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2021年4月5日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第6章_1

  ファリドは、アジャール軍によって設けれた死地から何とか命を拾った。だが、これと同時にアジャール軍の方では別働隊としてナーシリーヤの東側の攻略にあたっていたワリィ・シャアバーンが、レイス軍の城邑アルムドゥヌ を間断も無い程に陥落させていった。中には城邑アルムドゥヌ が落ちるまでに僅か半刻という驚くべき速さの攻城もあった。

 加えてワリィは、近くの城邑アルムドゥヌ を陥落させ、そこに自分の兵力を分隊して支配下に置いた。アジャリアが計路としていた敵の支配域の分断が成功したのである。

 アジャリアの本隊は敵の分断のために稼動していた、アシュール隊と合流して、さらにこれにシャアバーン隊を合流させた。

「バラザフ、全軍を集結させろ。場所はナーシリーヤの西、サマーワ。わしらも移動の準備をせよ」

 相変わらずせわ しなく移動するアジャリアだったが、こうした大規模な移動が繰り返される事によって、レイス軍同士の連絡を断ち、もし偵察がいれば駆逐する事で自軍の情報を護りつつ敵を攪乱する効果が出ていた。

「サマーワを足下に置いておくことで、バグダード攻略の拠点に出来るし、後はナーシリーヤを落とせば、サマーワ、ナーシリーヤ、バスラと繋がり、リヤドまでの退路を確保出来るのだ」

 サマーワからナーシリーヤまでは東へおよそ二日の行軍、ナーシリーヤからバスラまではおよそ三日の道のりである。後はクウェートまで戻り南下すれば、リヤドまでの道は半分を消化出来た事になり、補給路も確保できて、これらを地図上で結ぶとアジャール軍の版図が大いに拡大する事がわかる。

 太守の退去という形でアジャール軍は一度サマーワの攻略に成功しているため、戦術において難は無いだろうと判断したアジャリアは力で単純に押していこうと考えたが、アブドゥルマレク・ハリティ、ワリィ・シャアバーンの二人が城邑アルムドゥヌ の包囲を上申した事により、この方法を採る事になった。

 アジャリアが慎重に城を包囲してから落とすやり方をバラザフは何度も見てきた。言い換えるとバラザフにとって包囲戦というやり方は、アジャリアの戦術であるという印象があり、ハリティ、シャアバーンという古豪の将軍らのやり方をここで見ておける良い機会だと思って、実に興味津々で見守っていた。

「枯れ井戸から横穴を掘って隣の城邑アルムドゥヌ と繋いで逃げ道を造るという方法を聞いたことがある」

「サマーワの周りにはナーシリーヤの他にも小さな城邑アルムドゥヌ がたくさんある。サマーワから抜け出た兵士がそれらから奇襲してくると我等が挟まれる事になってしまうな」

「今から全ての城邑アルムドゥヌ の井戸を調べる時間は無いな」

「サマーワを包囲する他に、奇襲を警戒して全方位に防衛線を用意しておこう」

「うむ。承知した」

 この会話を聞いていたバラザフは背筋に冷たいものが走った。若い世代の将であるバラザフはそんな事例は聞いたことが無かったし、もし、その枯れ井戸作戦を敵が実行してきていたら、危ない事になっていたであろう戦いが過去の記憶からいくつも蘇ってきていた。サイード・テミヤトなどの れた将軍が常にバラザフら若い将軍が力を遺憾無く発揮出来るよう、後方で見守っていてくれていたという事になる。戦術の面だけでもまだまだ先陣に学ぶべき事は多いと知った。

 サマーワは一ヶ月近く粘り強い防衛を見せた。この攻防を続ける間にもアジャリアは何度か相手方に降伏を促してきたが、それも無駄と知るとついに総攻撃の命令を下した。

 事ここに至り、ようやくサマーワの太守が降伏したいと言い出したので、カトゥマルを制圧隊長としてアジャール軍が城内に踏み込むと、包囲によって水と食料を絶たれたサマーワ兵等が、まさに死に際という感じで横たわっていた。

