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2020年2月5日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第4章_7

 アジャール軍は全軍でハサーに進んでいる。
 シアサカウシンは本格的な追撃に入るため軍容を整えていた。
 ところが追撃に燃えるシアサカウシンを嘲うかのように、二十万のアジャール軍はハサーの傍まで寄せて、またもや転進したのである。
「全軍、西だ。このまま皆でリヤドに帰還するぞ!」
 アジャリアの指示が下達した。
「ハサーを獲得する目的ではなかったのですか」
「ハサー獲得も上辺うわべ の陽を見せたに過ぎん。これで十分にメフメト軍を揺さぶりをかける事が出来たはず」
 目的を十二分に達成したにもかかわらず、アジャリアの表情が晴れていないと傍のアブドゥルマレク・ハリティは見た。
 今回のメフメト軍との戦いが布石であるならば、それはクウェート攻略のために他ならない。だが、ハリティの見たアジャリアの顔色にはそれだけでない苦さが出ている。
「帰還の道は間違いなく血路だ、アブドゥルマレク。メフメト軍は大鳥ルァフ と化してわしらを食いに追ってくるぞ。各隊に情報収集を怠らないようにして進軍するように命じよ」
 ――アジャール軍、ハサーに向う。
 シアサカウシンの方ではこの報を受けた上で、これからの方針をカウシーンにまず上申した。
「ハサー近辺を封鎖してアジャリア軍を包囲殲滅するのが良いと思われます」
 確かに盤面にはハサーに封じられて大鳥ルァフ の翼に被われて啄ばまれてゆく図が出来上がっているようではある。故にシアサカウシンのこの考えは常識的判断と言えた。
 だがカウシーンは、これに否やをとなえた。
「だがな、シアサカウシン。アジャリアの性格を考えるとサラディンと同じわだち に車輪を落とす事は無いはずだ。包囲殲滅にはこの父も反対はすまい。だがハサーというのは虚報に違いない。おそらくアジャリアはハラド、あるいはリヤドに退却しようとしている。メフメト軍全てを連携してその逃げ道を潰してやろうぞ」
「しかし、そう考えるとハサーは虚報であるという我等の裏をかいてくるような気にもなってきますが」
「そうだな。であるから後は当主であるお前が判断するが良い」
 結局シアサカウシンはカウシーンの方針を採った。
 そしてカウシーンの読みどおり、アジャール軍の進軍がハサーの手前で西に折れた。後は一直線にリヤドに向う道である。
「お前はそういう奴だ、アジャリアよ」
 カウシーンの顔に僅かに笑みが浮かんだ。肉体が老いても頭は老廃していなかった事を喜ぶ笑みである。友が自分が知る友であってくれた事も嬉しかった。
 その下でシアサカウシンの方はアジャール軍挟撃のために実務的に動き回らなくてはならない。弟達、領内の諸将との包囲、連携のための使者が行き交う。
 それらの一人が、シルバアサシンの手に捕縛された。
 書状を持ったメフメト家の使者がバラザフの所へ連行された。網を張っていたのは、オクトブートである。
 使者が携えていた書状には、
 ――ハサーの西に部隊を急行させバーレーン要塞からの主力部隊と挟撃する。
 という作戦内容が書かれていた。
「各所に自分達だけがわかる目印をつけて砂漠を往来していたようです。シーフジンを使者として遣わなかったのが幸いしました」
 バラザフは褒美としてオクトブートに金貨と肉とを与えた。褒美として価値のある金貨の他に、肉は戦場ですぐに労いになる。
「水と果物はレブザフに言って荷駄から持っていけ」
 当然、酒は与えられない。オクトブートは速やかに退去した。口にこそ出さないものの顔には褒美に満足した清清しさがある。
 バラザフは、捕らえた使者と書状をアジャリアに差し出した。
「カウシーン殿がわしの意図を読んだのだ。シアサカウシンはきっとハサーで我等を包囲するつもりだっただろう。ともあれ、退く先に軍を回されるのはいかにもまずいな。挟撃に嵌まり込んで進退を見失わないようにせねば」
 ――決戦の時が近づきつつあるな。
 アジャリアは、すぐにバラザフに諸将を集めさせた。軍議である。
「バラザフ、お前には伝令将として動いてもらう。時間が無い。即刻稼動してくれ」
