バラザフ・シルバ。今、彼はアジャリアの近侍 として勤めている。アジャリアに賞賛された彼も初陣である事は他の近侍と同じであった。
だが、不思議とバラザフの心には霧中のベイ家軍に対する恐怖は生じなかった。
待ち遠しい。そんな思いしかなかった。バラザフは戦端が開かれたとき、自分がアジャール軍を差配しているという夢想の中にいた。
不意に目の前の白い幕が裂けた。刹那、バラザフには開けた霧の奥から夥しい数の騎兵 がこちらに突撃してくるのが見えた。
霧に目が惑わされ虚像でも見えたかと思ったが、鯨波を伴ったそれらは紛れもなく、ベイ軍が自分たちの間近に迫っている事を嫌でもバラザフに認識させた。
「敵兵接近! アジャリア様の護りを固めろ!」
周りの近侍 にバラザフが叫ぶ。
その頬を矢が掠めてゆき紅い線を残した。
「情報を集めろ! 各方面に伝令 を出すのだ!」
いつもは穏やかな威厳を纏っているアジャリアがこのような大声を上げるのは珍しい事である。抜き差しならぬ事になり得る。バラザフはそう予知した。
アジャリアの稲妻 は未だ陣が布き了 っていなかった。そんな中から味方の騎兵 が次々と敵兵に向けて突撃してゆく。
「アジャリア様の護りを固めろ!」
今度はアービドが周囲の兵士に命じた。もはや戦場にあがる鯨波は敵のものとも味方のものとも区別がつかぬ。バラザフは無意識に兜 を上から目深に押さえ付けた。力の込もった両手に握られる諸刃短剣 に朝陽が反射した。
日を反す研がれた刃の光。バラザフはこの光を憶えていた。先年、バラザフはこのネフド砂漠でベイ家の暗殺者 と遭遇した。
――いずれ俺はここで亦戦う事になる。
その通り、バラザフはアジャリアから今回のネフド砂漠の戦いに出陣するように命ぜられた。少年は戦場で自分が華々しく活躍するのを夢見ていた。だからアジャリアのこの命はバラザフにとってこの上なく果報な事であった。バラザフだけでなく仲間の近侍 達も皆同じ気持ちであったろう。
このときからすでに、何ゆえかバラザフの記憶の糸はベイ家の暗殺者 に遭遇した過日に伸びていた。
バラザフが凝視する霧の奥からベイ軍が迫っている。脳裏には特に暑かったあの日の像が浮かんでいた。
だが、不思議とバラザフの心には霧中のベイ家軍に対する恐怖は生じなかった。
待ち遠しい。そんな思いしかなかった。バラザフは戦端が開かれたとき、自分がアジャール軍を差配しているという夢想の中にいた。
不意に目の前の白い幕が裂けた。刹那、バラザフには開けた霧の奥から夥しい数の
霧に目が惑わされ虚像でも見えたかと思ったが、鯨波を伴ったそれらは紛れもなく、ベイ軍が自分たちの間近に迫っている事を嫌でもバラザフに認識させた。
「敵兵接近! アジャリア様の護りを固めろ!」
周りの
その頬を矢が掠めてゆき紅い線を残した。
「情報を集めろ! 各方面に
いつもは穏やかな威厳を纏っているアジャリアがこのような大声を上げるのは珍しい事である。抜き差しならぬ事になり得る。バラザフはそう予知した。
アジャリアの
「アジャリア様の護りを固めろ!」
今度はアービドが周囲の兵士に命じた。もはや戦場にあがる鯨波は敵のものとも味方のものとも区別がつかぬ。バラザフは無意識に
日を反す研がれた刃の光。バラザフはこの光を憶えていた。先年、バラザフはこのネフド砂漠でベイ家の
――いずれ俺はここで亦戦う事になる。
その通り、バラザフはアジャリアから今回のネフド砂漠の戦いに出陣するように命ぜられた。少年は戦場で自分が華々しく活躍するのを夢見ていた。だからアジャリアのこの命はバラザフにとってこの上なく果報な事であった。バラザフだけでなく仲間の
このときからすでに、何ゆえかバラザフの記憶の糸はベイ家の
バラザフが凝視する霧の奥からベイ軍が迫っている。脳裏には特に暑かったあの日の像が浮かんでいた。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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