 これと同時にアジャール軍の別働隊としてサッド・モグベルがフサイン軍の要所カルバラーの攻略にかかっていた。

「バグダードにほど近いカルバラー。困難な仕事だがモグベルには何とか成功してもらいたいものだ」

 アジャリアが待つのはカルバラー攻略の吉報である。アジャリアの言葉通りカルバラーからバグダードまでは僅かに一日。フサイン軍との対決にも、また後方への退路としても獲得しておきたい城邑アルムドゥヌ である。

 バラザフ・シルバはこれまで自分の知略を他者に優るものと自負していた。この世においてもはや学ぶべき見上げるべき存在はアジャリアが唯一であると思っていた。が、先のワリィ・シャアバーンとアブドゥルマレク・ハリティの作戦というか手配り目配りを目の当たりにして、

 ――まだまだ他人に学ぶべき事は多すぎるものだ。

 と思い直した事から、今回のサッド・モグベルの戦術に興味を持って見ていた。サッド・モグベルも学ぶべき対象になったのである。

「この堅城からどうやって敵兵を引っ張り出すか。それとも策を用いて自滅さえていくのか。どちらにしても力押しで行く事は有り得ないだろうな」

 遠くからサッドの戦術を想い描いてみるバラザフだが、決め手となるものを彼の頭脳は導き出せなかった。

 その答えをサッドは意外な所から引っ張り出してきた。

 カルバラーの太守はハイレディン・フサインの臣である。覇王ハイレディンと言われる彼にとっても、アジャール軍はまだまだ恐るべき相手である。そのハイレディンが先のアジャール軍とレイス軍との戦いを見て、

 ――アジャール家に臣従する事を決意した。

 ため、カルバラーの城邑アルムドゥヌ も速やかにそれに従い開城せよ、というものであった。勿論、虚報である。

 カルバラーを調べさせていたアサシンから情報が入ってきた。

「カルバラーはハイレディン降伏の報を信じたということか」

「そのようで。いずれにしても戦いを避けるいい口実になるかと」

 同じ情報はアジャリアのもとにも上げられた。

「今回のサッド・モグベルの奇策は見事であった。カルバラーの城邑アルムドゥヌ を手に入れられた事は我が軍にとって大きい。これでレイス軍、フサイン軍を蹴散らしてやれるのう」

 カルバラーを支配下に収めたアジャール軍は城邑アルムドゥヌ を出て城壁の外で防備を固めた。バラザフのもとにはシルバアサシンから新たな情報が立て続けに入ってくる。

「レイス軍にハイレディン・フサインからの援軍三万が合流し、合わせて十万がナーシリーヤを出立」

 アジャリアはこのカルバラーでレイス軍を迎え撃つ心積もりでいる。

 ――今度こそレイス軍を逃がすまい。

 とバラザフは東の地平を睨んでいる。

 だが、三十万のアジャール軍がすでに待ち伏せていると見るや、ファリドは大慌てでナーシリーヤへ踵を返し始めた。

「またポアチャだな」

 食欲があろうとなかろうと、苛立って麺麭ポアチャ を齧っている、あるいは吐き出しているファリドの滑稽な姿をバラザフは想像していた。見苦しさもあそこまでいくと、逆に見物みもの である。

「ファリド・レイスという男はいつもアジャリア様の戦術に右往左往させられているのだな」

 ファリドの方ではフサイン家からの援軍と合わせた十万の兵を城邑アルムドゥヌ に篭城させて、

「何があっても城邑アルムドゥヌ の外に出るものか」

 と、卑屈さの色合いのある決意をしていた。

 ハイレディンの方でも、

「アジャール軍と剣を交えるのは自刎に等しい。嵐の後に晴れが来る僥倖をひたすら待て」

 とファリドに指示してきており、フサイン家の援軍の長にも、

「戦闘は不要。戦力の維持を最優先せよ」

 と守備一貫の命令をしていた。

 ナーシリーヤは、城邑アルムドゥヌ の領域の西から南東にかけてユーフラテス川が流れる。ファリドが城邑アルムドゥヌ に篭り守りの態勢に居るのであれば、川は護りの味方となるであろう。

