2019年1月11日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_15

 アジャリアにはエドゥアルドの下にもう一人弟がいる。サッターム・アジャール。彼は容貌がそっくりである事からしばしばアジャリアの影武者コプシュフィダウンに扮する。此度もアジャリアの周りを固める血族等の中に彼は潜んでいた。危機が迫った時に速やかにアジャリアに成り代わる為である。
 当然、バラザフは近侍ハーディル達と共にアジャリアを護る形で、本陣の前に配置された。
「気合が十分過ぎて全く仕方が無いな」
 そう震えながら言うのはバラザフの隣のナウワーフ・ハイブリである。
「バラザフもそうだろ?」
 そう言うナウワーフにバラザフはにやりと返した。だが目は全く笑っていない。脂汗も滲んでいる。
「他の者も同様のようだ。こんな高揚感は戦場じゃないと感じられないからな」
 答えながら、バラザフは近侍ハーディルの他の同僚を見遣った。バラザフの言葉通り皆、自らの気合で・・・で震えている。近侍ハーディルといえども戦場では一人の新兵なのだ。勿論、近侍ハーディルとして普通の兵士よりも権限はある。だが、斬られれば身分の別け隔てなく生身の肉体から血が流れて死ぬ。戦場で死は平等だ。
「よし、俺はもう死んだ」
「なに?? 恐怖で頭がいかれたのか、バラザフ」
「もう俺は死んだんだ。だから死ぬのは怖くない。そして今、生まれ変わった!」
「なるほど! ならば、俺も今死んだ」
 平時であったなら、意味すら成さぬ会話であったろうが、今の高貴なる新兵たちにとっては、戦場での助けとなった。
「邪魔な気合が抜けたな」
「気合が抜けては困るがな。楽になった」
「ああ、楽になったな。死ぬ気がしない」
 このバラザフとナウワーフのやりとりを見ていた他の近侍ハーディルたちも同様に、口々に死んだ、死んだとやりだした。近侍ハーディルたちは俄かに、皆、自分達こそが冥府帰りの無敵部隊だといわんばかりの、奇妙な自信に包まれた。
 この三日後、アジャリアは本陣の移動を決めた。ラフハーには太守としてアブドゥルマレク・ハリティに三万の兵をつけて残し、本体をアラーの街に動かす事にした。
「ハリティ様の役割は、ベイ家が占拠するタブークへの睨み、ということらしい」
 ナウワーフが仕入れたての情報を早速バラザフに持ってきた。ラフハーに置かれるハリティ部隊にバラザフの父と兄もいる。父エルザフはハリティ部隊の参謀を任された。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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