 ここまでバラザフの部隊はカトゥマルの部隊に所属する形で動いてきたので、この再編措置はアジャリアの口からカトゥマルに伝えられた。
 今の戦局での主目的は帰還・・ である。よってメフメト軍との戦闘が起こるとすれば、それは敵が退路に立ち塞がってきたときであり、遭遇戦となる事が予想される。これまでのように時と場所を握る事は出来ず、敵兵のみならず宵闇も敵に回るかもしれない。
 よって伝令の任に就く将は智勇兼備でなければならず、用兵の機微を頭の中で描ける者でなくてはならない。九頭海蛇アダル であるアジャリア軍の中を血液のように巡らなければならず、これがしかと機能出来ないと頭や手足がばらばらに動き出す。
 ――困難で心労の強い役目だ。
「既に西方面に敵兵力が集まっているだろう。フート、情報収集に今まで以上に動いてくれ」
 今回のバラザフが受けた伝令の役目は、ただの伝令ではなく敵との遭遇が大いに予想される、戦闘込みの仕事である。兵を殆ど連れず戦うのは腕の立つ武人でなくては務まらない。
 この戦場にはシルバアサシンの他に、アジャール軍のアサシン、アジャリア直属の間者ジャースース も諜報のために放たれてはいるが、それらはバラザフの管轄下ではなく、彼らに指示を下して用いる事は出来ない。従ってシルバアサシンの働きぶりが、バラザフの伝令将の役目に直結する事になる。
「バーレーンより繰り出される兵はおそらく二十万。これをカウシーンとシアサカウシンで分隊して、西へ進む我が軍の先に回して絡めてくるはず。アジャリア様はこの二十万の稼動には時が掛かると読んでいる。つまりこの時を利用して敵の全軍を同時に相手するのを回避するのが我等の生き残りの胡麻シムシム 。門扉を開けるという意味だ」
 バラザフの詳説を弟のレブザフや配下の部隊長が神妙に聞いている。あれだけメフメト軍を翻弄した後の退却である。皆、この血路を活路とせねばならぬと理解していた。
「おそらく路線は今言った方向に定まる。いや、そこに必ずもっていく。フート、そのために情報を掻き集めるのだ」
 皆、言葉無く拝している。が、バラザフには、彼らに自分の意が浸透していっているのが感得された。
「昔、アジャール軍とベイ軍との間に大戦争があった。今回の戦いの熾烈さもそれと同等か、それを上回る事になろう。死なぬ覚悟が要るぞ! 味方との連携を疎かにせず戦死者を一人も出すな!」
 バラザフは激戦が訪れる事を読んで、配下に死なぬ覚悟を説いた。もちろんアジャリアも激戦を予測している。しかし、その危機感はまだ軍全体に伝播しきっていない。
 ――西にメフメト軍の陣を発見。すでに配置は済んでいる模様。
「予想以上に迅速だな。全員、大鳥ルァフ の背にでも乗って飛んできたか」
 偵察の者の報告に対してアジャリアは冗談交じりに余裕の態度で応えてはいるが、心の奥の顔は額に汗を浮かべている。メフメト軍の動きが予想以上に迅速なのは事実なのである。
 続いてアジャリアは偵察の者にバーレーンからの本隊の動きを問うたが、こちらにはまだ動きは無く、こちらの方は思ったより遅いようであった。
「わしにまだ武運がある証拠だ。この遅れは我等にとって僥倖となったわ」
 バーレーン要塞の主力がまだ出撃していないのが分かったアジャリアの安心感は大きい。
 一方、西に回りこんだ敵部隊の様子も大いに気になる所である。
 その部隊の数は十三万。ハサーのムスタファ・メフメト、ダンマームのバヤズィト・メフメト、さらにムバッラズの街の太守ソコルル・メフメトなどメフメト軍の諸将が集結している、と偵察は報告した。
 アジャリアの横で一緒に報告を聞いていたバラザフは、自分の背筋が冷たくなるのをはっきり自覚した。あれだけメフメト軍を叩いたのに、まだこれだけの戦力が残っている。主力が来ないまでも十三万を相手にするだけでも下手を打つとこちらがやられる。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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(2020.03.05公開予定)

