エルザフはエルザフで十年来の志 であるシルバ家の旧領回復を成し遂げたものの、ある意味貪欲に次の飛翔をすでに思い描いている。
その内心を知ってというわけでもないだろうが、アジャリアはデアイエ家から奪ったハイルの太守にエルザフを任じた。元々のシルバ家の旧領など取るに足らない程の破格の待遇である。
アジャリアのシルバ家への厚遇はエルザフに対するものにとどまらなかった。
「エルザフ。バラザフを近侍 に取り立てようと思う。親子でよく話し合って返事してくれ」
このような出世話をこの父子が拒む理由も無く、有り難くこの近侍 の命を受けた。
アジャリアにバザラフを取り立てるのを決めさせたのは、猛竜胆の聖廟 のシュクヮ師である。アジャリアはシュクヮ師を、ザルハーカ教の死生の導き手として尊崇しており、これでまでの香の式次第を基に新たな式次第を構築しようとしていた。神と死者を想うという事に重きを置いて、無駄を削ぎ落とし、意味のあるものは残していった。だが、その過程で問題がひとつあがった。肝心の香は何を用いたら良いかという事である。
法学者 は、いかにすれば神と生者の橋渡しが出来るかという命題を抱えるシュクヮ師にとって、今まで当たり前に用いられてきた香を今一度俎上に載せる事もその命題の鍵と成り得る事であり、そうした迷いが生じるくらい、シュクヮ師は神への信仰と人の幸せを真剣に考えていた。
或る日、アジャリアの館に居たバラザフをつかまえてシュクヮ師は尋ねた。
「童子 よ。我らが神や先師たちは何の香を好まれると思うかね?」
「それは乳香 でしょう」
バラザフははっきりと答えた。
「そうよな。やはり乳香 よな」
理屈を持たぬ童子 が、疑いなくそう答えたのだから、自然としてこれは間違いあるまいと、シュクヮ師は迷いが晴れ納得したのだった。
一方、シュクヮ師に明路を示したバラザフにとっては、これはどうという事もなかった。遊び友達として親しくしているアジャリアの子のカトゥマルが、最近父が乳香 に凝り出して、自分も付き合わされて堪らぬと、バラザフやナウワーフに漏らしていたのである。
シュクヮ師に香について問われたとき、持ち前の機転が利いて、
――ああ、この事か。
と思ったバラザフは「乳香 」と即答しただけの事である。
「あの童子 は大層賢いようですな」
庭で遊び、笑う三人の子供達を見ながらシュクヮ師は、アジャリアに推した。これに弟エドゥアルドの口添えもあって、アジャリアの心は決まった。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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その内心を知ってというわけでもないだろうが、アジャリアはデアイエ家から奪ったハイルの太守にエルザフを任じた。元々のシルバ家の旧領など取るに足らない程の破格の待遇である。
アジャリアのシルバ家への厚遇はエルザフに対するものにとどまらなかった。
「エルザフ。バラザフを
このような出世話をこの父子が拒む理由も無く、有り難くこの
アジャリアにバザラフを取り立てるのを決めさせたのは、
或る日、アジャリアの館に居たバラザフをつかまえてシュクヮ師は尋ねた。
「
「それは
バラザフははっきりと答えた。
「そうよな。やはり
理屈を持たぬ
一方、シュクヮ師に明路を示したバラザフにとっては、これはどうという事もなかった。遊び友達として親しくしているアジャリアの子のカトゥマルが、最近父が
シュクヮ師に香について問われたとき、持ち前の機転が利いて、
――ああ、この事か。
と思ったバラザフは「
「あの
庭で遊び、笑う三人の子供達を見ながらシュクヮ師は、アジャリアに推した。これに弟エドゥアルドの口添えもあって、アジャリアの心は決まった。
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