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2019年1月26日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_30

 戦争から引き上げハラドに戻っても、バラザフの深い心穴は殆ど埋まる事はなかった。
「けしからん事だ!」
 ハラドの街に乾いた寒さが訪れる頃、ナウワーフがまた何か情報を聞きつけたのか、やってくるなり怒り出した。
「おいバラザフ、奴らはけしからんぞ!」
「一体何なんだ」
「ベイ家の奴らさ」
「それはベイ家はけしからんだろうさ」
「そうだろう! 奴らは……」
 ナウワーフが言うには、
 ――アラーの街の太守アルサウドからアジャリアへ報告が入った。それによれば、アジャール軍の死者四万五千人、ベイ軍の死者三万四千人で、これをベイ軍は自分達が戦争に勝ったのだと自讃しているという。
「それは本当にけしからん!」
「そうだろう!」
「勝ったのは我々アジャール軍だ。緒戦の奇襲で追い詰められたのは認める。だがな、ネフド砂漠の地を我々は大半制圧して、ベイ軍は逃げ帰りジャウフの街との連携すら出来なくなったのだから、本当の意味での勝利と言えば、アジャール軍の大勝利だろう!」
 バラザフにとっては、そうでなくてはならなかった。バラザフの言う通り、領土獲得戦争においてはアジャール軍は勝利した。それは事実である。だが将兵の損失という面から見れば、アジャール軍の方が痛みは大きいのである。しかし、五分勝ちという結果を納得させるには、大事な人たち失った哀しみは、あまりに大きすぎた。
 後に「アルハイラト・ジャンビア」と称される程の未来の謀将も、この時はまだ人の死を悲しむ一人の少年に過ぎなかった。
「このジャンビアを振りかざして、エドゥアルド様達を援けに行きたかった……」
 バラザフの目の中で、ジャンビアの孔雀石はその波紋を大きく歪め、揺らした。

※ この物語はフィクションであり実在の人物団体とは一切関係ありません。

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2019年1月6日日曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_10

 アキザフの言葉に示されているように、シルバ家には戦いで負けても自決する者は一人もいなかった。食える物は何でも食う。自尊心を棄てる。合理的判断によって自尊心をかなぐり捨てるのである。
 過去にアキザフ、バラザフの父エルザフはアジャリアの父親のナムルサシャジャリと戦い、負けている。その際にもエルザフは死を選ばず、リヤドからブライダーを経てジャウフ辺りまで逃げ延びて巻き返しを図ったのだった。
 エルザフの「死なぬ覚悟」は功を奏した。一時期砂を噛んだシルバ家はアジャリアが父ナムルサシャジャリを追放したアジャール家でアジャール陣営に属する事となり、現在のシルバ家が再興出来たのである。
 死なぬ覚悟というシルバ家の家風は、エルザフからバラザフへ、さらにバラザフの子サーミザフ、ムザフへと、その血と共に伝えられてゆくことになる。
「我らはそれぞれ別々の出撃となる。シルバ家の若造の初陣ではなくアジャリア様の近侍ハーディルとしての初陣を果たせ」
「はい」
 次の朝、アキザフは父エルザフ、弟でありバラザフにとっては二番目の兄であるメルキザフと出征していった。バラザフはアジャリア本軍に所属して家族等とは一日遅れてハラドを発った。
 ネフド砂漠におけるアジャリア・アジャールとサラディン・ベイの対戦は此度で四度目となる。
 先年までアジャリアはネフド砂漠周辺の領有を巡ってネフドの勇者タラール・デアイエと激闘を繰り広げていた。タラール・デアイエはアジャリアに敗れた後カイロへ逃れ、ネフドの首長達も中心であるタラールに倣うように、皆サラディン・ベイを頼る形となった。
 そして義人サラディンはこれらの救済のため、アジャール家討伐の兵をネフド砂漠まで繰り出すようになり、現在の両家の対立構造に至る。

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2019年1月5日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_9

