2019年2月13日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_19

 アジャリアの壮図は無限に拡がってゆく。食欲が出て仕方が無かった。
 ――ああは言ってはいるが、父も勿論自分も船になど乗ったことすら無いではないか。
 アジャリアのこの舵取りにアンナムルは不服である。というより許しがたかった。
 バシャールの妹を妻としてアンナムルは娶っている。勢いが弱まったとはいえ、サバーハ家との婚姻同盟を反故にしてよい事では全くない。自分の事は心配しなくていいと言いつつも、表情に濃い翳りが見える妻とその傍で不安がる長女がアンナムルは不憫でならない。
 アンナムルが物心ついた頃にはアジャリア家の勢力はほぼ調っていて、つまりは一地方の雄として圧しも圧されもせぬ安定を手にしていたのである。ナムルサシャジャリからアジャリアにかけて持っていた生き抜くためのしたたかさは次第に薄れ、アンナムルの世代では道義的な価値観が強くなっているといえる。
 アンナムルの不安は戦略面にもある。これまでアジャリアはネフド砂漠を攻略してジャウフ辺りからエルサレムに進む戦略方針を立てていた。そのためのネフド砂漠への侵攻であり、これが各士族アスケリとの確執を生み、こちらが勝ったのだと喧伝しているにせよ、結果はベイ軍に挫かれたのである。
「一度挫かれたのであれば、武備を整え機を見極めるべきだ」
 とアンナムルは主張する。
 肉食であるアンナムルも一度狩に失敗すれば、次は居並ぶ水牛ジャムスの角に衝かれて命を落とす事も有り得る。サバーハ軍や、レイス軍、フサイン軍と較べて、戦力の上ではこちらが圧倒的に強くとも、この場合戦機に勢いが無い。
 このような客観的な彼我の実力差を推知する頭と目とを具備していたがために、アジャリアは今まで戦いで下手を打たずに済んできたのではなかったか。
 アンナムルの目に映るアジャリアは、ずらりと並べなれた馳走に目が眩んでいるようだ。そして食事の皿を空けては次々と積んでゆく――。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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