緒戦を勝利で飾ったアジャリアは、余力の将兵全てにバーレーン要塞攻撃を命じた。アジャール軍とメフメト軍の戦いは本格的な局面に入った。カーラム暦983年のベイ軍との戦争は熾烈を極めた。それと同じ規模の激戦がメフメト軍との間に起きようとしている。
――アジャール軍の総力をこの戦いに注ぎ込む。
ハラド、リヤド、アルカルジ、クウェートといった各地のアジャール軍の兵は四十万を数える。
いよいよアジャリアがハラドを発つ時、将兵を集めて出征の儀を催した。この儀に参列させるにあたり将兵等に大蒜
を食べぬように通達されており、また彼らもそれは心得ていた。
屋外に設けられた香壇を前にアジャリアを始め居並ぶ将兵が厳か日の出を待つ。やがて、東の空が薄明るくなり始め、少しずつ赤を強くする。
――インシャラー!
神がお望みならと唱和し、皆、体躯を折り頭を地に着けた。
地平から光が差して、香壇にて乳香
が焚かれた。
と、その上に水滴が落ち将兵を濡らした。光は差したままで日の光と雨とが彼らを包んだ。
「おお。これは神が我等アジャリア家を潤すとの御意思ぞ!」
立ち上がって喜びを叫びで表すアジャリアに呼応して、皆も立ち上がり、歓喜に濡れた。
その叫びの中に、此度の儀式のために戻ってきていたバラザフと幼馴染のナウワーフの姿もあった。バラザフもナウワーフも近侍
として務めていた頃、この儀式の香壇の準備をやっていた。
「微妙に今までとは違わないか」
「バラザフも感じていたのか」
「うむ。今、違いがわかったぞ。演出が過ぎるのだ」
「俺も一つ気付いた。バーレーン要塞を攻撃すると外部にもわかるように喧伝しているぞ」
「確かに」
「ではアジャリア様の意図は」
「陽動という事になるな」
幼い頃よりアジャリアの傍近くに仕えていただけあって二人の読みはまさに当たっていた。
アジャリアはアサシンや間者
に糸を付けて放ち、アジャール軍がバーレーン要塞を攻撃目標として定めていると情報を撒き散らしている。ハラドの城邑
の内にもメフメト家から間者
が送り込まれているはずである。アジャリアはそれも見込んでアジャール家中にもバーレーン要塞攻撃を言い続けてきたのだった。
メフメト家はこの情報をどう料理するのか。
「アジャリア様の本心は、やはりクウェートの領域を全て固めたいのだろうな」
「本気を出して短刀でバーレーンを突
きにゆくのか」
「とは思うのだが、もしかすると」
「もしかすると?」
「アジャリア様の志
の大きさを考えると、案外両方欲しているのかもしれない」
「我が主君ながら、それが絵空事で済まされない方だとは思うよ」
「そうだな」
「そう考えるとお前の言う演出が過ぎるという違和感もはっきりと実感出来るな」
「どの道表面上はバーレーン要塞を攻撃目標とする事になるだろう」
「メフメト軍の方ではこれをどう取ると思う」
「迷っているだろうな」
「当たり前ではないか」
「いやいや、当たり前というが、当たり前の奴ならそのままバーレーン要塞攻撃と受け取るのだぞ」
「それはそうだが」
「裏があるのかどうか迷うくらいの知恵はカウシーン殿にはお有りだな」
「アジャリア様の方が一枚上と言いたいのか」
「それはそうだろう」
ここまでの情勢談義に結論して二人は笑い合った。乗せる魚は違っても二人の俎板は近侍
時代と少しも変わっていなかった。噂好きの二人であったし、自分の見えている物と同じ物が相手も見えているとなれば会話は弾む。見ている物を言葉に紡ぐ甲斐がある。
バラザフが読んだとおりメフメト軍は迷っていた。相手の意図が読めぬ限り戦いの軸をは定まらない。つまりメフメト軍はアジャリアの指から出た蠱惑の糸によって、本領を発揮出来ぬ心理状態へ操られているのである。
――やはり真に恐ろしきは我が主君アジャリア・アジャール。
剣が振られる前にすでに敵を斬っている。バラザフはこの恐ろしさを忌避して離れるのではなく、寧ろ憧れた。アジャリアという名の戦術を模倣すれば、それは自らの力と成り得ると単純に思った。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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【創作活動における、ご寄付・生活支援のお願い】
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――アジャール軍の総力をこの戦いに注ぎ込む。
ハラド、リヤド、アルカルジ、クウェートといった各地のアジャール軍の兵は四十万を数える。
いよいよアジャリアがハラドを発つ時、将兵を集めて出征の儀を催した。この儀に参列させるにあたり将兵等に
屋外に設けられた香壇を前にアジャリアを始め居並ぶ将兵が厳か日の出を待つ。やがて、東の空が薄明るくなり始め、少しずつ赤を強くする。
――インシャラー!
神がお望みならと唱和し、皆、体躯を折り頭を地に着けた。
地平から光が差して、香壇にて
と、その上に水滴が落ち将兵を濡らした。光は差したままで日の光と雨とが彼らを包んだ。
「おお。これは神が我等アジャリア家を潤すとの御意思ぞ!」
立ち上がって喜びを叫びで表すアジャリアに呼応して、皆も立ち上がり、歓喜に濡れた。
その叫びの中に、此度の儀式のために戻ってきていたバラザフと幼馴染のナウワーフの姿もあった。バラザフもナウワーフも
「微妙に今までとは違わないか」
「バラザフも感じていたのか」
「うむ。今、違いがわかったぞ。演出が過ぎるのだ」
「俺も一つ気付いた。バーレーン要塞を攻撃すると外部にもわかるように喧伝しているぞ」
「確かに」
「ではアジャリア様の意図は」
「陽動という事になるな」
幼い頃よりアジャリアの傍近くに仕えていただけあって二人の読みはまさに当たっていた。
アジャリアはアサシンや
メフメト家はこの情報をどう料理するのか。
「アジャリア様の本心は、やはりクウェートの領域を全て固めたいのだろうな」
「本気を出して短刀でバーレーンを
「とは思うのだが、もしかすると」
「もしかすると?」
「アジャリア様の
「我が主君ながら、それが絵空事で済まされない方だとは思うよ」
「そうだな」
「そう考えるとお前の言う演出が過ぎるという違和感もはっきりと実感出来るな」
「どの道表面上はバーレーン要塞を攻撃目標とする事になるだろう」
「メフメト軍の方ではこれをどう取ると思う」
「迷っているだろうな」
「当たり前ではないか」
「いやいや、当たり前というが、当たり前の奴ならそのままバーレーン要塞攻撃と受け取るのだぞ」
「それはそうだが」
「裏があるのかどうか迷うくらいの知恵はカウシーン殿にはお有りだな」
「アジャリア様の方が一枚上と言いたいのか」
「それはそうだろう」
ここまでの情勢談義に結論して二人は笑い合った。乗せる魚は違っても二人の俎板は
バラザフが読んだとおりメフメト軍は迷っていた。相手の意図が読めぬ限り戦いの軸をは定まらない。つまりメフメト軍はアジャリアの指から出た蠱惑の糸によって、本領を発揮出来ぬ心理状態へ操られているのである。
――やはり真に恐ろしきは我が主君アジャリア・アジャール。
剣が振られる前にすでに敵を斬っている。バラザフはこの恐ろしさを忌避して離れるのではなく、寧ろ憧れた。アジャリアという名の戦術を模倣すれば、それは自らの力と成り得ると単純に思った。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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