 出撃までまだ少しだけ時がある。バラザフはアジャリアから出撃命令が出た晩、シルバ家の当主となった長兄アキザフ・シルバの所へ顔を出した。十歳以上離れた兄はバラザフの目から見ると実に堂々としたもので、悠然と彼の前に座っている。その実力を裏付けるように長兄アキザフは父エルザフの片腕として、すでに部隊長の地位に在った。
「めでたい。あの幼かったバラザフもついに初陣の日が来るとは」
 そう笑み浮かべたアキザフの目は、弟の姿に自分の幼き過日を見た。目の前のバラザフと十数年前の自分が重なっていた。
「だが喜んでばかりはいられん。近侍ハーディルの任務はアジャリア様の周辺防御。普通の若手の初陣のように形だけの出陣というわけにはいかぬからな」
「心得ております」
「バラザフはいつもズヴィアド・シェワルナゼ殿から教練を受けているそうだな」
「はい。戦いの他にも城邑アルムドゥヌの建築手順も教わっております」
「偵察中に間者に遭遇したとか」
「逃げられそうになって咄嗟に仕留めましたが、生け捕りに出来ませんでした……」
「手練の者を相手にして命を取られなかった事を喜ぶべきだな」
「兄上、俺は未来を視る眼が欲しい。先を読む事さえ出来れば全てにおいて仕損じる事はない」
「ならばこの戦いが終わってから父上に相談してみるといい。父上ならお前に道を示してくれるだろう」
「はい」
 バラザフの希求を予想していたかのように、アキザフはこれに対して即座に応えた。
「お前も知っている通り、シェワルナゼ殿はアジャリア様に仕官する以前は、各地を巡って色々な経験をされている。この戦いでもおそらく軍師の一人として出撃することになろう。シェワルナゼ殿の手腕を実戦で見てみる事も必ずお前の役に立つはずだ」
「はい」
「死ぬなよ、バラザフ。エドゥアルド様からも教わっていようが、野牛ジャムスのように突撃するだけでは無駄に命を落とすだけだ。死なぬ覚悟が要る」
「死なぬ覚悟……」
「そうだ。近侍ハーディルとしての自分の任務は大事。そして自分が死なぬ覚悟も同じくらい大事なのだ。たとえ戦いに敗れて屈辱を味わおうともな」
「はい! 命を粗末にしない事を誓います」
 弟の引き締まった顔付きに満足げに頷く兄アキザフであった。

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2019年1月4日金曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_8

 辺境で起きたこの小さな衝突から時をおかずして、アジャール軍全体にネフド砂漠へ進撃する指令が出された。
「サラディン・ベイ、カイロを進発。先陣は間もなくネフド砂漠北に到着する模様!」
 との急報をアラーの街太守トルキ・アルサウドから受けての事である。
近侍ハーディルの者らも全てわしと共にでよ!」
 まだ戦場を知らぬわか近侍ハーディル達にもアジャリアより出撃命令が出た。まさに彼らの初陣である。

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2019年1月3日木曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_7

 幼少の頃よりバラザフは常に行いに慎重で軽率な言動は避け、また言葉数も少なかった。子供には、大人からこの川は溺れるから入るな、と言われると余計に行ってみたくなる心が湧く。だが、バラザフにしてみると周りの子供たちのそういった心理は無意味なものに感じられた。
 ――ここは溺れる、危ない。
 バラザフにとってはそれは自分が経験せずして前もって得られた「情報」である。先を知るための情報が得られたのに何故それを無駄にするのか。
 そうした幼い頃の思慮の糸が、今の近侍ハーディル時代のバラザフに繋がり、さらに未来の謀将バラザフ・シルバへ延長してゆく。
 バラザフの父はアジャリアの家臣の一人で、智勇兼備と称されるエルザフ・シルバである。バラザフはエルザフの三男として生まれ、アジャリアに近侍ハーディルとして才能を認められる事になるが、アジャリアと縁故を得るきっかけは、彼がシルバ家からアジャール家への人質としてハラドへ送られてきたことによる。
 バラザフを含めた近侍ハーディル朋輩達は、アジャリアの子カトゥマル・アジャールが領主になる頃には、各々、部隊長にまでは出世する将来が約束されている。つまり彼らは未来のアジャール家を支える柱となる若者たちなのである。

