2018年12月5日水曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_4

 最早やり過ごせぬと知った茂みの隠者はバラザフ達の前に姿を現した。暗殺者アサシンのようではあるが、先程バラザフに射掛けてきた弩と剣を帯びている他は意外と軽装で、暗殺の任にある者ではなさそうだった。
 アサシンという言葉には暗殺という想像が常に付随するが、敵国での情報収集、国内の民情把握、要人の警護、密書の遣いなどを任務とする。よって諜報を主な任務として担ったこの者は、暗殺者ではなく間者という言葉で置き換え得るのである。
 男は嗤った。
「囲まれたときは焦ったが、こんな小僧が長という事ならまだやりようはあるな」
「俺はバラザフ・シルバ。アジャリア様の傍で近侍ハーディルを務める者だ。お前の名を聞こうか」
 バラザフは顔色を変えず、まず名乗ってから相手を質した。
「見ての通りの間者アサシンさ。間者が名乗るわけがなかろう!」 
 男は力強く踏み込み突破してくると思いきや、その足で後ろに宙返りするように反転し、背にしていた水辺に飛び込んだ。男が着水する瞬間、一閃の刃が彼を追ってはしった。
 水面に淡い赤が滲み、もはや物言わなくなった男が浮かび上がってきた。男の首には短剣が突き刺さっていた。刃は逃げられると察知したバラザフが咄嗟に腰のジャンビアを抜いて投げつけたのだった。
 諸刃短剣ジャンビアとは男子が十四になると与えられる物で、自由と名誉の証であり常に携帯すべきものである。よってこれを敵に投げつけるという事は本来は在り得ないはずなのだが、極めて合理的なシルバ家の者としてバラザフも例外ではなく、名誉という形無き者を守るより敵の掃滅を無意識的に優先したのであった。
「未来を視る眼が欲しい」
 先程の矢は外れたが、あれに毒が塗られていたら今頃自分は泡を吹いて白目をむいて死んでいるところだった。そしてあの間者の動きの先が読めれば、急な動きに対処して生け捕りにも出来たはずだ。
 見事に間者を仕留めたものの、バラザフは生きたまま捕縛出来なかった事、相手の先が読めなかった事を後悔した。自他共に認める察知能力を誇っていたバラザフだけに、この事は彼の中にしこりを残すこととなった。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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