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2019年10月5日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第3章_14

 カウシーンはダンマームとハサーの城邑アルムドゥヌ にそれぞれ二男と三男を配している。これらにアジャール軍の侵攻に急ぎ備えるようにと命令した。いずれもバーレーン要塞への緩衝となる重要拠点である。
 アジャール軍の方では、バラザフが先鋒のカトゥマルの部隊と合流していた。
「アジャリア様の命でカトゥマル様の部隊を追ってきた次第です」
「おう、バラザフ。我等にも定められた行程がある故、お前が後ろから来ているのに気付いていても途中で待ってやれなかった。許してほしい」
「昔からカトゥマル様は足が速かったですから」
「何、あれでも俺は加減していたぞ」
「追う方は堪りませんよ」
 幼少時の同じ感覚を持った二人の会話は哄笑に変わった。この幼少時の幼い感覚にはナウワーフも含まれている。彼らは主家と家来という間柄でありながら、今でも冗談が言い合える仲である。
「バラザフは昔から知恵が回ったな。そんなお前に尋ねたいのだが」
「何か問題でも生じましたか」
「いや、問題が生じたという事ではない。カウシーン・メフメトという人物を戦う前に知っておきたいと思ったのだ」
「カウシーン殿ですか」
「うむ。父アジャリア・アジャールに匹敵する智勇の将という、世で言われている情報くらいしか分らない」
「私の持っている情報もそれと変わりありませぬ。一応父が申していましたのは……」
 バラザフは、父エルザフから聞いていた、カウシーン・メフメト像を語った。戦い方や交渉のやり方についてを、特にメフメト家のジュバイル獲得がカウシーンの活躍に依る所が大きい事を、押して伝えた。
「戦局を左右させ得る力があるという事だな。父に匹敵すると評価されるのも頷ける」
「戦いにおいて勝つための筋道という物が定まっているのかどうかはわかりませんが、戦略、戦術、外交、どれをとってもアジャリア様のやり方と酷似しているように思えるのです」
 アジャリアとカウシーンが似ていると話して、バラザフは自分も彼らのやり方を模倣しようとしている事に気付いた。やはり勝つための一定の法則はあるように思える。だが、今は頭の中でその方法論を形成してゆく時間は無く、自分等の本分を務め切らねばならない。
「父アジャリアに戦いで勝たなければいけないようなものではないか」
「その言葉は言い得ています。それほどの強敵であるが故に私も寒気がします」
 二組の人馬は離れ、バラザフは後ろの自分の部隊に戻っていった。バラザフは東の空に目を遣った。あの空の下に海があり、そこにバーレーン要塞が在る。
 その空にネスル が誇らしげに飛んでいるのが見える。ネスル は見る見る巨大化し大鳥ルァフ となり空を覆った。
 ――大鳥ルァフ よ。我等の九頭海蛇アダル の首はお前まで届いて吞み込んでやるぞ!
 自分は九頭海蛇アダル の手足だ。大鳥ルァフ に睨まれ背中に悪寒が走る。反面、もし自分が九頭海蛇アダル の頭として稼動出来たなら、どのように大鳥ルァフ を食い殺してやろうかという戦術的な楽しみもある。
「あの時もそうだったかもしれん」
 バラザフはベイ軍との死闘において、主将になったつもりで戦場の動きを見つめている若き日の自分を思い出した。すでに父親になったとはいえ昔日を懐かしむには些か若すぎる謀将アルハイラト である。

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2019年9月25日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第3章_13

 アルカルジにアジャール軍集結。この情報がすぐバーレーンに届いた。
「何で素直にクウェートに行かんのだ!」
 新たにメフメト軍の統領となったシアサカウシンの頭の中は怒りと混乱で入り乱れた。
 難攻不落のバーレーン要塞を本気で攻撃するまいと思っていた。万が一来たとして、ジュバイルの城邑アルムドゥヌ 辺りからのはずであった。
「あの揺さぶるようなやり方が気に入らん」
「ではそれに揺さぶられてはならんぞ」
 すでに九頭海蛇アダル の術中に嵌っているシアサカウシンにカウシーンが話して看た。