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2018年12月25日火曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_6

 バラザフが心中、真に師であって欲しいと願うの相手は目の前のアジャリアなのである。だが君主であるアジャリアの弟子たる事はあまりに遠く儚い夢である。
 そんなバラザフの心の呟きを察するはずもなく、アジャリアは笑みを絶やさず続けた。
「確かバラザフは十五だったな」
「はい」
諸刃短剣ジャンビアはエルザフから貰ったのか?」
「然様でございます」
「そうか。遅くなってしまったが、わしからも重ねて贈りたい。受け取ってくれるな?」
「はい! 喜んで!」
 月並みな復讐と稀有な慈悲、という。敬愛するアジャリアから慈悲を受けて、バラザフの心は一気に天に昇った。アジャリアから賜った諸刃短剣ジャンビアは柄から鍔までが黄金で飾られ翠玉ズムッルド象嵌ぞうがんが施されていて、一目で実用ではなく宝物としての品である事がわかった。決してミーゴワで間者を仕留めたときのような使いかたをして良い物ではない。
 眼を輝かせて下賜された諸刃短剣ジャンビアを眺めているバラザフに、さらに待望の言葉をかけた。
「それを携えて初陣に出るがよい」
 アジャリア・アジャールとサラディン・ベイとは、数年に亘りブライダーからジャウフまでの領域をめぐって競り合っていたが、そろそろ決着を付ける頃であろうというのが、世人の大勢の見方である。
 バラザフがジャウフ近くのミーゴワで間者に遭遇したのが、それに絡んでの事だとしたら、そうした噂を裏付ける材料といえるのではないか。そうバラザフは思慮を巡らせてみたが、あえてアジャリアに確かめる事はしなかった。

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2018年12月15日土曜日

『アルハイラト・ジャンビア』第1章_5

 バラザフは間者を生け捕りに出来なかった不手際を恥じながらアジャリアの待つハラドへ戻った。だが、バラザフを待っていたのは叱責ではなく、アジャリアを始めとした重臣達から賞賛を以って迎えられた。
 間者といえば秘密裏に活動する能力の他に、敵と遭遇したときの戦闘力が必要となる。バラザフの部隊に見つかったときがまさにそれであり、藪から弩で狙撃したり、急場の判断において脚力を用いて反転するなど、個としての武が十分に示されていた。
 それを高高十五の若造が仕留めたというのであるから、アジャール家内でのバラザフの評価は否が応にも俄かに高まった。
「元々、お前の事は評価していたつもりだが、お前の力はそれ以上だったということだな」
 己の近侍ハーディルが遣いの途中で思いがけず手柄を立てたということでアジャリアは満足そうである。
「今回、間者を仕留められたのは兵あっての事でした。それにしても生け捕れなかったことが悔やまれます……」
「いや、間者に情報を持ち帰らせなかったのだ。巡視として十分に働いたといってよい。さすがエルザフ・シルバの子だと皆が褒めておる」
 若手に自信をつけさせよう言葉を選んだのではなく、アジャリアは本音でバラザフを褒めた。
「お前の師のズヴィアド・シェワルナゼも鼻が高かろう。我が弟エドゥアルドもお前には大層期待しているそうだ」
「はい。エドゥアルド様にも色々とご教授頂いております」
 アジャリアの二人の弟のうち、上の弟がエドゥアルド・アジャールである。能く柔に能く剛に戦術に長け、アジャリアの弟という身分にありながらも兄と覇を争う姿勢を見せず、臣下として兄アジャリアを支えるという賢哲、善き風猷ふうゆう、誠実さを具備する故、将兵の信頼の篤い武人であった。
「エルザフは良き子を持ったものだ」
 近侍ハーディルとして育ててきた家来の成長に相好を崩すアジャリアである。アジャリア自身もまた、後に大宰相サドラザムラティーブ・スィンによって国家剣士として認定される、大剣士ウルミンホーク・ケマルに剣を習うほど武人としての生き方が好きであった。

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