 だが、敵はあのハイレディンですら恐れたアジャール軍三十万なのである。果たして川という味方もどれほど通用するものか――。苦い思いを身に染みさせてきた弱者にいつも付き惑う、漠然とした不安がそこにあった。


※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。


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2021年1月1日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第5章_8

  バサの城邑アルムドゥヌ の城門は全て固く閉ざされ、ファリドは一歩も動かぬ姿勢を見せた。配下の者等にもアジャール軍のいかなる陥穽にかかる事の無きよう、篭城の姿勢を守る事を厳達した。すでにその声色も恐慌の色で満ちている。

 一方、攻める方のアジャリアは余裕である。  

「ファリドの小僧、ポオチャを頬張るのも忘れて、また身体が引き締まるであろう。さて、強攻めをして怪我でもさせられてはかなわぬから、ゆっくり絞めてからハラドに帰るとするか」

 アジャリアはバサの城邑アルムドゥヌ から脱出してくる民たちを自陣で歓待して、兵士達には城壁の外からファリドを挑発させておいて、それを見物させた。

 ――ポアチャ! ポアチャ! ポアチャ!

 単純だがファリドにとってはこの上なく効果的な挑発である。

 バラザフの脳裏に浮かぶファリドは真っ赤に上気して、物を投げつけ、蹴飛ばし、大暴れしていて、実に滑稽な姿であった。思い出し笑いを配下に見られると自身が恥ずかしいので我慢はしてはいるが、どうしてもバラザフの口吻からは笑いが漏れて仕方なかった。

 笑いを堪えるのに必死だったのはバラザフだけではない。バサの城邑アルムドゥヌ の内側で、ファリドの傍に仕える家臣は、目の前に主君がいるため、先程来の惨敗を忘れたかのように、今は腹の中の笑いと必死で戦っていた。

 ファリドは――、ポアチャは持っていなかった。だが、バラザフの脳裏に出現した姿とさほど遠からぬ容態で、怒りに突き動かされ、一人の大乱闘を踏んでいた。周りの備品がどんどん破壊されてゆく。

「あの……ポアチャ、お持ちしましょうか?」

「要らぬわ! アジャリアめ、人をこけにしやがって!」

 ファリドに対してのみ通用する侮辱だけに、その効き目は大きかった。

 この頃のアルカルジに居るバラザフの父エルザフは、長男とともに城邑アルムドゥヌ の守衛に勤めながらも、周辺のまだ自分達に与力していない小さい城邑アルムドゥヌ をしっかり手中に収めていた。シルバ家のやり方らしく、力攻めせず知恵でこれを取り込む事に成功している。

 地道にアジャール家の自勢力を肥えさせてゆくシルバ家の活動は、アジャリアの信任をさらに篤くし、功労が称えられるとともに、

 ――アルカルジの近辺の諸事、随意にされたし。

 とまで言わしめたのであった。

 アジャリアのエルサレム獲得の戦略路線はほぼ固まりつつあった。

 同年、カウシーン・メフメトが没し、メフメト家ではカウシーンが遺した言葉通り、サラディン・ベイとの同盟を破棄して、アジャール家との再同盟を方針を出してきた。この事はアジャリアにとっては都合が好く、東側の戦線に配慮する必要が無くなった。盤面がアジャリアの大望を果たせる状況に整ってきていた。

 カーラム暦994年、炎節――。アジャリアが俄かに病臥した。エルサレム侵攻のための兵を動かそうとの沙汰の後の事である。

「ここ数年、食欲の無い日々が続いていたのだ。地に身体が引かれるのを感じる。横なっていても沈んでいくような感じがするのだ」

 海老クライディス の殻を盛って見せていたのも、側近と計って健やかなる自分を見せるために、芝居を演じていたのであった。健康面で不安がある事を家臣達に見せては、遠征に支障をきたす。それはまだ側近にしか知らせていない。

 バラザフは、アジャリアの体調不良はこの猛暑のせいであろうと思って見ていた。ファリド・レイスに劣らぬほどふくよかだったアジャリアの姿は、バラザフが会う度に肉が落ちているように見える。