「同じ高さで観ては九頭海蛇アダル の頭の一つが見えるのが精々だ。だが、上から観れば九頭海蛇アダル蚯蚓ドゥダ に見える。もっともあれは化け物蚯蚓だがな」
「あれが化け物蚯蚓であれば、父上はそれを啄ばむ大鳥ルァフ でしょう」
「その賛辞は嬉しいが父は老いた。長くは飛べぬ大鳥ルァフ よ。父はお前にこのバーレーンの空を飛んで欲しいのよ」
 偉大なる父を大鳥ルァフ に喩えたシアサカウシンは自らが成鳥となって久しく、名目上はメフメト軍の総帥として当主を継いでいる。だが客観的に見ても、親の欲目で見てもシアサカウシンが大鳥ルァフ としてバーレーンを制空する器とは評価出来ない。
 それでも親として子に期待せぬ事など所詮無理な事であり、老いたりとはいえ自分の命ある限りは我が子と一族を守りたいと、ついつい政務軍務の口を挟んでしまうカウシーンなのである。今は迫り来る化け物蚯蚓にこの地を食い散らかされるのを防がねばならない。
 上から観ろと子を諭し、大鳥ルァフ と称されただけあって、カウシーンの目にはアジャリアの意図が徐々に浮かび上がって見えてきた。
「シアサカウシン」
 虚空を真っ直ぐと見つめたままカウシーンはアジャリアの意図を描こうとする。
「アジャリアの狙いはこの父よ」
「父上を?」
「この父の命……というより、力比べよ。どちらが強いか、知恵が回るか、根気が上回るか。同盟に安居して我等はこれまでぶつかって来なかった。大鳥ルァフ九頭海蛇アダル 、ここで雌雄を決してみたいと父にも思えて来たぞ」
「父上……」
 血が沸き立ち震える父を、シアサカウシンは仰羨していた。まさにバーレーンを制空する大鳥ルァフ を眼前に見ていた。
「こちらも全力をぶつけてやりましょう」
「そうだな。あの九頭海蛇アダル がどのような奇策を出して、このバーレーンを落とそうとするのか楽しみなってきたわ。情報を拾え。アサシン、間者ジャースース を増員してアジャール軍の動きを追うのだ」
 父の威風に薫陶され性を成して、シアサカウシンの身体にも闘気が宿り始めた。
 カウシーンにはこれが自分の最後の戦いのなると分った。故、たとえ僭越になろうとも戦いの指揮権をやる気になっているシアサカウシンから自分に戻して戦おうと決めた。
 シアサカウシンに大鳥ルァフ の羽根のひとひらでも有していればよかった。見上げるような感覚や、地に足を着けて横を観る目も必要な時はある。民情を把握して民の暮らしを平らけく安らけくせんとする時がそれである。が、今地を這っていては九頭海蛇アダル に踏み潰されるか、いずれかの頭に呑みこまれて終わる。シアサカウシンを活かしてやるのは平安が訪れてからでよい。
 カウシーンも元々は土の如く地に有った。その土には戦場の薫りが浸み付き、鶏ではなく大鳥ルァフ に大きく焼きあがった。無論、戦場はその製陶を唯見過ごすという事はせず、言うなれば傷物として出来上がった。やがて陶の大鳥ルァフ は命となり、バーレーンの空を飛んだ。その意味ではシアサカウシンは父を的確に観て評したと言える。
 その目でアジャリア・アジャールを観て欲しい。だから、
 ――味方は活かせても敵は殺せぬ。
 というのが父カウシーンのシアサカウシンに対する評である。
 ジュバイル、バーレーン、ドーハ、マスカットにかけて、メフメト家は、ペルシャ湾、オマーン湾の南側の湾岸を支配下に置いている。サバーハ家の客将であったカウシーンの祖父がサバーハ軍の後ろ盾を得て、この地を支配するに至った。カウシーンの今までで一番大きな戦いダンマームでの戦いである。ダンマームはこの時まだ他の有力首長の支配下であって、相手はメフメト軍の十倍以上の威を誇っていた。これをカウシーンの活躍で追い出しアルカルジまで退かせる事に成功した。カウシーンが二十歳の時である。アルカルジもこのときはまだアジャール家の支配ではなかった。
「もうあの時の力は残っていない。だが、アジャリアと最後の対決となれば、ジュバイルの戦いの記憶が我が血をたぎ らせずにはおかぬ」
 ぐっと力の篭るカウシーンの腕は傷跡だらけである。その腕を見つめ、それからシアサカウシンを見遣った。

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