ファリドは、アジャール軍によって設けれた死地から何とか命を拾った。だが、これと同時にアジャール軍の方では別働隊としてナーシリーヤの東側の攻略にあたっていたワリィ・シャアバーンが、レイス軍の
加えてワリィは、近くの
アジャリアの本隊は敵の分断のために稼動していた、アシュール隊と合流して、さらにこれにシャアバーン隊を合流させた。
「バラザフ、全軍を集結させろ。場所はナーシリーヤの西、サマーワ。わしらも移動の準備をせよ」
相変わらず
「サマーワを足下に置いておくことで、バグダード攻略の拠点に出来るし、後はナーシリーヤを落とせば、サマーワ、ナーシリーヤ、バスラと繋がり、リヤドまでの退路を確保出来るのだ」
サマーワからナーシリーヤまでは東へおよそ二日の行軍、ナーシリーヤからバスラまではおよそ三日の道のりである。後はクウェートまで戻り南下すれば、リヤドまでの道は半分を消化出来た事になり、補給路も確保できて、これらを地図上で結ぶとアジャール軍の版図が大いに拡大する事がわかる。
太守の退去という形でアジャール軍は一度サマーワの攻略に成功しているため、戦術において難は無いだろうと判断したアジャリアは力で単純に押していこうと考えたが、アブドゥルマレク・ハリティ、ワリィ・シャアバーンの二人が
アジャリアが慎重に城を包囲してから落とすやり方をバラザフは何度も見てきた。言い換えるとバラザフにとって包囲戦というやり方は、アジャリアの戦術であるという印象があり、ハリティ、シャアバーンという古豪の将軍らのやり方をここで見ておける良い機会だと思って、実に興味津々で見守っていた。
「枯れ井戸から横穴を掘って隣の
「サマーワの周りにはナーシリーヤの他にも小さな
「今から全ての
「サマーワを包囲する他に、奇襲を警戒して全方位に防衛線を用意しておこう」
「うむ。承知した」
この会話を聞いていたバラザフは背筋に冷たいものが走った。若い世代の将であるバラザフはそんな事例は聞いたことが無かったし、もし、その枯れ井戸作戦を敵が実行してきていたら、危ない事になっていたであろう戦いが過去の記憶からいくつも蘇ってきていた。サイード・テミヤトなどの
サマーワは一ヶ月近く粘り強い防衛を見せた。この攻防を続ける間にもアジャリアは何度か相手方に降伏を促してきたが、それも無駄と知るとついに総攻撃の命令を下した。
事ここに至り、ようやくサマーワの太守が降伏したいと言い出したので、カトゥマルを制圧隊長としてアジャール軍が城内に踏み込むと、包囲によって水と食料を絶たれたサマーワ兵等が、まさに死に際という感じで横たわっていた。
これと同時にアジャール軍の別働隊としてサッド・モグベルがフサイン軍の要所カルバラーの攻略にかかっていた。
「バグダードにほど近いカルバラー。困難な仕事だがモグベルには何とか成功してもらいたいものだ」
アジャリアが待つのはカルバラー攻略の吉報である。アジャリアの言葉通りカルバラーからバグダードまでは僅かに一日。フサイン軍との対決にも、また後方への退路としても獲得しておきたい
バラザフ・シルバはこれまで自分の知略を他者に優るものと自負していた。この世においてもはや学ぶべき見上げるべき存在はアジャリアが唯一であると思っていた。が、先のワリィ・シャアバーンとアブドゥルマレク・ハリティの作戦というか手配り目配りを目の当たりにして、
――まだまだ他人に学ぶべき事は多すぎるものだ。
と思い直した事から、今回のサッド・モグベルの戦術に興味を持って見ていた。サッド・モグベルも学ぶべき対象になったのである。
「この堅城からどうやって敵兵を引っ張り出すか。それとも策を用いて自滅さえていくのか。どちらにしても力押しで行く事は有り得ないだろうな」
遠くからサッドの戦術を想い描いてみるバラザフだが、決め手となるものを彼の頭脳は導き出せなかった。
その答えをサッドは意外な所から引っ張り出してきた。
カルバラーの太守はハイレディン・フサインの臣である。覇王ハイレディンと言われる彼にとっても、アジャール軍はまだまだ恐るべき相手である。そのハイレディンが先のアジャール軍とレイス軍との戦いを見て、
――アジャール家に臣従する事を決意した。
ため、カルバラーの
カルバラーを調べさせていたアサシンから情報が入ってきた。
「カルバラーはハイレディン降伏の報を信じたということか」
「そのようで。いずれにしても戦いを避けるいい口実になるかと」
同じ情報はアジャリアのもとにも上げられた。
「今回のサッド・モグベルの奇策は見事であった。カルバラーの
カルバラーを支配下に収めたアジャール軍は
「レイス軍にハイレディン・フサインからの援軍三万が合流し、合わせて十万がナーシリーヤを出立」
アジャリアはこのカルバラーでレイス軍を迎え撃つ心積もりでいる。
――今度こそレイス軍を逃がすまい。
とバラザフは東の地平を睨んでいる。
だが、三十万のアジャール軍がすでに待ち伏せていると見るや、ファリドは大慌てでナーシリーヤへ踵を返し始めた。
「またポアチャだな」
食欲があろうとなかろうと、苛立って
「ファリド・レイスという男はいつもアジャリア様の戦術に右往左往させられているのだな」
ファリドの方ではフサイン家からの援軍と合わせた十万の兵を
「何があっても
と、卑屈さの色合いのある決意をしていた。
ハイレディンの方でも、
「アジャール軍と剣を交えるのは自刎に等しい。嵐の後に晴れが来る僥倖をひたすら待て」
とファリドに指示してきており、フサイン家の援軍の長にも、
「戦闘は不要。戦力の維持を最優先せよ」
と守備一貫の命令をしていた。
ナーシリーヤは、
だが、敵はあのハイレディンですら恐れたアジャール軍三十万なのである。果たして川という味方もどれほど通用するものか――。苦い思いを身に染みさせてきた弱者にいつも付き惑う、漠然とした不安がそこにあった。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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