「アジャリア様、この酷暑はご自身の身体に障ります。涼風の吹き始める頃に、また軍を編成し直しては」

 しかし、アジャリアはその意見には肯首せず、

「もう少しで食欲も元に戻りそうだ。本来ならすぐにでも出陣したい所なのだ。各部隊、荷隊カールヴァーン も含めすぐに出られるように怠り無く準備しておくように」

 と覇気の無い声で命令した。


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2019年4月25日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_40

 結局ファリドはバラザフに確約を与えた通りに、サフワーン攻撃に入った。バスラの包囲を解いてサフワーン攻撃に遷ったあたりをバラザフはファリドの中に義理を見たが、ファリドにしてみれば、
 ――どうせバスラを落としてもすぐアジャール軍に奪われるのであれば、気色を損なわないよう今は要求を呑んでおくか。
 という気であったかもしれない。
 ファリドの半ば諦めを含んだ読みは当たった。
 リヤドに居たカトゥマルの副官アルムアウィン サッド・モグベルが自身に与えられている部隊のみでバスラを占拠した。レイス軍に包囲され枯渇していたバスラは、包囲が解かれたので補給が行き来していたのであるが、その流れに乗ってモグベル隊は容易にバスラを取れた。
 ところがその先に流れがファリドを驚かす事になった。バスラ占領でほとんど力を失っていないモグベル隊は、勢いでそのまま西のハンマール湖を舟で渡り、ファリドの拠点であるナーシリーヤ周辺の集落を攻撃し始めたのである。
 これには辛抱強いファリドも本気で怒りを顕にした。
「悪辣なアジャリアめ! 利用するだけ利用して騙したのか!」
 持っていたポアチャを投げつけ、それを盛ってあった皿を蹴飛ばし、口に含んでいた物までも吐き出して喚き、耳まで赤くなって、もはや言葉になっていない叫びを撒き散らし続けた。
 ひとしきり大立ち回りを演じた後、アジャリアに背信を責める使者を遣ったが、
「今回のナーシリーヤ攻撃はアジャリア・アジャールが一切あずかり知らぬ事。こちらでも子細を調べた後でなければ対応できぬ」
 としか返答が得られず、拠点との間にモグベル隊が刺さった事で、レイス軍は孤立する状況に置かれてしまった。
「さすがに手広くやり過ぎたか」
 ファリドからの使者が退去すると、アジャリアは周囲のワリィ・シャアバーン、アブドゥルマレク・ハリティに漏らした。
「モグベル隊はアジャリア様の指示で動いていたのですか?」
「そうだ。だが、ファリドに気付かれては、もうナーシリーヤまでは取れんな」
 勿論、ファリドにとってもアジャリアの返答など信じられるはずもなく、急いでナーシリーヤまで撤退すると、矛先をアジャール軍に向けたまま、またハイレディンに頭を下げ、カウシーン・メフメト、サラディン・ベイとの同盟関係を急速に構築していった。結局、アジャリアの口車に乗ったファリド・レイスのクェート出兵は益無き事に終わった。

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2019年4月15日月曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_39

