カフジの城邑
を押さえたアジャリアは、バラザフにクウェートへの使者を命じた。
「クウェートは今、主君であるバシャール・サバーハの代わりに、太守を置いてハサン・アルオタイビという者が治めている。このハサンに城邑
を譲渡するよう説得し、加えてハサンを我等アジャアール軍の将として迎え入れる用意があると伝えるのだ。バラザフでなければ手落ちとなり得る重要な任務だ。頼んだぞ」
クウェートへ向うバラザフの顔からは血の気がひいていた。最悪、捕縛されて殺されるかもしれない。
――やられる時はハサンと相打ちにして果ててやる。
刺客として送られたアサシンのような覚悟の、アジャリア軍使者バラザフ・シルバである。
バラザフは単身、クウェートの城邑
の奥へ招かれた。連れてきた配下の者には奥へ進む許可が下りなかったのである。
「溌剌とした若者が来たものだ。カフジの攻城はその若い将の手柄だと私は聞いている」
ハサンと会見し、ファリド・レイスの所へ遣いにいったときのように、バラザフは使者として若輩扱いされた。だが、今回はなめられたとは感じなかった。相手は見た所明らかに自分より年長者であるし、ファリドのように言葉に侮りの色が見えない。何より今の自分には心の余裕が無い。
バラザフは顔を強張らせたままアジャリアからの手紙をハサンの側近を通じて渡した。後はアジャリアが言っていた言葉をそのまま伝える事しか出来なかった。
「アジャリア殿の御申し出を受ける事にしよう。私にはこのクウェートの城邑
の兵と民を護る責任がある。今のサバーハ家は風前の灯火だが、九頭海蛇
の肉体の一部となれば吹き消される心配も無かろう」
ハサンがこう返事した瞬間、クウェートはアジャール軍の所属となった。
「良き手柄だ、バラザフ。お前の説得を見込んだわしはやはり正しかった」
殆ど説得らしい説得も出来なかったバラザフは、アジャリアの賛辞にただ頭を垂れる他無かった。
アジャリアはクウェートの城邑
を獲得出来た事を十分な成果と受け止め、この年の軍事行動をここまでとし、本拠地であるハラドに引き上げた。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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