませる元だった。連日、近侍ハーディルとして軍議を脇で聞かされてきた事もあって、もはや気分は一人前の武人になっていた。
「どういう譬えなのだ?」
 ナウワーフは周囲に人気に無いのを、すばやく首を回して確かめて、
「なんでも東方の戦術とかで、部隊を分けて用いる」
「それで?」
「草むらを打って蛇を驚かせて、それをもう片方が待ち受ける。つまりは挟撃らしい。別働隊を編成してタブークの街を背後から攻撃して、本隊で待ち伏せるのだろう」
「ふむ……」
「バラザフは納得がいかないのか?」
「うむ……。蛇を殺すときは、頭を壊したかを確かめろ、というからな」
「その頭を壊すために作戦なのだろう? これは」
「だがタブークの背後を上手く突けたとしても、ここまで追い立てるのに一週間もかかるだろう。それまでに反撃されたり、転進されたとしたら……」
 このバラザフの考えとまさに同じ事を、バラザフの師ズヴィアドが先の軍議で献策していた。まず、この驚蛇の策を立てたのは駱駝騎兵部隊長のヤルバガ・シャアバーンである。本来であれば、重臣であるヤルバガに、名目上、一小隊長であるズヴィアドがおいそれと意見を反対できるものではない。
 だが渋面満ち満ちたヤルバガを余所に、ズヴィアドはアジャリアに直接述べた。
「今、ベイ家の拠点となっているタブークの街は、我らのアラーの街から一週間は掛かります。さらにそれを背後から突くとなると……」
 ズヴィアドの考えによれば、一週間もかかる行程をヤルバガの策の通りタブークを奇襲するとなると、当然背後に回りこむ時間が膨らむ。駱駝騎兵部隊といっても十二万の編成全てに駱駝が割り当てられているわけではなく、徴兵された者らや補給要員は自らの脚で砂漠を行軍しなくてはならない。

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