2019年1月16日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_20

 作戦決行の日、太陽がまだ地を照らし始める前に、アラーの街を出てネフド砂漠へ向かった。アジャール軍の立つネフド砂漠は、この朝深い霧に包まれていた。
「おそらく何も見えなくなるな」
 濃霧の中、アジャリアは本陣の椅子に腰を下ろした。
 夜の寒さで大気が冷え、朝方に霧が出る事も砂漠では全く有りえない事ではない。だが、この朝の霧は特に濃かった。白が世界を塗り潰し、人の視界が利かない。
「早めにアサシン共に探らせておきましょう。ベイ軍がこの霧の中で転進してしまっては厄介だ」
「うむ」
 アジャリアの懸念を汲み取るように、弟のエドゥアルドが気を利かせて配下に偵察を指示した。この挟撃はある意味において戦いの定石を無視したものである。サラディンの性向を見越して、挟撃作戦に踏み切ったアジャリアであったが、これが定石を破った奇策である事はアジャリア自身が一番よくわかっていた。
 通常であればこの挟撃が見込み薄である事は、先にエドゥアルドとズヴィアドが指摘した通りである。その指摘の内、ベイ軍をタブークから追い出す事については達成出来ている。だが、その先にいくつもの負の可能性が待ち受けており、定石通りに事が運ぶ事はこの場合障壁なのである。
 よって、この作戦を決行したといってもアジャリアは、心中では完全にはこの作戦には倚り懸かる事は出来ずにいた。それを軍略にも兄の心情にも通じた弟エドゥアルドが汲んだのだった。
 こうした首脳陣の威厳を保ちつつも見せる微かな憂虞を、傍で見ているバラザフは敏感に感じ取っていた。
 アジャリアの指示は先に決めた通り稲妻バラクの陣容である。十二万の兵が東西に延び、前後違いに配置されていった。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

次へ進む

【創作活動における、ご寄付・生活支援のお願い】

前に戻る

『アルハイラト・ジャンビア』初回に戻る

0 件のコメント:

コメントを投稿