結局、アジャリアはサフワーンを取らずに攻めるのをやめた。
――レイスの小僧はメフメト軍よりも弱い。
それだけ確認出来れば十分で、アジャリアは矛先をナーシリーヤに向ける事にした。
今、クウェートの
――これはアジャリア様の
バラザフはアジャリアの戦略にエルサレムへの企望を見た。リヤドからナーシリーヤを攻撃するという事は、クウェートから行くよりもアジャリアにとっては見込みのある行軍路であり、加えてレイス軍の予想の裏をかいてナーシリーヤを攻めるという利点がある。
春――。花の咲く時期にアジャール軍はハラドを出発した。ハラドからリヤドを経由してブライダーに進み、そこから北東へ進軍してゆく。結局途中でクウェートで補給してからナーシリーヤへ向うのだが、補給路や後詰を自分の拠点を通す事で、不測の事態を可能な限り排除したいというアジャリアの慎重さがここにも出ている。
行軍途中、ブライダーにさしかかったあたりで、菜の花が咲いている一帯があった。
「砂の黄、黄金の黄と黄にも色々あるが、花の黄はやはり命が感じられてよいな」
砂の大地では命は特に尊い。アジャリアもカトゥマルも幼少の頃よりは花は好きである。出陣してさほど日は経っていなかったが、生命の美しさというものが感じられた時、人はそこから家族へと想いが飛んでゆくようである。
アジャール軍の本隊はクウェートに駐留せず、補給部隊だけを行かせて食料を賄った後、本隊に合流させた。アジャリアはクウェートからナーシリーヤへ道を使わず、クウェートの西側の砂漠を真っ直ぐ北上した。
アジャール軍はナーシリーヤの南、スーク・アッシュユーフという
スーク・アッシュユーフの太守には突然、
太守の慌てぶりは尋常ではなかった。すでに日は高く熱い日差しで気温が高くなっているにもかかわらず、彼の頭からは血の気がひいて、寒気をおぼえていた。
アジャリアはすぐにはアッシュユーフには手を出さなかった。数日の間威圧して、さらに敵の焦燥を誘うつもりである。
「そろそろやるとするか。明日の朝攻撃すると中に伝えてやれ」
明朝、朝靄がひくと、防備の気配のない、スーク・アッシュユーフの
アジャリアは、スーク・アッシュユーフに至ったとき、彼らの戦意が低い事を見てとった。そして、ブービヤーン島のときのように、わざと敵の逃げ道をつくっておいて、敵兵の脱走を促して
以前よりアジャリアからあらゆる事を吸収しようと努めていたバラザフである。この戦法も咀嚼するに値した。
「アジャリア様から、また新たな手札を得る事が出来た」
バラザフはアジャリアを師として仰いでいる。勿論、主君として崇拝すべき存在ではあるが、今では戦術の師としてアジャリアを越える存在が無くなっていた。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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