2020年4月5日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第4章_9

 前線にアジャリアが最も信を置くアブドゥルマレク・ハリティを出している。挟撃の別働隊にも信頼出来るワリィ・シャアバーンを行かせ、重要な荷隊カールヴァーン を熟練のナワフ・オワイランに護らせている。これ以上に無い本気の布陣なのである。
 アジャリア本隊を含めた大きく分けて三つの隊が稼動し始めた。
 年の瀬まで残り一月程。普通に暮らす分には暑さが猛威を振るうのが収まった程度で過ごしやすい気温と言えるが、伝令に高速で駆けるバラザフにとって、当たる風は彼の熱を少なからず奪ってゆく。だが、それにも負けぬくらいバラザフの身体は高揚で熱量の塊となっていた。頭も耳も熱くなり思考を妨げられそうになっている所を、風は顔の熱を冷ましてくれた。被っていたカウザ を後ろに脱ぐ。
「フート、配下に待ち伏せのメフメト軍の偵察をさせてくれ」
「承知」
 バラザフは今までに無いくらい情報を渇望していた。バラザフの任務はアジャリアの命を諸将に正確に伝達し、作戦通り厳密に将兵を稼動させる事である。その任務を間違いなく遂行するために、戦場全体が見える情報を得て、頭の中で図を描いておきたい。その情報を集めるために、自身の目だけでは到底足りぬというわけである。
 アジャリアはシルバアサシンの活躍まで見込んでバラザフをこの任に当てたのかもしれないが、今のバラザフにアジャリアの心中まで見通す余裕は無かった。
「シーフジンに用心するのだ」
 今度は使者と書状を捕らえた時のようには、簡単にはいかないはずである。
 バラザフは実際にシーフジンを見たことは無い。だが、シーフジンと呼ばれるアサシン集団はすでに彼の心に恐れの影を落としている。
「殿が言われたとおりシーフジンとシルバアサシンは同門のようなもの。実力にさほど差は無し。心配召されるな」
 バラザフの横に寄せて一緒に走っていたフートは、命令を遂行するためそのまま離れて消えた。
 粒の大きく有能なアサシンがフートの配下には多い。投げ網捕獲のオクトブートもその一人である。他にはアッシャブート、クッド、アジャリース、マハールという名の知れた者がいた。各々が異能ともいえる特技を持ち、武器の扱い、道具の扱い、移動の足も速く情報を握る頭の回転も速かったので、アサシンの長であるフートも大層頼りにしており、彼らの下にさらに配下のアサシンを与えていた。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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