 アジャリアの下に帰ってバラザフはファリドとの調子の調わない会見を報告した。
「バラザフ、お前はファリド・レイスという人物をどう見た」
 事実報告を終えたバラザフにアジャリアは尋ねた。バラザフが言葉に詰まっていると、
「お前の単純な感想を聞きたい」
「若さに苔の生えたような男だと思います」
「それは面白い表現だ」
「はい。かのお人からは結局光を感じ取る事は出来ませんでした」
「老成していると?」
「そういった練れた器にも見えませんでした」
「本音を見せぬという事だな」
「それに……」
「まだあるのか」
「私はあいつが嫌いです」
「そうか! 嫌いか」
 正直ついでに本音を全て漏らしたバラザフの言葉に、アジャリアは呵呵大笑した。
「これは愉快。だがな――」
 ひとしきり笑ったアジャリアは、ファリド・レイスという人物をバラザフに語って聞かせた。それによれば、彼は多感な幼少期をフサイン軍、サバーハ軍の俘虜として過ごし、それらの交渉材料として物を取引するように扱われた。俘虜のファリドの生活は本来あるべき貴人のそれとはかけ離れたもので、この世の汚泥を全て被ったかのような環境下で他人に胸襟を開くという事など有り得ず、バラザフを見下したような態度も彼の過酷な生い立ちを鑑みれば、無理の無き事と言えた。
 自分が味わった苦労に比べれば、同年代の者の経験など童子トフラ とさして変わらぬという思いがあっただろう。若者の光と無縁のまま成人してしまったのは至極当然である。
 周りに人が居ないという孤独は辛い。だが本当に人が居ないという事は砂漠で遭難でもしない限り現実にはあまり有り得た事ではなく、真に辛さとなるのは、人の中に居るときの孤独。それが一人の人間の心を情け容赦なく締め付け、歪めてゆくのである。
「窮めて哀れな御方だったのですね」
 アジャール家に厚遇され城邑アルムドゥヌ まで持たせてもらっているが、バラザフも最初は人質としてハラドに送られたのである。人生の種々相を見せられた思いがして、バラザフは心ひそかに目の前のアジャリアに感謝した。
「私と会っている間、ほとんどポアチャを頬張ったままでした。そのせいか、何というか……若い割には肉付きがよろしいようで」
「ほう、ファリドがなぁ。わしが昔配下に調べさせた情報によると奴は腹の肉が割れる程、鍛錬には精を出していたようだが、変われば変わるものよ」
 そう口にしたアジャリアには少しずつ肥えてゆくファリドの心情がわかるような気がした。彼は過去の不遇を憎んでいる。そればかりか過去の自分をも憎み続けている。それで太る事で風貌を変えて過去の己を消し去るという負の克己なのではあるまいか。自分の増長的な食欲とは対になるものなのだろう。
「そうか……。分った」
 とアジャリアはバラザフを下がらせた。
 食べるという事を意識した途端、彼の胃袋は何か食わせろと強烈に自己主張を始めた。アジャール家では胃袋までが厚遇されている。

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2019年4月5日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_38

 正直バラザフには荷が重い。何せまだまだ小隊長格の自分が主君の同盟相手に上から物を言わねばならないのである。相手の人となりが全く分らぬ上に、ファリドの出方や細かな心の機微も見落としてはならなかった。
 バラザフが面会を求めに行った時、ファリド・レイスはまだバスラを包囲している最中で、バラザフはファリドの野営陣に通された。
「すんなり分け前を寄越すまいとは思っていたが、こちらの取り分まで邪魔するというのか」
 バラザフの口上にファリドは怒った。当然の反応である。語気を抑えただけまだ辛抱強いと言える。
 バラザフとしても損な役目であるが、この瞬間二人の間に出来た大きな溝は生涯に亘って尾を引く事となった。
「なぁ、バラザフとやら。俺はバスラを取るのに忙しいのだ」
「存じております」
 ファリドは使者との会見であるにもかかわらず、ポアチャを脇に置いて齧っている。
 完全にバラザフが若造だと思ってなめてかかっている。が、ファリド自身、バラザフを侮っていい程、歳を経ているわけでは全くない。この時ファリド・レイス二十六歳、バラザフ・シルバ二十二歳である。
「どうだろうバラザフ、俺には会えなかった事にして帰ってはもらえまいか」
 正気で言っているのかとバラザフは疑った。アジャリアに嘘を報告するつもりも毛頭無いが、仮に会えなかったと言ったとして、そんな事を信じるアジャリアではない。ファリドがこちらの申し出を断ったと受け取り、レイス家はバスラ諸共アジャール軍に踏み潰されるのがおちである事は、バラザフの目から見ても簡単に分る。
 要求をいかにして飲み込ませるか思案していると、
「冗談だ。サフワーン攻撃はやっておくと伝えておいてくれ」
 と、もってまわったような承諾をファリドは返してきたのだった。
 バラザフは一応冷静に心の目を働かせ、ファリドを観察していた。だが、どうにもこの人物を掴む事がかなわない。ただ、
 ――こいつは嫌いだ。
 と率直に感じた。若者が放つ独特の光がこの男には無かった。

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