数年前バーレーン要塞が百万の大軍で包囲された事があった。その総大将が他でもないサラディン・ベイであったが、その中身はカイロ、アルカルジ、オマーン、ドーハ他、各地方の反メフメト勢力の寄せ集めであり、指揮系統が確立していない軍とは呼べない集団であった。
いかに義人サラディン・ベイであるとも、これらを統帥する術無く、バーレーン要塞の包囲を解除するに至った。その時ムスタファはバーレーンで参戦し、これらを見ていた。
だが、ムスタファが眼下に見ているアジャール軍は、その寄せ集めとは全く別の存在で、城壁の上から遠くを見ても、戦意が高い精鋭である事がわかる。
ムスタファの身体に怯えの気が漂っている。それが周囲に伝染し、ハサーの体温が冷たく、そして重くなっていく。
――この戦い、危うい。
そんな空気が城内に伝播していった。
この戦況を危険視したシアサカウシンは、カイロのサラディン・ベイに援使を送った。ハサー城内のムスタファからも援使は数回送られた。
だが、ベイ軍からは援軍を撥ね付けられはしないものの、
――援軍の用意あり。しばし持ち堪えられよ。
と返事されるだけで、援軍はやって来なかった。
サラディン自身がメッカのザルハーカ教横超地橋派の蜂起に苦しめられている事を、メフメト軍は知らない。
城内で怯えるムスタファにしても他勢力に援軍を求めるシアサカウシンにしても、決して無能というわけではない。寧ろ遠目に敵兵の士気を感得出来、敵将を侮らず力量を推し量らんとするは、下の将兵を束ねるのに最低限の器量は持ち合わせていると評価されてもよい。
しかし、戦争は兵力の多寡もさることながら、奇策を生み出す人間の頭脳に依る所が大きい。即ち発想の豊かなる者、想像力に富む者は乱世で生き残れる確率が高まり、空想力の乏しい者はそれらに淘汰されてゆく。勿論、空想が双頭蛇
の壁浮彫
のように世に現れ出ない物であってはならない。
砂の海の上に大きく横たわる九頭海蛇
の頭は切り落としてもいくらでも生えてくるだろう。奇策として一つの頭に対応出来ても、他の頭に食われる。それが怖い。
アジャリアの包囲は固い。攻撃を仕掛けて兵力を消耗しないように、
包囲する事で持続的な威圧を掛けている。
「時を待て。敵がじっとして居られなくなった時に打撃を与えてゆけばいいのだ」
と気長に構えている。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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いかに義人サラディン・ベイであるとも、これらを統帥する術無く、バーレーン要塞の包囲を解除するに至った。その時ムスタファはバーレーンで参戦し、これらを見ていた。
だが、ムスタファが眼下に見ているアジャール軍は、その寄せ集めとは全く別の存在で、城壁の上から遠くを見ても、戦意が高い精鋭である事がわかる。
ムスタファの身体に怯えの気が漂っている。それが周囲に伝染し、ハサーの体温が冷たく、そして重くなっていく。
――この戦い、危うい。
そんな空気が城内に伝播していった。
この戦況を危険視したシアサカウシンは、カイロのサラディン・ベイに援使を送った。ハサー城内のムスタファからも援使は数回送られた。
だが、ベイ軍からは援軍を撥ね付けられはしないものの、
――援軍の用意あり。しばし持ち堪えられよ。
と返事されるだけで、援軍はやって来なかった。
サラディン自身がメッカのザルハーカ教横超地橋派の蜂起に苦しめられている事を、メフメト軍は知らない。
城内で怯えるムスタファにしても他勢力に援軍を求めるシアサカウシンにしても、決して無能というわけではない。寧ろ遠目に敵兵の士気を感得出来、敵将を侮らず力量を推し量らんとするは、下の将兵を束ねるのに最低限の器量は持ち合わせていると評価されてもよい。
しかし、戦争は兵力の多寡もさることながら、奇策を生み出す人間の頭脳に依る所が大きい。即ち発想の豊かなる者、想像力に富む者は乱世で生き残れる確率が高まり、空想力の乏しい者はそれらに淘汰されてゆく。勿論、空想が
砂の海の上に大きく横たわる
アジャリアの包囲は固い。攻撃を仕掛けて兵力を消耗しないように、
包囲する事で持続的な威圧を掛けている。
「時を待て。敵がじっとして居られなくなった時に打撃を与えてゆけばいいのだ」
と気長に構えている。
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