2019年1月23日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_27

 バラザフ他、近侍ハーディル達は軍神ともいえるサラディンに気圧されながらも何とか武器を構え、内一人が槍を繰り出した。槍はサラディンの馬の腿に刺さった。驚いた馬はサラディンですら御し難い程暴れ出し、鎌型斧(ケペシュ)による猛襲は止んだ。
 サラディンは言葉を発せずとも、その黒髭が天を衝かんばかりの怒気を発し、近侍ハーディルの若造共を睨みつける。バラザフ達は恐怖で心の臓が止まりそうになり、もはや何も抗えず、足は力を失い地面にへたり込むしかなかった。
 もしこの時サラディンが、
 ――まずこの小僧共から片付けてくれよう。
 とでも考えたら、彼らは死神イラルマウトに、たちまちのうちに命を刈り取られ、若くして冥府の籍に名を連ねる事になったであろう。
 この戦いでアジャリア身辺の守備は、近侍ハーディルと歩兵三十名程度である。
 アジャリアやナウワーフ達近侍ハーディルはアジャリアの傍近くありながらも、死神イラルマウトに魅入られてしまったかのように、全く動けず手出しが出来ない。そうした中で、近侍ハーディルの一人がサラディンの馬へ何か投げつけた。投擲が通った馬の脚に赤い線が走った。
 立て続けに傷を負わされた馬はいよいよ堪らず暴れ出し、サラディンを振り落とそうとする。もはやアジャリアの命を取るのは無理となったサラディンは、手綱を強く引き辛うじて馬を御すると、来たとき以上の速さで死合の場から走り去って行った。
 先程サラディンに投擲を投げつけた、カウザを目深に被った近侍ハーディルも、どこかへ走り去って消えた。だが、我に返った途端、急に恐くなったのだろうと、誰もこれを気にはとめなかった。
 結果としてサラディンを退けたものの、アジャリアの身体には革盾アダーガで受け損なった傷がいくつもついていた。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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