クウェートに侵入しようとする、アジャリアの戦意、領土欲は、この先も衰える事はなくメフメト軍、サバーハ軍との戦いには終わりが見えない。
アジャリアとバラザフはクウェートとハラドを往復する忙中に在った。その忙中の閑には、アジャリアは菜の花の咲く保養地にバラザフを連れて足を運んで心身を休めた。
アジャリアの
「バラザフは配下の褒美に、戦場では金貨の他に肉も与えているそうだな」
「はい」
保養地での主従の会話である。
「戦場で金は役に立たぬゆえ、肉を与えるのは良き考えであると思う。わしも次から真似してみよう。ところで――」
アジャリアは少しおいて、
「やはり食料を必要以上に持っていくとなると、いかに物資を迅速に運べるかが問題となると思うのだが――」
「その通りですね」
「であるならば、物資の輸送の方法を見直してくれまいか」
「私がですか」
「うむ、輸送が捗れば褒美として与える食料も腐らせる心配が無き故、種類を豊富に用意できるしな。任せたぞ」
「インシャラー」
「道――」
である。
人の生活環境がそうであるように、都市間に石を布いて足場を固めれば、人、物、金が円滑に行き来できる。だが、資金と人手を要する事業であるため、リヤド、クウェート間に限定して道を造って経済を活性化させる。これならばクウェートを併合する事によって救済するというアジャリアの名目を立てられるはずである。
バラザフは早速この案をアジャリアに持っていった。
「なるほど、
「ですが、急ぎ取り掛かるのがよろしいかと。設備というものは完成が早ければその分、そこから得られる利益も増す事になりましょう。戦いに使うとなれば尚更です」
「わかった。すぐに取り掛かるがよい。資金の事はテミヤトと相談せよ」
「インシャラー」
まずは石工職人達に腕を振ってもらわねばならない。工期の最初の内は石畳がたくさん要る。拠点からの輸送距離が短いため石畳を布いたらすぐ次の石畳が必要になるためである。そして、その石畳を輸送し、砂漠に一つ一つ地道に布いていくのだ。
工程が半分近くまで進んだあたりで、バラザフは最初の手ごたえを感じた。ここまで造ってきた道を使って
また物資の往来は当然、経済を援け
現場ではそこで働く労働者を相手に物を売りに来る行商人の逞しい姿も見られた。中でも飲み物の類は暑い中石を運び並べていくという重労働に従事する彼らに大変喜ばれた様子だ。
それを見ていたバラザフは、その日から一日の終わりに自分の金で労働者に飲食を労う事にした。斜陽に紅く染まる空の下、大地の上で労働の喜びを感じてしっかりと生きる人々の姿があった。
どの顔にも笑みがある。元を辿れば、これは戦争のための物資を運ぶための事業から始まった。だが、ここに居る誰もが平和というものを体現していた。
リヤドに戻ったバラザフはある変化に気付いた。市の露天に以前より魚が多く並ぶようになっている。酢漬けの物ではあるが、道を整備した事で海から品が届きやすくなっているようだ。クウェートからの
道は北北東へ延びてゆきカフジに達してから、そこからさらに北へ延びてクウェートに至った。
「バラザフ、よくやった。物資が行き交えばリヤド、クウェートの双方が豊かになるであろう」
アジャリアの皿にはすでにクウェートから運ばれてきたであろう
この後、リヤドからは東北東への道も造られ、リヤドとダンマームを結んだ。
こうした公共財へ設備投資を含めながら、アジャリアの断続的にクウェートへ侵攻し、徐々に支配域を拡大してゆき、戦局は西へと動き始めていた。
この年の冬、アジャール軍はクウェートからやや北のズバイルを次の攻撃目標に定めた。アジャール軍の
ズバイルでの戦いは年内に決着はつかなかったが、次の年、カーラム暦993年に入って十日も経つと、ズバイルの
ズバイルを落城させた後のアジャリアの視線の先には、ファリド・レイス支配下にあるバスラの
アジャリアの目指すところの本心は常に、
西――。
であり、聖皇の居坐すエルサレムにアジャール軍の旗を打ち立てたいという大望をずっと持ち続けていた。サバーハ軍、メフメト軍との戦いも、一度獲得した
ナーシリーヤも元々レイス軍の拠点であり、サバーハ軍の影響下を離れたファリドが今ではその旧領を回復していた。
ズバイルの
サフワーンはクウェートのすぐ北に位置する
アジャリアはこの戦いで相手の出方をうかがうつもりでいる。前線のアジャール軍の陣に居るのはアジャリアの
「ファリド・レイスと実際に戦うのは初めてじゃ。あの小僧の戦いでの差配をわしが見極めてやるとでもしようか」
アジャリアのファリド・レイスの名が出て、バラザフは一度対面したあの
常にポアチャを頬張っているせいか、若い割りに太っていたという記憶がある。余り良い意味で無く老成しているその態度から、自分は、
――若さに苔の生えたような男
と評したのも憶えている。そしてまだ若いのに、
「人を見下したような奴だった」
バラザフの中のファリド・レイスの人物評は良くない。容貌も態度も声も嫌いである。相性の悪さがはっきり表に出た出会いであった。
また
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
次へ進む
https://karabiyaat.takikawar.com/2020/10/A-Jambiya5-06.html
【創作活動における、ご寄付・生活支援のお願い】
https://karabiyaat.takikawar.com/2019/01/kihu.html
前に戻る
https://karabiyaat.takikawar.com/2020/08/A-Jambiya5-04.html
『アルハイラト・ジャンビア』初回に戻る
https://karabiyaat.takikawar.com/2018/11/A-Jambiya11.html