2019年1月12日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_16

 月が替わりシャッワール月になった。ラマダーン月を過ぎようやく昼間でも飲食が出来るようになる。依然として雨は少ないが、夜間の冷え込みに耐えるため、そろそろ外套アヴァーが必要になってくる。朝夕に霧が立ち込める頻度も多くなってきていた。
 アラーの街に駐屯するアジャリア本体では、ベイ軍が押さえているタブークをどう攻略するかの軍議が昼夜兼行されている。当然、それらはアジャリアの傍近く使えるバラザフ達の耳にも入ってくる。
「草を打って蛇を驚かす、らしい」
「ふむ?」
 食事中にナウワーフがまた聞いてきた情報をバラザフに話し始めた。そもそも近侍ハーディルが漏れ聞いた軍議を噂するなど、あってはならぬ軍紀違反なのだが、お互いの気心の勝手知りたる仲の二人だけに、こういった情報の疎通の口を塞いでおくのは無理な話であった。
 若いながらも戦術に精通した才気ある二人にとって、こうした情報交換は、初陣の身である事を忘れさせ、戦場の全体像の夢想を膨らませる元だった。連日、近侍ハーディルとして軍議を脇で聞かされてきた事もあって、もはや気分は一人前の武人になっていた。
「どういう譬えなのだ?」
 ナウワーフは周囲に人気に無いのを、すばやく首を回して確かめて、
「なんでも東方の戦術とかで、部隊を分けて用いる」
「それで?」
「草むらを打って蛇を驚かせて、それをもう片方が待ち受ける。つまりは挟撃らしい。別働隊を編成してタブークの街を背後から攻撃して、本隊で待ち伏せるのだろう」
「ふむ……」
「バラザフは納得がいかないのか?」
「うむ……。蛇を殺すときは、頭を壊したかを確かめろ、というからな」
「その頭を壊すために作戦なのだろう? これは」
「だがタブークの背後を上手く突けたとしても、ここまで追い立てるのに一週間もかかるだろう。それまでに反撃されたり、転進されたとしたら……」
 このバラザフの考えとまさに同じ事を、バラザフの師ズヴィアドが先の軍議で献策していた。まず、この驚蛇の策を立てたのは駱駝騎兵部隊長のヤルバガ・シャアバーンである。本来であれば、重臣であるヤルバガに、名目上、一小隊長であるズヴィアドがおいそれと意見を反対できるものではない。
 だが渋面満ち満ちたヤルバガを余所に、ズヴィアドはアジャリアに直接述べた。
「今、ベイ家の拠点となっているタブークの街は、我らのアラーの街から一週間は掛かります。さらにそれを背後から突くとなると……」
 ズヴィアドの考えによれば、一週間もかかる行程をヤルバガの策の通りタブークを奇襲するとなると、当然背後に回りこむ時間が膨らむ。駱駝騎兵部隊といっても十二万の編成全てに駱駝が割り当てられているわけではなく、徴兵された者らや補給要員は自らの脚で砂漠を行軍しなくてはならない。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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