アジャリアはアルカルジからサルワに転進してくる前に、アキザフ・シルバとその配下に対して、サラディンの奇襲に備えるように指示だけしておいて、子細は任せる事とした。流れとしてはシルバ軍もハサーに随行するように見せて、すぐにアルカルジの防衛に戻している。そしてナジ・アシュールという将に、
「わしの幻影
をアシュール軍の大将としダンマームの城邑
の攻撃せよ」
と命じた。
つまりナジ・アシュールはアジャリアの幻影 を見破れるか試験され、その運用を任される数少ない将に選ばれたという事になる。アシュール軍は負け知らずのアジャール軍の中でも最強の部類に入る。その強兵をアジャリア・アジャール自身が指揮しているという事実が作り上げられた。
――アジャリアがアシュール軍を率いてダンマームに向っている。
そう報告されたシアサカウシンは目の前が真っ白になった。頭が焼かれそうである。
シアサカウシンが報告を受けた時には、アシュール軍のダンマームの城邑
を包囲し始めていた。それを指揮しているのはアジャリア・アジャール自身であると、メフメト軍は受け取った。
それが幻影
とは、まだメフメトの間者
は掴んでいなかった。つまり表面上は、バーレーン要塞のすぐ対岸に、すでにアジャリアが出現しているという状況である。
幻影
で、バーレーンとダンマームを混乱に陥れる一方で、アジャリア本人はハサーの城邑
に現れた。
本隊の差配をカトゥマルに任せる前に、アジャリアは大まかな方針だけは伝えた。
「ハサーの攻略は不要。向こうも打って出ないようにカウシーン殿から命令されているはずだ」
「ハサーの太守はカウシーン殿の子のムスタファと聞いていますが、我等が恐れる相手ではないのでは」
「そうだ。だから守備に専心するように命じられている。言い換えれば砦に篭れば大将の多少の役不足は補えるという事だ」
「バラザフはカウシーン殿を警戒すべき以外は何も申しておりませんでしたが」
「カトゥマルよ。臣下の献策に耳を傾ける事は上に立つ者の美徳といえる。またバラザフの言葉も聞くに値する。だが、バラザフの言葉の言いなりになってはならぬぞ。託宣ではなくあくまで献策に過ぎぬ事を忘れるな」
「心得ました」
「勿論、バラザフはお前にとってもわしにとっても信の置ける臣だ。しかし心の奥で少し離れて観る目を持たねばならぬ」
「はい……」
「では、そろそろ軍議せよ」
「父上は軍議には出ないのですか」
「大略は今言った通りだ。後は任せる。それにあまりわしが口を出し過ぎると、他のわし
とすぐ見分けがついてしまうからな」
「わかりました」
話を終えカトゥマルが天幕
から出ると、丁度バラザフが偵察から戻って来て馬から降りる所だった。
「やはり守りは堅いか」
「はい。少なくとも向こうから仕掛けてくる気配はありませんね」
「ハサーは無理に攻め取らなくてもいい」
「やはり、然様ですか」
「だが、やはり取れるものなら取っておきたい。強攻めせずにここ押さえられぬものか」
「ここが主目的であれば、寝返りを仕込んで時を待ちますが、いかがしますか」
「いや……やめておこう。ここは武威を示すだけにする」
「御意に沿えず申し訳ありません」
「いや、お前が謝る事ではない」
「では兵を損なわないよう手配して参ります」
「任せたぞ……」
すでにアジャリアの意を受けているかのようなバラザフの態度に、カトゥマルは自分の軍略の至らなさを意識せずにはいられなかった。
「バラザフ……。友として俺から離れずにいてほしい」
「お戯れを。カトゥマル様の足からは逃げられませんよ」
冗談で返し走り去っていくバラザフに、カトゥマルは笑ったが、目の奥は熱くなっていた。
感傷的になるカトゥマルの心を余所に、バラザフは実務的に動き回らねばならない。
「味方を損傷せず、敵を怯えさえなければな」
まず、ハサーの城邑
の周囲に布陣するアジャール軍の囲みを幾重にも厚くさせた。
「ここを本気で取るならまたアサシンを使うんだがな」
