2019年2月7日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第2章_13

 エルザフはアルカルジ方面の攻略に三万の兵を与えられた。事前に目配り心配りをしていても、指の間から滴が抜けるように敵の調略に落ちた士族アスケリ達は攻伐の対象とせねばならない。エルザフはまずこの三万の兵から五千を割いてハウタットバニタミムの街を攻める事にした。現在エルザフが拠点としているアルカルジから南西に位置し、徒歩で二日の距離である。リヤドからは南に四日だ。
 ハウタットバニタミムの周りには涸れ谷ワジが点在し、水量は比較的豊富である。つまり急な雨でこれらの水かさが増すと、カンダクの役割を果たし攻略が困難になるということである。よって進軍する際にはこれらのぬかるみそうで、急な増水で兵が呑まれそうな地点を避ける必要があり、攻撃地点が限定されてしまう。
 エルザフが地勢を観た所、南と東からは行軍路が採れそうである。エルザフは東側に兵の配置を済ませ出口を押さえると、別働隊を編成して南へ回り、周囲を囲んでいる兵士に外から弓矢で攻撃させ、敵の意気が下がった所を南から槍部隊で突撃を掛けた。
「さて、そろそろ敵の増援が来そうだが」
 エルザフが予想したとおり、南口が落とされた事は程なくハウタットの各部隊に知らされ、敵の援軍が押し寄せて来たので、槍部隊を指揮するバラザフの次兄メルキザフは、素早く退却した。一言に兵を退かせるといっても槍のような長柄の武器を持った兵の機動力は決して高くなく、腕の振りを使えない事もあって、たかが進退であっても念入りな訓練を要する。また、本来小回りの利く兵種ではないので逃げ遅れるとたちまちに敵の放った矢の雨の餌食になってしまう。この退却一つにメルキザフの統率力の高さが窺える。すでにすぐ傍の櫓には援軍の弓兵のこちらを狙撃しようとして弓に矢をつがえる姿が見え始めている。
 東口を中心にアジャール軍の傘下のアルカルジ近郊の士族アスケリが街を包囲する形で構えていた。長兄アキザフはこれらの兵士を、それらを率いてきた小領主格の者達の代わりに鼓舞して回った。
 兵士の士気を倦まさず保つというのは大抵の武将が苦慮する所である。勇ましく兵達に力を与える、この若き将の姿を将兵は頼もしく見ていたが、アキザフ自身の部隊は彼らの後ろに置かれ最後まで温存される手筈になっていた。誠に巧いやり方である。
 無難に戦いを展開しているように見えて、実のところ攻城はあまり円滑には進んではいない。
 このハウタットを包囲する盤面の中で、バラザフは北側の押さえを担当していた。最初の見分で父エルザフは北側の区画は、周囲の涸れ谷ワジが増水した場合、ここに水が流れ込み、その流れを渡っているに矢の雨が降ってくれば部隊が壊滅すると危惧していたため、バラザフには、
「攻城は無用」
 と勇まぬよう指示していた。
 北側にも街を護るべく小さな櫓がいくつか配置されていたからである。
 が、バラザフは父の指示を守らなかった。勇んで攻めかかったのではない。間者ジャースースを多数稼動させ北側の櫓を全て自分の手中に収めたのである。間者ジャースース達は櫓の守備兵にある事ない事吹き込んで心を乱して隙を作り、夜の闇を味方につけて守備兵が放棄した櫓をまたたく間に占拠した。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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