敵中に忍び込むという命がけの仕事をさせるだけにアサシンの運用には金が要る。まずは慎重に包囲しておく他ない。この先、アジャリアがどのようにしてバーレーン要塞を陥落させるのかも気になる所である。
ハサーの城邑
。城壁の上から外を見渡せばアジャール軍の兵で埋め尽くされ、天幕
がいくつも見える。
「アジャリア・アジャールが来た。このハサーの城邑
にこれほど多くの敵兵の押し寄せた事はない。私の戦経験の中で一番の難事だ」
太守のムスタファ・メフメトは全身が強張っていた。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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「わしの
と命じた。
つまりナジ・アシュールはアジャリアの
――アジャリアがアシュール軍を率いてダンマームに向っている。
そう報告されたシアサカウシンは目の前が真っ白になった。頭が焼かれそうである。
シアサカウシンが報告を受けた時には、アシュール軍のダンマームの
それが
本隊の差配をカトゥマルに任せる前に、アジャリアは大まかな方針だけは伝えた。
「ハサーの攻略は不要。向こうも打って出ないようにカウシーン殿から命令されているはずだ」
「ハサーの太守はカウシーン殿の子のムスタファと聞いていますが、我等が恐れる相手ではないのでは」
「そうだ。だから守備に専心するように命じられている。言い換えれば砦に篭れば大将の多少の役不足は補えるという事だ」
「バラザフはカウシーン殿を警戒すべき以外は何も申しておりませんでしたが」
「カトゥマルよ。臣下の献策に耳を傾ける事は上に立つ者の美徳といえる。またバラザフの言葉も聞くに値する。だが、バラザフの言葉の言いなりになってはならぬぞ。託宣ではなくあくまで献策に過ぎぬ事を忘れるな」
「心得ました」
「勿論、バラザフはお前にとってもわしにとっても信の置ける臣だ。しかし心の奥で少し離れて観る目を持たねばならぬ」
「はい……」
「では、そろそろ軍議せよ」
「父上は軍議には出ないのですか」
「大略は今言った通りだ。後は任せる。それにあまりわしが口を出し過ぎると、他の
「わかりました」
話を終えカトゥマルが
「やはり守りは堅いか」
「はい。少なくとも向こうから仕掛けてくる気配はありませんね」
「ハサーは無理に攻め取らなくてもいい」
「やはり、然様ですか」
「だが、やはり取れるものなら取っておきたい。強攻めせずにここ押さえられぬものか」
「ここが主目的であれば、寝返りを仕込んで時を待ちますが、いかがしますか」
「いや……やめておこう。ここは武威を示すだけにする」
「御意に沿えず申し訳ありません」
「いや、お前が謝る事ではない」
「では兵を損なわないよう手配して参ります」
「任せたぞ……」
すでにアジャリアの意を受けているかのようなバラザフの態度に、カトゥマルは自分の軍略の至らなさを意識せずにはいられなかった。
「バラザフ……。友として俺から離れずにいてほしい」
「お戯れを。カトゥマル様の足からは逃げられませんよ」
冗談で返し走り去っていくバラザフに、カトゥマルは笑ったが、目の奥は熱くなっていた。
感傷的になるカトゥマルの心を余所に、バラザフは実務的に動き回らねばならない。
「味方を損傷せず、敵を怯えさえなければな」
まず、ハサーの
「ここを本気で取るならまたアサシンを使うんだがな」
敵中に忍び込むという命がけの仕事をさせるだけにアサシンの運用には金が要る。まずは慎重に包囲しておく他ない。この先、アジャリアがどのようにしてバーレーン要塞を陥落させるのかも気になる所である。
ハサーの
「アジャリア・アジャールが来た。このハサーの
太守のムスタファ・メフメトは全身が強張っていた。
※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。
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